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緋の泪  作者: 本城千聖
15/41

無垢な悪魔 3

MF&AR大賞にエントリーしました。

よろしくお願いします。

 鬼の妻との夜の時間に不満があるわけではない。


そのはずだった。


だが、悪魔によってひらかれた自分の心の奥底にあった願望。


「願望っていうよりも、欲望よね。ここまでいくと」


そう。願望ではなく、欲を溜めこんでいた自分に驚いた六鬼の父親。


満たされていたはずだった。不満はなかったはず。


“はず”ばかりが頭の中でぐるぐる回り続ける。


「自分を開放しちゃいなさいよ。こんなにも欲にまみれているのに、可哀相じゃない」


ふわふわした空間で、甘い香りを吸い込み、悪魔が誘うがままに動いていた。


不思議な場所で、二人は何も身に纏っていなかった。


いろんな意味で、すべてをさらけ出していた。


「ふうん。あなたって、マザコンなのかしら。胸に執着がありそう」


気づけば悪魔の胸ばかり執拗に責めていたからか、そんなことを囁かれる。


無意識でやっていたことを突かれて、顔が熱くなった。


「ま、いいわ。好きなようにしていいの。ただし、あなたが吐き出すものすべて、あたしがいただくわね」


意味がよくわからないまま、ひたすら彼女を撫で回していた六鬼の父親。


「……お腹すいちゃった。そろそろもらってもいいかしら」


どれだけの時間が経過したのか、痺れを切らしたように彼女が呟いて六鬼の父親を組み敷いた。


「な、なにを」


常に主導権を握っての行為しか知らない彼にとって、衝撃的な出来事だった。


自分に感じる、やわらかな重みとさらに濃厚になる甘い香り。


「いただき……ま、す」


ふふふと微笑みつつ、彼女は六鬼の父親の熱を自身におさめていく。


見たことのない景色に、彼は心臓が壊れそうなほどの鼓動をどうすることも出来ずにいた。


気持ちよさそうに体を揺らし続ける悪魔に、高まりっぱなしの自分。


手を伸ばせば、そこにはやわらかな胸があった。


包みこみ、先端を軽く指先で擦っただけで悪魔は切なげな吐息を漏らす。


極上の景色に至極の感覚。まさに夢のような時間だった。


何度、彼女に吐き出しただろう自分の欲望を心地よく感じていたその時、体から重みが消えた。


ハッとし、体を起こす六鬼の父親。


体にはあの空間にあったような、互いの体液などどこにも付いていない。


すこしの汗をかいているだけで、さっきまで彼女の中にあったはずのそれもなにも違和感がなかった。


「ごちそうさま。……また会いましょう」


その一瞬で行為は終わりを告げ、彼女は月へと向かって飛んで行った。


夢を見ていたのかと、しばらくその場から動けずにいた六鬼の父親。


 その後から、わずか一週間後。


あの時同様に闘いの後に、あの悪魔が父親の前に現れた。


「元気?」


自分が敵対している悪魔だと思っていないような口調だった。


「なあに? 警戒しないでいいのに」


くすくす笑い、ゆっくりと地面に降り立つ悪魔。


腕の中には、子供を抱いている。


なぜそんなものを抱いているのか疑問を感じたが、口には出さなかった。


「知らせることがあってきたの」


「なんだ」


一定の距離を保ち、必要以上に近づかない六鬼の父親。


そんな態度に、悪魔はまたくすくすと笑う。


「あんなに気持ちよくしてあげたのに、冷たいわね」


腕の中に子供を抱きつつ、一瞬で間を詰めてきた悪魔。


気づけば、視界いっぱいに彼女の顔があるほどで。


「なっ。や、やめろ」


あたりをうかがう。他の鬼に見られては、長として示しがつかない。


「誰かに見つかったらとか思ってるの? ふふ。大丈夫よ。結界を張ってあるから」


まるで心を読まれたと思える言葉に、六鬼の父親は息を飲んだ。


(この悪魔は、何をしてくるのかが全く読めない)


先のようなことがないよう、今度は意識を保つことにだけ集中した。


「ほんと、つまんない男。ま、いいわ。要件を伝えるわね」


といい、抱いていた子供を差し出す。


「なんだ、この子供は」


胸に押しつけられた、まっ白い布にくるまれた子供。気持ちよさげに眠っている。


「あなたとあたしの子。名前は好きにしていいわ」


「なんだと?」


頭の中が白くなっていく。状況がつかめるはずがない。


「あの夜に出来た子供よ。あなたの遺伝子と、あたしの遺伝子。二つを持ち合わせた、鬼と悪魔をつなぐ子」


あの夜といわれ、思い出す。まるで夢の中にいたような時間を。


「あれは現実だったのか」


体になんら変化もなかったあの日。なにか変わっていたとするなら、受けたはずの傷が治っていたことくらいだ。


「そうよ、現実。不思議でしょ? 目が覚めても、あの時間が現実だと思えなかったはずだもの」


目が覚めても、と彼女が口にしたのを、六鬼の父親は聞き逃さなかった。



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