閑話 変わりゆく未来
「騎士団には絶対に逆らうな」
この街の人間はその意味をよく理解している。
奴らの行いはとにかく外道だった。
人々を守護する役目を担うはずの街の騎士団は、しかし決して正義のヒーローだとは言い難くて。
市民から金を恐喝し、気に食わなければ権力をたてに暴力を働き、下卑た顔で強姦を平然と行い、薬の取引が街中で至極当然のように行われる。
汚職が当たり前のように横行する無法っぷりだ。
それに抗議を唱えれば妨害行為と言って銃殺。逆らえば反逆罪と称して銃殺だった。
そこに法も何もあったもんじゃない。
ソレが間違いだということは、彼らは言わなくてもわかっている。
ただしそれに対抗しえるだけの力がなかったのだ。
騎士は拳銃を持っている。その銃口から吐き出される鉄の礫はあまりにも容易く、ひょっとしたらそこら辺の魔法よりも簡単に人の命を奪ってしまうのだから。
あまりに、世知辛い。
魔導士の一人もいないこの街では、奴らの暴走を食い止められる者はいなかった。
だからこそ、この街の人間の誰しもが、ソレを暗黙のうちに認めていて。
――――だから、今日、彼らの目の前で起きた事件は、限りなく「異常」だった。
騎士団に見染められた見た目麗しい質屋の愛娘の人生は、その時点で幸福な未来を閉ざす運命であり、それを止めに入った女もまた、リベルテの賊。処刑されて然るべき身分だった。
そして三度目――続け様に騎士に特攻した黒髪の男は、勇敢ではあれど紛れもなく愚かだった。
男はじきに殺される。女は奴隷として家畜以下の残酷な運命を辿ることとなるだろう。
あの三人にもはや未来はない。
この街の人間だれしもが、その光景に何の疑問を感じず、当たり前の成り行きとして、あの場を見守っていた。
しかし、そんないつもの光景はある瞬間に瓦解し、常識は何の前触れもなく覆ることとなる。
直後――
フードを被った名も知れぬ銀髪の女魔導士が、野蛮な騎士を魔法で一蹴した。
その光景に、その余りに異常な光景に、その場にいた誰もが絶句し、困惑したが、しかしなぜだろうか、自分たちを苦しみ続けた憎き騎士たちが次々と倒されていくのを目の前で見て、彼らは知らず知らずのうちに、その謎の魔導師を――尊敬の眼差しを見ていたのだった。
なぜかはわからない。
彼らは罪人だ。騎士に暴行を働いた、れっきとした国賊だ。尊敬など、してはならない。ありえない。
しかし、彼らのその価値観が正しいがゆえに、何となく感じとっていただろう、魔導師たちが、罪人であると同時に――善人でもあるのだと。
おとぎ話に出てくるような、もしくは、伝記に描かれるような、そう――まるで勇者のようであると。
魔導士は何者も恐れない、雄大な背中を彼らに魅せ付けながら言う。
「私は屈しない」
いつからだろう、自分たちがそれを諦めてしまったのは。
「私は前に進む」
いつからだろう、自分たちから歩みよることを辞めてしまったのは。
いつからだろう、この腐れ切った街の中で、考えることを辞め、絶対的な力にただ準ずるようになってしまったのは。
「この理不尽や不条理をすべて踏破していく。私たちは、勇者になる――」
――何かが変わる気がした。
何かといえば、自分たちの中の何かが、だ。
とうの昔に失われたはずのモノが、再び産声をあげるかのような。
完全に冷え切ったモノが、再び息を吹き返して燃え上がるかのような。
魔導士は言ったのだ――「私は、逃げない」と。
その言葉に、心のなかの何かが、揺さぶられる。
数分後、魔導士は向かいくるすべての騎士を地に沈め、見事に勝利を収めた。
腹に重傷を負った青年を背に担ぎ、そのまま街の外に出ようとする魔導士に対して、誰かが問う。
「なんでこんなことをしたのか」と。
その問いに対し、魔導士は興味の薄そうな片目だけをその人に向け、至極当たり前のようにこう返したのだ。
「だって、悪人から善人を守るのは、当たり前のことだから」
――ああ。
この時の気持ちを、どう表現すればいいだろう。
彼らは、その姿を覚えている。
街を去っていくその魔導士の背中を、その大きさを、覚えている。
きっと、その場にいる誰もが忘れることはない。
彼女は、彼らに勇気を与えていった。
* * *
――――後から思えば。
これは未来、彼女たちの起こす革命の。
もしかしたらその一端だったのかもしれない。
* * *
「くそっ、なんだこれはっ!」
――曇天の空の下。
すべてが終わったその場所で、また一人、偉そうな騎士が拳銃を片手に駆けつけた。
肩を激しく上下に揺らし、興奮しているのか顔真っ赤にさせて声を張り上げている。
「なんだ! ここで何があった!なぜ――」
なぜ、騎士が『六人』も倒れている!
