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我が家に召喚した魔王がなぜか勇者に覚醒してしまった件  作者: 灰猫
第一章――魂剣・エクスカリバー
8/9

「――おい、このクソ忌々しい腐敗騎士ども」



「……っ、なん、だぁ!?」


 しかしソレが、彼女に触れることは叶わなかった。


 唐突である。

 野次馬の中から飛び出た――白い影が疾駆し、警察官の魔手を遮って豪快な飛び蹴りをお見舞いしたのだ。

 影の蹴りは警察官の胴体を殴打し、胸部の骨から嫌な音を軋ませながら数メートル先まで弾き飛ばす。

 最初はなにが起きたのかわかっていない様子の警察官だったが、吹き飛んだ先で見事に受け身をとると、一瞬で態勢を立て直し拳銃を構える。

 ほう、腐った警官とは言え戦闘訓練は人並みにこなしていたようだ――しかし、影のほうがずっと早い。

 銃口を向けられるその前に、影は猫のような俊敏な動きを見せ懐に入りこむと、警察官の手を拳銃ごと脚で地面に叩き落とし、その次の瞬間に右の拳で顎をぶち抜いた。

 警察官はゆったりと地面に倒れ、沈黙する。

 決着がついた。

 あっという間の出来事だ。

 実に、見事。

 そして、一連を見通し終わって初めて、我は影が女性であることを把握できたのだ。

 まず目に付くのは、体に纏う真っ白いコート。黒いマフラー。そして次に、雑に切り揃えられた短い紺色の髪。

 風で靡くコートの中から時折覗く細身で背の高い彼女の立ち姿は凛としていて、口元がマフラーで隠れた端正な目鼻立ちが、しかし冷淡な顔つきで警官を見下ろしていた。

 唐突に現れたヒーローの存在に、その愚かしくも勇ましいその姿に、この場の誰もが驚愕する。

 彼女は、警察官に明確過ぎる暴力をふるった。

 その行為が、どれだけ危険を伴うか、この世界にきてたった二週間の我でさえ容易に想像できるというのに――


「あなたは……だれ、ですか……?」


 尋ねられた紺色の髪の女は、虚ろな瞳でそばかすの女をみると、静かな調子で言う。


「後にしろ。今は逃げることに専念だ。あんたも、死にたくねーだろ」


「は、はいっ……!」


 未だに傍観者を貫き卑しくも会話を盗み聞く我もそれについては賛成である。

 できればあの女二人にはこのままうまく逃げおおせて欲しいもんだ。傍観者の身分ながらも応援させて頂こう。頑張れ、君たち。

 しかし、紺色の女が警察官を昏倒させた時点で、状況は一変している。


「おい、貴様ら!」


 そして、直後に銃声。

 どうやら巡回中だった他の警官が運悪く居合わせてしまったらしい、視界の奥で黒い制服姿の男が一人硝煙をあげる銃口を向けていた。

 すると手前、紺色の女の左肩から鮮血が飛び散る。

 余波でマフラーとコートの留め具が外れ、体を覆っていたソレらが宙を舞い、彼女のしなやかな肢体と顔の全貌があらわとなる。


「――くっ!」


 苦悶に染まる、女の顔。

 撃ち抜かれた左肩を抑え、その場に膝をついてしまった。

 その時、我は彼女の左の首筋から左頬にまでにのぼる大きな刺青を視界に捉えた。

 どうやらさっきまでマフラーに隠れて見えなかったようだが、この刺青を見て何を思ったか、居合わせた警官が怒号を吐いた。


「……貴様っ! その刺青、『リベルテ』の賊かっ! なぜここに!」


 リベルテ?

