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我が家に召喚した魔王がなぜか勇者に覚醒してしまった件  作者: 灰猫
第一章――魂剣・エクスカリバー
6/9

「アホみたいな顔してるぞ」「シロウに言われたくないよ」

☆ ☆ ☆


 私の一日はまず井戸へと向かい、融雪の混じる冷たい井戸水を桶で引き上げ、顔を洗うことから始まる。

 朝にめっぽう弱い私だが、しかしこれでだいたいの眠気は覚める。

 うん、おはよー。

 今日も清々しい朝である。


 空は快晴。

 雪はすっかり溶けてなくなって、懐かしさすら感じる春の木漏れ日が体を暖めてくれる。

 私的にはこの時期の朝が一番好きだったりする。

 四季が豊かなこの地方だが、暑いと寒いが極端なので、その間の気温が何とも絶妙な今の時期が一番過ごしやすい。

 どれどれ、背伸びをおひとつ。


「ん~~~っ! ……はふぅ」


 視線を足元に下げると、桶がふと目に入り、水の溜まった綺麗な水面に私の顔がくっきりと写っていた。

 いつもは一つに纏めている、以前に珍しい色だと不思議がられた私の銀髪は、今は寝起きなので背筋まで伸びるストレートに。

 私が私の中で唯一誇りに思うお母さん譲りの自慢の白い肌と、今は左眼『だけ』となった青い瞳が、水面を通して私を見つめていた。

 もう片方の瞳は――残念ながら黒い眼帯に隠されて水面に映ることはない。

 一つ明言しておくと、私がこんな悪趣味な眼帯をしているワケは、なにも目が潰れて失明しているとか、そういう悲劇のヒロインめいたことを経験したからではない、ということだ。

 この黒の眼帯の下の眼は、今も問題なく機能している。

 ただ――ああ、というかもうめんどいのでぶっちゃけるが――魔眼なのだ、私の右目は。

 これも例によってあのクソジジイが私に残して行った遺恨の一つだ。

 何でもクソジジイは、両眼にけったいな魔眼を宿していたのだという。

 その二つの魔眼は、奴の子孫である私たち三兄妹へと受け継がれた。

 しかし、私たちが生まれ持った魔眼は二つではなく、一つ。


 先立って生まれた兄が左眼――『思』の魔眼を。

 後に双子で生まれた私と妹が右眼――『操』の魔眼を。

 それぞれ分け与えられるように魔眼を片目に宿した。

 

 どうやらクソジジイの血が、代を重ねて薄まったことで遺伝子が劣化したらしい。

 よくわからないけど、よくわからないからこそ、そういう風に納得していた。

 クソジジイの実娘だった私の母親は両眼ともに正常だったんだが、何の不幸か孫の代である私たちが遺伝してしまったということだ。まったく。

 眼帯をつけてるのは、魔眼のせいで色素が変質した瞳を隠すためと――何より魔眼の力を私が制御できていないからだ。

 ほっとくと何時の間にやら魔眼が発動していて周囲が大パニック。

 そういうことが小さいころに何度もあった。

 今は眼帯で視界を閉じているからそんなことは起きないが、またはずしたら一体どうなるのやら。


「――――――――!」


「お」


 嫌な記憶を思い返して少々気落ちしていた私のもとに、ここで何かの断末魔――というかまんまシロウの断末魔らしき絶叫が家の中から響いてきた。

 ……そういえばと、ここで先日の夜のことを思い出す。

 昨晩、私が睡眠のため自分の寝室に戻ってみると、いつからそこにひそんでいたのだろうか、なぜか突然ベッドの中から全裸のシロウが襲いかかってくるという珍事が発生した。

 そのときは何とか魔術で撃退できたのだが、これが毎晩続くことを不思議と予感した私は、防犯のために「私の許可なく侵入しようとしたモノを撃退する魔術」を寝室の扉に仕掛けておいたのだ。

 うむ、どうやら獲物(シロウ)が罠に掛かったらしい。

 ま、今は夜ではなく、朝なのだが。

 シロウよ、今度はなにをしに私の寝室へ侵入したのだ。


「ぬっ!? なんぞこれはっ!? なんぞこのゴーレムは……え、なに拳を構えて――あべしっ! ちょ、……み、ミウ! ヘルプ! ヘェェェルプッ! これは死ぬ、死んでしまう!!」


「……くす」


 まったくあの人は。

 人が不快な気分になって落ち込んでる時に、なんて楽し気なことをしてくれるのだろう。

 これを天然でやっているというのだから、侮れない。

 まったく。


「はいはーい。ちょっと待っててねー」


「ヘェェェルプ! やめてぇ! 我のライフはもうゼロよぉぉおお!」

 

