それぞれが愛するモノ 7
MF&AR大賞にエントリーしました。
よろしくお願いします。
「……うっ」
六鬼が膝をつく。四つん這いになって、肩で息をしているのが見えた。
「六鬼、あなた一体……。それにあなたは?」
瞳を紅く光らせた悪魔が、そこに立っていた。
「はじめましてってこともないんだけど。あたし、このつまんない男の浮気相手よ。六鬼の母親」
母親の心臓がドクンと強く脈打つ。
一族の長である旦那を夢の中に引きずり込んだ張本人が、今、目の前にいるのだから。
「つまんない男につまんない奥さん。それと、つまんないほどに純情で無垢な子供。嫌になるわね」
「つまんなくて悪かったわね。でもあたなには関係のないことでしょ」
怒鳴りそうになる自分を抑え、悪魔に対して拒絶を示す母親。
「この場にあなたはいらない。消えてちょうだいな。うちの人も六鬼もあなたのものにはならないの」
自分でははっきりと言えたと思っていた母親。
だがしかし、その母親の言葉を悪魔は笑った。
「ばっかじゃない? あたしのものにはならない? でもあんたのものにはなるとでも? ね、あんた。こっちに来ない? 悪魔の素質十分だわ。身勝手で、かたっくるしい鬼の一族にいるのがもったいないほどよ」
身勝手と言われて、一瞬で抑えこんでいた怒りが溢れ出す。
「初対面のあんたに言われたくないわ。身勝手なことなんかしてこなかった。あたしはいつも我慢してきたのよ。いつもどんな時もね! それのどこをどう取ったら、身勝手だといわれる原因になるわけ?」
「我慢してきたと不満を漏らした時点で、偽善でしょ。本当に家族のためにとか思ってるなら、不満はないはずよ。欲だらけなのよ、表に出さないだけで」
「欲なんてないわ。あんたみたいな悪魔と一緒にしないで。人の旦那を食っておきながら、偉そうに……」
母親がそういうと、悪魔がくすっと笑ったのが聞こえた。
「……なに?」
笑われたことが癇に障ったのか、母親の眉尻が上がる。
「六鬼の存在がその証拠だとしても、それ以上の証拠を残すようなことはしてないわ」
肩を揺らし、くっくっくっと笑い続ける悪魔。
対照的に、母親の方はどんどん目がきつくなっていき、四つん這いになっている六鬼を見下ろした。
「この子という証拠だけで十分でしょ」
おもむろに六鬼の襟首をつかみ、そのまま引っ張り上げようとする。
「立ちなさい、六鬼」
「や……だ」
か細い声で、六鬼が答える。
「立ちなさい。お母さんの言うことが聞けないの?」
さらに手に力を込め、六鬼を持ち上げようとした母親に、わずかな衝撃の後に続く大きな衝撃が重ねて起こった。
「う……」
膝の力が抜けたようになった。その後に来た、床に転がった衝撃。
何が起こったのかわからないまま、倒れた格好で目を開く。
「お、母さん」
横向きになった体勢の自分に、覆いかぶさる六鬼の姿が目に入る。
「な……っ」
こんなにも近くで六鬼を見たことはない、今の今まで一度も。
六鬼は今にも泣き出しそうな、戸惑いを隠せない子供の表情をしている。
「避けなさい、六鬼」
どくんどくんと心臓が激しく脈打つ。震える声のまま、六鬼に命ずる。
「ぼく、は」
切れ切れに六鬼がなにかを言いかけた刹那、六鬼の上半身だけが、跳ねるような動きをして見せた。
「……六鬼?」
六鬼の肩先から、紫の煙が立ち上がる。
「お母さん、ぼくが嫌い?」
さっきの口調ではなく、ハッキリとそう呟く。
潤んだ瞳で自分を見下ろしながら、自分の答えを待っている。
「嫌いよ。生まれた時から、今もね」
子供だといっても、距離を置いて関わることを避けてきた子供。
今更この場で嘘をついても、この子との関係は今までと変わらないと母親は思った。
「だからあたしに関わらないで。避けなさい、六鬼。これは命令よ」
「そんなに嫌い? どうして? ぼくは悪魔の子だけど、お父さんの子供でもあるんだよ。お母さんの血が混じっていなきゃ、子供になれないの?」
母親の命令にひるむこともなく、六鬼はさらに言葉を続けた。
「くたくたになるほど力を使ってでも、ぼくはみんなを護ろうとがんばってきたのに? 家族を護りたいって思っていたのに、それはいけないことだったの?」
「勝手に護ってくれてありがとう、六鬼。それだけは感謝しているけど、あたしが命じたわけじゃないわ。誰かに頑張っている自分を見ていてほしいなら、これからも勝手に頑張るといいわ」
突き放す言葉しか母親からもらわれず、六鬼はゆっくりと母親に覆いかぶさっていた体を起こした。
肩先から煙がすべて消えた時、「わかったでしょ、これで」と声がした。