 はて、それが何だが我は知らないわけだが、しかし周囲はそうでもないらしい。

 リベルテ――そう警官が口にした瞬間、明らかに周りの民衆の表情が驚愕を経て渋面へと変貌した。

 ああ、どうやらそのリベルテなるモノは、えらくこの街の人間に嫌われているようだ。

 しかし、なんだかな、民衆のその手のひらを返したようなその悪意を一身に受けてたつ紺色の女は、反論も自己弁護もしないのである。

 ただ、銃口を向ける警官に唾棄する勢いで言葉を吐いた。

 まるで狼が牙をむきだしにしたような怒気が彼女から溢れる。


「腐った国に飼われて嬉しいか、駄犬」


「……ああ?」


 発砲音。

 今度は女の右の太腿から血が噴き出した。

 女はついに地面に倒れる。


「国賊の生き残りが。負け犬の分際で何をほざく」


 銃口を頭に向けたまま警官が女に近づき、その紺色の頭を汚い靴裏で踏み躙った。


「腐ってる、とかなんとか言ったか、リベルテ。訂正しろ、王国の脚を引っ張る下衆め。んん?」


 相手が女とて容赦がない。

 いびるような笑みで女を見下ろす警官。

 女は人を殺せそうな気迫を放つ瞳を送っていた。


「真実だろーがよ、屑。てめえらは怠慢な国の腐った飯喰らって、欲に目を眩ませた汚職に塗れる権力者どもに、尻尾をふって従うことしかできねえ犬ころだろ。それ以外の奴らにゃあ適当に罪を押し付けて殺しちまう。人間の屑だ」


「ああ、こりゃあ、今すぐ撃ち殺すべきだよな」


 カチリと、拳銃から弾が装填される音がする。

 そばかすの女が悲鳴にも似た声で警官に哀願した。


「騎士様、どうかお許し下さい! この人に罪はありません!」


 しかし、警官が聞く耳を持つはずがない。


「口を慎め女。こいつはリベルテ、ここに存在すること自体が罪なのだ。国がこいつらを人ではなく害虫だと流布している。害虫はすぐさま排除しなければならない」


 冷徹で無慈悲な言葉がここまで届いた。

 おいおい、なんだそれは。

 そこで倒れてる女の人が一体なにをしたのかしらんが、人を害虫呼ばわりはないだろう。


「お願いします! お願いします! この女の人は悪くありません!」


「……おまえ、もういい。私のことはもういいから、口を開くな。それ以上はおまえの罪が重くなるだけだ」


「なにを仰いますか! この状況で、あなただけが、あなただけが、私に手を差し伸べてくれたというのに、それを無下にしようだなんて――」


「うるさいぞ、いい加減に黙れ」


「――――あっ!」


 必死に願うその人を、警察官は冷徹な言葉とその手の暴力で打ち砕いた。

 我は人知れず歯噛みする。

 たく、もう。

 まったくため息が出るね。

 独断と偏見。

 酷く主観的ではあるけれど、なにが悪で、なにが善か。

 もうわかりきっていたつもりだった。

 よその世界の魔王が善悪の一体何を謳うかと笑われるかもしれない。でも。

 それでも、な。

 我は安全な傍観者でいるよりも、勇者になることを選んだのだ。

 他でもない、あの少女と共に、世界を救うと、そう誓ったのである。

 正直言えば、ただの傍観者を貫く我慢のほうも、いい加減に限界が近かったのだ。

 何でかと聞かれたら、ムカついたから殴った。ちょっとした若気の至りというやつだ。

 口実としてはちょうどいい具合だろうよ。

 そういうわけで、うん。

 ミウ、少しだけ迷惑をかける。

 我は人集りから飛び出した。


「我っ、参上!」


「!? なにっ!」


 警官もまさか村人Aぐらいの存在感だった我がいきなり突撃をかけてくるとは夢にも思わなかったろう。

 奴は目を白黒させて明らかに動揺している。


「くそっ!」


 我は走りながら考える。

 魔術なんてファンタスティックを一切行使できない非力な我にできることがあるとすれば、それはもう物理しかない。

 民衆の中から勢いよく飛び出した我は、警官に向けて渾身のタックルを繰り出した。

 が。

 ――しかし、現実はやはり思ったようにはいかないもんで。

 考えてもみれば、二週間前までヒッキーナウだった貧弱な男のタックルなど、訓練の積んだ警官相手に何の効果も無いのことは、そもそもよく考えれば容易に想像できたはずなのに。

 警官の立ち位置を数センチ動かしただけで、我の決死の思いの一撃はあっさり幕を閉じたのだった。


「……つッ、なんだ貴様はっ!」


 あっ――まずい。

 我はあっさり警官の体から弾かれると、すぐ目の前で銃口がこっちを向いている。

 それが一体何を意味するか、我の思考がそこまで辿り着く頃には、既に銃弾は発射されていた。

 ――ドンッ!