彼の足下には、黒色の制服をボロ雑巾のように損傷させた顔馴染みの同僚が六人、酷い怪我を負って倒れ伏していた。
事態は既に終息を迎えているようだ。
仲間の救援信号を受け取ったこの騎士は、実に五番目の増援。
さらには彼がくる前に、同じ信号を受け取った四人の騎士が、確かにここを訪れたはずだ。
もとよりその場にいた騎士も数に含めれば、合計で六人。
これだけ騎士が集まって解決しないわけがないとたかをくくっていたそこそこ偉い立場にいる彼。駐屯所で珈琲を飲みながら椅子に踏ん反り返っていたのだが、再び救援信号を受け取ったことで状況は一変。
急いで駆けつけてもみれば、先立って救援に向かった四人も含めて六人の騎士が無様にボコボコにされているではないか。
「チッ! 騎士団たる者がなんたる醜態だ! オラ、市民ども、これをやったのは一体どこのどいつだ!」
激昂しながら彼は、周りを取り囲む市民に銃口を向けた。
彼はひどくイライラしていた。
今この街の騎士団はある理由によって大多数の人手が出払っていて、現在街に駐在する騎士は彼を含め僅か数十人程度。その中でも彼は一番高い地位にいる。
局長が留守な今、この街の治安を任されているのは自分だ。そんな状況下での、騎士六人が戦闘不能に追いやられるという不測の事態。
事の責任問題は間違いなく自分が請け負うことになるだろう。
せっかく局長が留守でやりたい放題だというのに、まったくほとほと運がない。そういう理由でのイライラだった。
しかし、こういう時のストレス発散法はだいたい決まっている。
目に付く市民の中から適当に選んで痛めつけたらいいのだ。あるいは、女を脅迫して抱くのだっていい。
その行為を誰も咎めたりはしない。だって彼は他でもない正義の騎士なのだから。
さて、一体どいつにしてやろうか。そんなふうに辺りを値踏みするように見回していた時である――後ろからやけに年寄り臭い口調の、幼い声がかけられた。
「アタシが答えてやろうかの?」
「ああん?」
怪訝な表情で振り返ってみれば、自分の丁度腰当たりの場所で桃色の髪をした珍しい容姿の子どもがくつくつと愉快気に笑んでいる。
その子ども――というよりは幼女といっても差し支えないその存在に、彼は見覚えがなかった。
桃色の髪。青空のような澄んだ色をする双眸。そして全身を包む埃だらけの汚い袖つきのローブ。それに加えローブの下はどうやら全裸らしく、時折風に靡いて幼女らしい未発達の肢体が垣間見える。
こんな目立つ格好の子どもなら、一目街中ですれ違えば酷く脳裏にこびりつきそうなものなのだが。
幼女は尚もくつくつと笑いながら、騎士の返事も聞かずに語りだした。
「そこに転がっとる雑魚どものことじゃろ? くつくつ。なーに、アタシが教えてやるとゆうとるのじゃ。はっ、そんな怪訝そうな顔をするでない。なんせあたしは目の前で見とったからの。今から話すことは嘘偽りなく真じゃよ。ああ、それとガキの戯言だと思うて舐めるなよ。これでもアタシは貴様の倍は生きておる。まあ、なんでもいいか。じゃあの、言うが、そこの騎士六人は魔導士にしばき倒されとった。全員一貫して雷に、ビビッとの」
やけによく喋る幼女だった。
口調が爺婆くさい上に、態度でさえ幼女らしからぬ不遜な雰囲気を放っている。加えて酷い虚言癖まであると見た。
ふん、と騎士の男は鼻を鳴らす。
「……下らん。まさか魔法とは。この街に魔導士はおらんのだ、ありえん。まったく、ガキめ。貴様にようはないのだ。妄言に興味はない、さっさと失せろ」
人類は皆、潜在的に多かれ少なかれ魔力を備えているという。
ごく稀にそれが極端に少なく、魔力が無いに等しい者――所謂「無能者」を例外としてみれば、人は皆等しく魔力を持っていると言えよう。
しかし、魔力はあれど、それを超常的な現象を起こす術――魔法として使役することのできる「魔導士」の才能は持つ者は、その中でも僅かである。
神に愛されし者。一部の者からそう称えられるほどの才者。
彼の記憶では、この街にそのような存在がいるという事実はなかった。
