それぞれが愛するモノ 6
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よろしくお願いします。
「じゃあ、お母さんは今の生活に満足しているの?」
いつもなら睨みつけただけで大人しく従う一鬼が、反論した。
「なにを急に」
「急にじゃないわ。いつも思ってた。悪魔に怯えて、一族のしきたりや親の教えに怯えて。自分の意見を口にすることが出来るのは、自分勝手な一部の鬼だけ」
それは五鬼や四鬼のことを言っているのだろうかと、母親は一鬼の言葉の続きを待った。
「あたし、六鬼に会ったの」
待っていた言葉の続きは、意外な報告だった。
「六鬼……。あの子に会ったのね? あの子は? 今どうしているの? まだ戻らないの?」
六鬼と聞いただけで、母親は反射的に現状をどうにかしたいという思いしか浮かばなかった。
「六鬼はいるわ。みんなのそばに、いつもね」
「いつも? そばに? どこにいるというの? いないじゃない」
あたりを見回しても、その姿を目視することなど出来ない。
「周りを見ようとしないからよ、お母さんが。あたし、気づいたの。母さんも結局のところ、自分のことしか考えていないんだなって」
「何を言い出すの。あなたまで止めてちょうだい」
母親は思っていた。
ここまで育ててきた子どもたちが、どうしてこうも自分を非難するようなことしか言わないのかと。
「あたしの味方はいないということ?」
苛ついた思いが、漏らすつもりはなかったのに不意にこぼれてしまった。
「お母さんの、味方?」
一鬼が確かめてきたことで、気まずい空気を感じ取った母親は、一鬼から目をそらした。
「お母さんの味方なんて、一人もいないわよ。味方を作るよりも、従う者だけを作ろうとしていたのは、お母さんじゃない。相手を思いやることなど、一度もせずに」
空気が重くなってくる。
「あたしは別に従わせるとか……。だいたい家族だし、そういう関係は」
と母親がもたつきながら言い訳のように話している言葉に、別の声がかぶってきた。
「つくづく思うけど、つまんない男に、つまんない女。お似合いだよ、お母さん」
その声は、男の声と女の声が重なっている。なんとも不思議な声に、母親は振り返った。
「六鬼?」
二つの声がしたのに、そこにいるのは一人だけ。
聞き覚えのある六鬼の声とは、何かが違う。
六鬼の声なのだが、六鬼の声ではないのだ。
「そうだよ、俺は六鬼。ただいま、お母さん」
やはり、なにか変な声だ。二つの声が重なった声は、どことなく不愉快にさせられる。
「ただいまじゃないでしょ。どこにいたの。あなたの仕事は何だったの? あたしたちを護ることじゃなかったの」
腕を組み、不敵に笑みを浮かべている六鬼に、母親は不満を漏らした。
「俺はお母さんに言われたからやっていたんじゃないよ。俺は、お父さんのために闘っていたし、今の俺が護りたいものは別なものだから」
「この人のためだろうが誰のためだろうが、一族が命じていることでしょ。だいたい、それだけ大きくなるまで育てたのはあたしたちでしょ」
溢れるものを止めることが出来なくなっていく母親。
「いいから言うことを聞きなさい。反論は許さないわ」
母親の声が響いた後、部屋が静まり返ったかと思うと、何かの匂いがし始めた。
「これ、何の匂い?」
むせそうなほどの匂いの量。部屋中に充満しているといってもいいほどである。
母親は手のひらで鼻と口を覆い、眉間にしわを寄せた。
「これ? みんなの中にあるモノの匂いだよ」
ふふと笑い、寝転がっているみんなを見下ろす六鬼。
それに倣って、母親もあたりを見回した。
みんなの体から煙状のものが上がり出しているではないか。
「なんで煙なんか」
燃えてもいない、蒸されたようにもなっていない。
どういう状態だとこんなものが出るのか、母親には見当がつかない。
「煙に見えているだけだよ」
「そう、見えているだけよ」
二つの重なった声が、一つ一つに聞こえた瞬間、母親は振り向いた。