「かはっ!」


 直後、腹部に強烈な違和感。続いて激痛が訪れると、今度は腹が燃えるような錯覚を覚えた。

 口内に生暖かい鉄の味が広るの感じる辺り、我は撃たれたのだと認識していいのだろう、間違いなく。


 ……なんとまあ、情けない。


 甲斐甲斐しくニートが勇者を気取って飛び出したというのに、結末はなにも出来ず致命傷を頂いただけという、なんともあっさりしたもので。

 地面に倒れ伏した我に、周りの民衆に驚きはあれど哀れみはなかった。

 連中は助け起こす気などもっぱらないようで、中には馬鹿な奴だと罵声を浴びせてくる輩までいやがる。

 くそう、馬鹿はどいつだよ、まったく。悪者を見て見ぬ振りする前らこそが馬鹿野郎だろうが。

 それにしても激痛だ。立ち上がる気合は十分なのに、どうしてもカラダが面倒くさがって起き上がってくれない。

 諦めず懸命に首だけを起こすと、既に現場は制圧されたようだ。

 肩と太腿を撃たれた女と、それに寄り添うように座り込む女に警官が銃口を向けている。

 どころか更に悪化しているようで、気絶していたスキンヘッドの警官まで復活していた。


「ってえな……たく、てめえのせいで首がいかれちまったよ、このクソ女!」


「うっ……!」

 

 スキンヘッドが脚を盛大に振りかぶり、女の頭をボールのように蹴り飛ばす。おいおい、それはやり過ぎだろ。

 それでも警官の気は収まらない様子で女を睥睨すると、今にも引き金を引きそうな気迫を纏って拳銃を構えた。


「ブッ殺す」


「まあ待てや、ゴードン」


 憤る警官の後ろから、もう一人がそれを宥めるような素振りで手を肩におく。


「確かにこいつぁリベルテの賊だがよ、まあどうだ、よくみれば顔も体もいい具合に実ってんじゃねえか」


 ダメだ、なんか視界が霞んできた。それに寒気までしてきたし、そろそろ首のほうの力も限界が近い。

 体のほうはもう諦めたほうが良さそうだ。他人のようにピクリとも動いてくれん。

 この際耳の機能も止まってくれたら楽だったのに、悔しいやら恨めしいやら、警官の二人の下卑た会話だけが容赦なく届いてくる。


「どうせもう一人の女も最初から食うつもりだったんだろ。せっかくなら二人とも頂こうぜ」


「オイオイ……そりゃ流石にまずいだろ。報告書とかどうすんだよ、局長にばれたら殺されるぞ」


「はっ、安心しな。今日は局長も含めて大多数のメンバーは「例の件」でお外にお出掛けだ。多少弄ったところでばれたりしねえよ」


「おお、そうかい。そりゃ好都合。ククク」


 おいおい、こいつらどこまで腐ってんだよ。汚職の現場をまさか目の前で目撃するとは思わなかったね。吐き気がする。


「場所はどうする。まさかそこらへんで輪姦するわけにもいくまい」


「近くの酒場で問題ねえよ。店主にこずかいでもやれば部屋ぐらい貸してくれるだろう」


「そりゃいい。ついでに、こないだ手に入れた薬も試してみるか。どうにもすげえ効き目らしいからな。薬漬けにして飽きるまで使ったら、奴隷商人に売り飛ばせばいい」


「お前サイコーに頭いいな」


「てめえら」


 あきらかな怒りを含む紺色の女の声。


「ほんと、どこまで汚れたら気がすむんだ。私のことは殺したきゃ殺したらいいさ、だがよ、てめえらの今の会話は……これが国を守る騎士の言葉だって、子どもの前で胸張って言えんのかよ」


 しかし、警官が答えることはない。

 帰ってきたのは嘲笑だった。


「……当分は飽きなさそうな女だ。まあ、それはそうと」


 台詞を途切れさせ、砂利を踏み締める音が近づいてくる。


「よお、間抜け野郎。生きてるか?」


「……あ……あ……ギリギリ、だが……な……」


 笑いを噛み締めたような声で問うてくる。なるほど、もう忘れられたものと思ってたんだが、どうやらそうではなかったらしい。


「そりゃよかった。おめえはなにもんなんだ? 刺青の一つもないところを見るに、リベルテの仲間でもねえんだろ。何で飛び出してきた」


 最早まともに喋ることもできなかった。

 辛うじて、なんとしてでも一矢報いたい思いで毒を吐く。


「悪人から……善人を……守る……のは、……当たり前、だ……ごほっ」


 やば、毒を吐こうとしたら血反吐を吐いちまう。


「……汚ねえな。てめえもくだらない正義感で突っ込んでくる(クチ)の奴だったか。余所者か? 哀れだな、黙って周りの奴らみてーに見て見ぬ振りしときゃあ無意味にくたばらずに済んだのによ」