「じゃから嘘ではないとゆうとるのに。少しは聞く耳を持たんのかの。これだから辺境の無能騎士は、はふう」
ため息を吐く幼女からは、騎士である男を敬う気概は感じられない。どころか、けだるそうに下げられた目尻からは彼を見下すような気配さえある。
不気味な子どもだ。
そして癪に障る子どもだ。
大の大人、それも騎士に向かって無能と口走るとは、礼儀知らずも甚だしい。
こんな子どもに憤るのも馬鹿馬鹿しいので、そうそうに追い払うことに決めた。
「……いい加減にしろ。さっさと失せろと言っているのだ」
言って、幼女の額に拳銃を突き付ける。
暗にいうことを聞かなければ撃つという意思表示だ。いくら子どもでも、それぐらいはわかるだろうという判断である。
しかし、幼女はそれを恐れない。
むしろ――くつくつと軽快に笑っていた。
「ほう、銃かぇ? アタシに凶器をつきつけるとは真に恐れ知らずよの。くつくつ。まあええよ、どうせアタシのことなんざ知らんのだろ、貴様は。ここは辺境の街。許してやる。しかし」
かぱっと、大きく口を開き、
「どれどれ、小腹も空いたことじゃし、オヤツでも頂こうかの」
ついに脈略もないことを言い出したと思えば、瞬間――目の前にぶら下がる男の右手に、なんの躊躇もなく拳銃もろとろ喰らい付いた。
今まで泰然としていた男の顔が、一瞬にして苦痛のものとなる。
「なッ、この――ガキィッ!?」
「ん~」
引いても押しても離れない幼女。
数回口の中で男の右手をモゴモゴ咀嚼すると、呻きをあげながら唐突に離れた。
男の手と幼女の頭が分離し、痛々しい歯型はあれど右手が健在なことにホッと安堵したと同時に、次いで何やら違和感が。
その違和感の正体は、早々に目の前の幼女から告げられる。
「うーむ。やっぱりまずいの――拳銃は。わかっておったが鉄の味しかせんのじゃ」
「なッ!」
――拳銃が喰われただと!?
右手から拳銃が消えてる実態と、その幼女から発せられた驚くべき事実に男はただただ瞠目とした。
幼女はバキゴキンと確かに鉄を砕くような物騒な音を口腔から響かせている。
「しかも……ちょっと錆びてるの。まったく、拳銃ぐらいしっかり掃除せんか、貴様」
「お、おまえ……一体なにもの――」
「ああ、すみません。その子、私の連れなんです」
今度は幼女の背後からだ。
砂利を踏む音が聞こえて、彼らの前に現れたのはプラチナブロンド色の髪を腰まで伸ばした人物。
振り向いた幼女が片袖を口元に当てながらニヤァと賤しい笑みを浮かべる。
「遅かったの。『シャル』」
「一体誰のせーですか。誰の」
その人間は仮面をつけていた。
何の特筆もない真っ白に穴を二つ空けただけのような無骨な意匠だ。
故に表情は伺い知れず、彼(もしくは彼女)のその言葉は怒りなのか何なのか判然としない。
「誰かさんがフラフラーっとどっかにいっちまいますから、今のいままでずっと探してたんです」
「仕方ないじゃろ。だって美味しそうな臭いがしたんじゃもの」
「したんじゃものーじゃねぇですよ。まったく。こんな遠くまできたのに、貴方の食い意地は相変わらずですね。いい加減にして下さい馬鹿女郎」
口調は丁寧だが、言ってることが丁寧じゃない。
仮面をつけた人間と、桃色の髪をする汚れた幼女。
端から見れば十分に不審者な二人だが、幼女のほうは確実に不審者認定にしろ、しかし仮面のほうはそうではないという確信が騎士にはあった。
理由は仮面の容姿にある。
銃弾が戦場で飛び交うこのご時世。動きやすいよう軽装備を心がける現代の風潮と真っ向から逆らうかのように、仮面はアナクロニズムな柔らかな曲線を描く鉄の鎧を纏っていて、腰には魔術を必要とせず楽に命を奪える拳銃ではない、何においても不便な鞘に収まった時代遅れのロングソードを携えている。
その時点で既に仮面が只者ではないという認識に繋がったわけだが、しかし何より最大の決定打だったのは、仮面が風に靡かせる――背に赤い鳥の紋章を刺繍した白いマントだった。
そう、それはまさしく。
「し、しし、新生王国の……、国王陛下直属特殊部隊の紋章――不死鳥騎士兵団だとッ!?」
「――の、研修生なんですけどね。まだ」
そう言って王国から来た「本物」の騎士は、辺境勤務である「ハリボテ」の騎士の目の前まで泰然と歩み寄ると、訓練のよく行き届いた見事な姿勢で敬礼する。
反して口調はゆったりとしたものだった。
「あ、申し遅れちまいましたね。私、本日からこの街に研修生として手配されることになりましたシャルロット・クシャルダルクです。こっちの生意気な幼女は付き添いの……まあ『サラ』とでも呼んでやって下さい」
「よろしくのー」
幼女のよろしくは言葉ばかりで、実際は男によろしくするでも何でもなく、明後日によろしくする感じの上っ面な挨拶だった。
しかし、そんな幼女の再三に渡る無礼な態度を目の前にしても、もはや男にそれを咎めるほどの余裕は皆無だった。
例えこんなど田舎の三流騎士であっても、騎士団の一兵士として戦場に身を投じる者であれば、必ず知っておかなければならない集団がいる。
背に炎の不死鳥の姿を刻んだマントを身に纏う、そこの仮面――シャルロットのことだ。
不死鳥騎士兵団。
通称――死神鳥
戦時、王国を敵に回した国々の中で、その不死の鳥を戦場で見た者たちは、彼らのことを決まってそう呼び慄いた。
――王国の数多ある騎士団の中でも、彼ら不死鳥の卓越した戦闘能力は有名だ。
曰く、彼らは少数精鋭である。
曰く、所属する隊員各々が一騎当千の実力を持っている。
曰く、彼らは国を傾ける力を持っている。
こんな辺境の街を任される男とは比べることさえおこがましくなるような――別格の存在。
その内の一人(研修生ではあるが)が、確かに目の前にいるのだ。
これを緊張せずにいられようか。
「は、はっ! 小生はリバルド地区警備騎士兵団所属、フニール軍曹であります!」
「あー、いやいや、そんな畏まらなねぇで下さい。私なんて不死鳥名乗ってますけどまだ階級もないただの新兵なんですから。軍曹に悪りぃです。この幼女に至っちゃ騎士でもない。敬語なんて以ての外」
「なんか扱いが雑じゃのー。悲しいのー。まあ、確かに騎士ではないが」
「きょ、恐縮であります!」
「だから畏まらないでいいって言ってるのに……。まあいっか。ところでフニール軍曹、ここの局長に挨拶しておきたいのですが見当たらねぇのです。どこにいるか知ってます? それと、この悲惨は状況は何です?」
「局長は諸事情により部下を引き連れ外出中。ここは何やら騎士に暴行を働いた輩がいるらしく、現在調査中であります!」
「ふーん……」
フニールが敬語を辞めないことにシャルロットは早くも諦めたらしく、同時にすっかり彼に興味を無くしたように視線を外した。
すると今度は興味のベクトルが倒れている六人の騎士へと傾き、シャルロットの視線と共に注がれる。
「へえ……若干ながら魔力の痕跡がある。これをやりやがったのは魔導士ですか」
「え……いや、この街に魔導士はいないので、その可能性はないかと思われますが」
事実十数年この街に勤務するフニールだが、魔導士など街でみかけたことはなかった。
こんな辺境だ。魔導士の存在自体が珍しい。一目みれば忘れるはずがないのだ。
表情の曇らすフニールに、しかしシャルロットはチッチッと指を振る。
「じゃあ国に魔導士登録をしていない野良の魔導士さんなんでしょう。おそらくは街の外から入って来たんでしょーね」
あっさりそんなことをいう。
「魔術は独学で学んだようです。野良特有の特徴で、魔力の波長が洗練されてねぇで、少々荒い。今まで発見されなかったのは、おそらく隠れてやがったんでしょう。しかし、ふむ、大人の男が六人もやられた所を顧みるに、実力のほうは凄まじい。王都でも中々見られない腕前。こんなところでのさばってるのが不思議なくれぇです」
「は、はぁ……そんな魔導士がこの街に」
驚愕を禁じえない。
目の前のシャルロットの的確な分析力もそうだが、そんな一流の騎士にそこまで言わせる――その野良の魔導士にも。
「今からならまだ追えるか……。局長の挨拶はまた後日に回しますか。サラ、魔導士の気配は追えてますか?」