「……はっ」


 霞む視界の中で、陽炎のように揺れる警官の靴に血の混じる唾を吐いた。

 警官の顔が微かに歪んだような気がする。


「ぬか……せ」


「ああ?」


 どうせ声を出せるのはこれで最後だ。

 口の中の血を全部吐き出して、精一杯の気合を入れて悪態をつく。


「――貴様らがくたばれよ。彼女たちは、悪くない……っ!」


「ああそうかい。残念ながら先に死ぬのはてめえのほうだよ」


 頭に何か固いモノが押し付けられる感触。

 たぶん拳銃だろう。

 ああ、これで我が人生も幕を閉じるわけか。呆気ない終わりかただったな。

 ミウにはほんと迷惑をかける。期待して異世界に呼んでくれたってのに、結局何も出来ないとは。したことと言えばパンツを被ったことぐらいだ。

 まったくどうしようもない。


 次の瞬間には、拳銃から耳をつんざくような音が轟いて、我の頭は撃ち抜かれる――はずだった。

 はずだったんだ。



★ ★ ★



「――よくいった、シロウ!」


 煩い銃声の代わりに聞こえてきたのは、聞き惚れるような可愛らしい美声である。

 そして――銃声よりもよっぽど凶悪な、雷が迸るような爆音だった。


「『閃光する爆雷槌』」


 いつかの森で熊の魔物に襲われたときのような青白い光が視界を埋め尽くす。


「ぐぁぁあああああっ!?」


「な――クリフォード!?」


 警官の絶叫が我の頭の上で木霊する。


「ま、魔法だと!? 馬鹿な、この街に魔導士はいないはずっ!」


 お、おい、なんだなんだ、何が起きてる。

 力を振り絞って周りを確認してみれば、なんと、警官の一人が向かいの家屋の壁にめり込んでいて、鼻と鼻がキスするぐらいの至近距離で可愛らしい銀髪眼帯の少女が首を傾げて覗き込んでるではないか。

 ……って、あらら、女神様(ミウ)ではないですか。


「……み……う?」


「うん、ミウだよ。お留守番するって言ってたくせに、勝手に出てきたりなんかりして、まったく。この世界は根暗なんだから、不用意に出歩いたらこういう目に会うんだからね」


 目を細めて慈愛に満ちた微笑を浮かべてくれる。


「でも、さっきのシロウの台詞、すっごくかっこよかったよ。こう……なんか、心がときめいたっていうか。流石はシロウだ、惚れ直しちゃった。まあ惚れないけど」


 そう言って、ミウは我の頭を撫でてくれた。

 なんだかな、小さい手のくせにやたらと暖かく感じるのは今我が猛烈に泣きたい気分だからだろうか。

 だからもう。

 なんでミウがここにいるのかとか。

 我をここで見つけたとして、なんでそのまま群衆に隠れてなかったのかとか。

 そんな疑問は――もうとっくに吹っ飛んでいた。


「よく頑張った。痛かったね、大丈夫、私が来たからにはもう怪我はさせない――だからちょっとまってて、すぐ片付けるから」


 フワリと、以前のようにミウが地面から浮き上がる。

 もう首が限界なので彼女の顔は見えないんだが、それでも、今ミウがどんな顔をしているのかは容易にわかる。

 なぜかって?