「んー、くると思っとったよ。ちゃーんと追っとるわい。気配は三つ。魔導士と、リベルテの女、それと黒髪の青年。どうやら奴ら、東の森に隠れ家があるようじゃの。そこで動きが止まっておる」
「それは本当か! ならば今すぐ我々が部隊を編成し――」
いきりたつフニール。
反国者の討伐、それも腕の立つ魔導士とリベルテの生き残りとあらば、それはフニールの汚名返上、否、下手をすれば昇格も夢ではない千載一遇のチャンスだった。
これを逃す手はない。
そう考えたフニールの嬉々とした発言はしかし――
「必要ねーです」
シャルロットにピシャリと遮られる。
「現状をみて下さい軍曹。やり手の魔導士相手に、数だけの拳銃と魔術を使えない騎士を集めても何の意味もねえんですよ。ここは私らが行きます」
「し、しかし……」
「これは現状最適の判断です。二度は言わせねぇで下さい。まあ、この人たちみたいになりたくば私も止めたりしねーですが」
「うぬぅ……」
仮面の内から漏れたその凄みのある声色に、フニールは内心冷や汗を流す。同時に舌打ちも漏れそうになった。
これが自分より格下ならまだやりようもあるのだが、いかんせん相手は見上げれば首が痛くなるような格上の騎士。軍曹程度の階級である自分にはどうしようもなかった。
仮面の騎士はそれだけ言うと、銀色の鎧を軋ませて早々に踵を返す。幼女――サラもそれに続いた。
一人ポツンと取り残される男に、去って行くシャルロットはふと気がついたように振り向いて、能天気な言葉が送った。
「まあ大船に乗ったつもりで任せて下さい。やるからにはしっかり捕らえて来てやりますから。軍曹は珈琲でも飲んで寛いでて下さいよ」
「じゃあのー」
最後に生意気な幼女が手を振っている。
今から戦場に赴くとは思えない、余裕綽々といった声だった。
そうして今度こそ二人は、騎士六人を昏倒させたミウの元へと進行を開始する。
フニールはただ、呆然とその姿を見送った。
フニール軍曹と十分距離が離れた頃、シャルロットは困ったように肩を揺らした。
「着任そうそう事件とは、まったくほとほとついてねえんですかね、私ら。はあ」
シャルロットの半分ぐらいの身長の幼女は、対して嬉々とした表情だ。
「退屈するよりはましだの。クツクツ、こういうイベントがあってこその遠足じゃと思うのよな、アタシ」
「サラは遠足でも私は仕事なんですって。一緒にしねえで下さい。でもま、相手は凄腕の魔導士。これクリアすれば私の研修のノルマも達成ですかね」
「じゃとええがの。しかし、くっくっ……のうシャル、どうにもな、今回の遠足、アタシは退屈しなさそうな気がしてならんのじゃ」
見栄えしない灰色のローブがなびく。相反し、人間性を感じさせない異様な色彩に輝く桃色の髪を風に踊らせながら、サラはふわりと喜色満面の笑みを広げた。
「なぁに、他愛もないただの勘じゃがの。……あの森から、どうにも『美味そう』な匂いがする。それとの、今から狩りにいく魔導士とは別に――一人、おかしな気配の奴がおった」
クツクツクツ……。
楽しくてしようがない――まさしくそういいたげなサラ。
空色をする瞳が獰猛に輝いていた。
その視線の先には、森の入り口がある。
「……んあー、そういう時のサラの勘ってよく当たりやがるんですよねぇ。どうしよ」
「ままよ。おぬしなら多少の問題はどうにでもなるさね」
そんな幼女にシャルロットが首を竦める。
しかし、知らず知らずにその表情を隠す仮面の内からは、静かな闘気が滲み出ていた。
サラは幼女には似つかわしくない妖艶な笑みで白い歯を覗かせ、頷く。
森の木々が風で一際、荒だった。
「せめて、おぬしの父に褒めれるぐらいの功績は残したいものじゃの。シャル」
「ふふふふ、当然。父様の御期待には必ず報いてやりますとも――私が一人前の騎士だと認めさせるために」
静寂。
風が鳴り止んだ頃、寂寞な様で静まりを始めた森の奥へと、二人の強者が足を踏み入れる。
「私は不死鳥――もう小さな雛鳥なんかじゃねえんです。……それを認めさせてやるんだ」
はたしてそれは誰にたいしての言葉だったのか。
シャルロットの静かな決意は、一陣の風と共に森の中へ消えて行った。
――GO TO NEXT.