「――おい、このクソ忌々しい腐敗騎士ども」


 この後の言葉を聞いたら嫌でも察するさ。


「私の友達を傷つけたな? さっきの会話は聞いてたよ。まったく、まったくまったく、ほんとーに相変わらず腐ってやがんな。救いようがないよ」


 初めて聞く、普段のふわふわとした雰囲気のミウのものとは思えない、荒んだ言葉使い。

 体感温度が一、二度ほど低下したような錯覚。

 顔を見なくてもわかってしまう。

 近くにいるだけでわかってしまう。

 今のミウが――軽くブチ切れてることぐらい。


「な、なんだ……なんなのだおまえは……!」


「何者でも。おまえらのことが嫌いなただの一般人。いや――今は勇者だったかな?」


「何をふざけたことをっ! 俺たちにこんなことをしてただですむと思うのかぁっ!」


「うるさいな。残念ながら、今の私は自分の保身だとか、これからの生活はどうしようだとか、正直すっごく不安で仕方のないところなんだけど、けどそんなもんどうでもよくなるぐらい、気が触れている自覚がある。低脳なおまえらにはわかりやすい風に言ってやるよ。間違いなく、今はオマエらの敵だ」


「ならば、死ね!」


 警官が拳銃を構え、宙に浮くミウに引き金を引く――と思えば。

 その前に、我には到底理解に及ばない何か不可思議な力が作用したようで、警官の頭が逆転し体が地面に転がった。


「ぐぬぉっ!?」


「オマエらは、自分たちの思い通りにならなきゃ殺す。身分を違えば殺す。少しだけ人より魔力が高ければ殺す。尻尾が生えてたら殺す。――恐ろしければ殺す。ここは人殺しの国だよ」


 そこで、トンとミウが我の目の前に降り立ち、こちらに振り向く。


「それに比べてどうなんだ、この男の人は――シロウは。何の力もないのに勇者になりたいなんて言って、何の武器も持ってないのに馬鹿正直に敵に突っ込んで。それで馬鹿みたいにあっさり撃たれて、馬鹿みたいに血反吐を吐いて。そしてやっぱり馬鹿みたいに死にかけてる」


 散々人のことを馬鹿馬鹿と罵った後、ふと口調を優し気に和らげた。

 

「けど――」


 そこで一度、言葉は止まる。

 何かを思い馳せるようにうつむき、しかしすぐに顔を上げた。


「それでも、汚職ばかりの腐敗騎士や、ここにいる見てるばっかりで助けようともしない住民や、そして臆病者の私みたいな――どうしようもないクズよりはきっとずっとマシなんだ。子どもが憧れる正義のヒーローを臆面もなく演じれるこのは、私たちなんかよりずっとずっと輝いてるんだ」


 力強い声色だった。その小さな拳を握り締めながら、言う。


「だから、今度は私のばんなんだよ。私も、もう逃げたりしない、あんな奴らにもう二度と頭を下げたりなんかしない。シロウの友達である私が、シロウのパートナーである私が、挫けるわけにはいかないんだよ。何の力も権力もないシロウにできて、あのクソジジイの力を受け継いだ私にできないはずがないんだから」


 それは、ゆっくりと、静かに、しかし力ある声で。

 どこかの、誰かに、そして自分自身に、言い聞かせるかのようで。

 その透き通るような声の宣誓に――ここにいる誰かが唾を飲んだような気がした。


「私は屈しない。私は前に進む。この理不尽や不条理をすべて踏破していく。私も、そしてシロウも。二人で決めた。私たちは勇者になる」


「な、何をさっきから……っ! くそ、増援を――ぐぬぬぬぬぬ!?」


 瞬間、ミウの手から放たれた雷がスキンヘッドの警官を直撃し、痛めつける。

 果ては現在進行形で壁にめり込んでいる警官にも攻撃を加えはじめた。うわぁ、鬼畜。


「大丈夫、殺す気はない。ただ数日ぐらい全身付随程度の怪我をしてもらうだけだからさ。ほら次、二発目。三発目。まだまだ」


「こ、こいつ……こんな短時間に杖もつかわず魔法を――あばばばばばばばばば」


「む、無詠唱って、そんなデタラ――はななななななな」


「今までのお返しだ――このクソ野郎」


 もうすっかり体も視覚も機能を失って、唯一生き残った聴覚は成敗される警官どもの愉快痛快な叫びを聞き取っていた。

 後々思ったのは、この瞬間を心底見て見たかったということだ。

 まあとにかく、今は意識のほうも薄れてきたしところだし、どれどれ、次に目覚めた時に天国でしたーなんてオチがないことを願おうか。

 ああ、どうせならミウのおっぱいに挟まれて目覚めたいな――そんなことを思い浮かべながら、我はゆっくり意識を手放したのだった。


★ ★ ★

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