「あはっ」


 こういうことが最近の日常になってきてる。

 楽しいのやら疲れるのやら。

 いや、楽しいんだろうな、間違いなく。

 私を彼を召喚したことを後悔してはいない。

 きっと、間違いなんかじゃない。



☆ ☆ ☆



 防犯用ゴーレムにボコボコにされていたシロウを助け出した後は朝食をとった。

 これはその席での会話である。


「今日はちょっと街に下りようかと思う」


「ほう、街に。ヒッキーのミウが街に出るとは何事だ」


「ひっ……? どういう意味がわからないけど、まあいいや。昨日仕留めた山熊の魔物いたでしょ? アレを売りにいくの」


「売りにいく? 勿体無いな。食えばいいじゃないか」


「魔物化した動物の肉は硬くてとても食えたもんじゃないんだ。食ったら絶対後悔するよ。お腹壊すし」


 侵食種は基本カラダに毒だ。

 魔力に侵された肉は硬くて美味しくないし、体内に含んだ魔力の量が多すぎて人間じゃあ吸収しきれない。だからお腹を壊す。


「それにあの山熊の毛皮は硬かったから、街だときっと高く売れる。売れるとお金になる。お金は食べ物になる。ふふふ……」


「アホみたいな顔してるぞ、ミウ」


「ゴーレムに顔面まん丸にされたシロウに言われたくないよ」


 ともかく。


「今から街に下りるから、シロウはどうするって話」


「ぬ、我は……断る。うん。めんどいし」


「そっか」


 そういうわけで、シロウは今回お留守番。

 私は家を出て、最近すっかりいかなくなった街へと歩を進めたのだった。

 


☆ ☆ ☆



 私は街に出るとき、必ず顔の大半を隠すように心掛けてる。

 なぜかと言えば、そうでもしないと街を巡回する忌わしい騎士の奴らに見つかってしまうからだった。

 新生王国のクソジジイに対する執念は実に根深く、その孫である私たちの顔はあれから数十年たった今でも街の掲示板に国家指名手配犯の悪顔と並び似顔絵として存在している。

 と言ってもそれもやはり何年も前のモノなので、それこそ私がまだ小さいころの似顔絵であったから、流石に顔つきも似顔絵とは多少違っているのだが。

 それでも、もし見つかったら厄介なのは確か。この街の騎士たちは、疑わしきは罰せよという正義至上主義をのうのうと掲げているが、本質はまったくもって逆の自己至上主義だ。

 自分たちが気に入らないと平気で一般市民に向けて大通りのど真ん中でも拳銃を発砲しやがる。

 ほんと騎士としてあるまじき行為。私はあんな奴ら認めないし、気が触れているんじゃないかと思う。

 たぶん王国の連中も私たちのことは「念のため殺しとこう。邪魔だし」みたいな考えなんだろう。

 あくまで念のため、だ。おそらくその程度の認識でしかない。

 じゃないと私は今まで生きちゃいないだろうさ。王国が本気を出せば、私ぐらいの小娘など優秀な魔導師様が私の居場所を世界のどこからでも探知してすぐに一流の暗殺者を差し向ける。

 私の両親はそうやって殺された。

 私や兄妹はともかく、両親のほうは実娘とその夫として結構危険視されてたみたいだから。


「…………」


 ほんと、胸くそ悪い。

 この街にくる度にそう思う。

 私はこうやって正体を隠し、いつ訪れるかもわからない死の恐怖に怯えながら買い物をしなきゃならないっていうのに、なんなんだ、こいつらは。

 街の真ん中を偉そうに顎を上に向けて歩く騎士もどきにペコペコ媚びを売って、内心はそんなことを思ってもないくせに「お務めご苦労様です」なんて言っている。

 違う、あいつらはただ散歩してるだけだ。

 仕事でもなんでもない、ただ「そう」見えていれば良しとしてるだけなんだ。

 目の前で事件が起きたって見ないフリをして立ち去っていく。

 そんな奴らになぜ媚びを売る必要がある。

 なぜ頭を下げなければならない。

 なぜ殺されねばならない。

 そんなの私はごめんだ。


「ん? おい、そこの片目の貴様、止まれ」


 不意にかけられたその声に、私の思考は一気に現実へと浮上する。

 気がつけば、私は通りすがる騎士をジッと睨んでいたのだ。

 咄嗟にまずいと思う。


「貴様、一体何を見ていた」


「雲を、眺めていました」


「嘘をつくな。俺を睨んでいただろう。何か文句でもあるのか」


 この騎士、間抜けな街の駐屯騎士のくせになかなかに鋭い。


「いえ、睨んでなど。滅相もない」


「怪しいな。それに、ここらではあまり見ないナリだ。その顔を隠したフードを今すぐ取れ」


 できるわけがない。

 フードをとった瞬間、こいつが私の顔に少しでも掲示板の似顔絵に似た何かを感じ取れば、その時点で私はアウトである。


「…………」


「おい、どうした。早くフードをとらないか。……まさか、顔を晒せないワケでもあるのか?」


 途端、騎士の顔が険悪なモノになり、腰のホルスターに差した拳銃に手を掛ける。

 ああ、これは本当にまずい。

 このままじゃあ、あと一言二言警告を言われたあとにすぐさま鉄の弾が私のからだを貫くだろう。

 どうする、こんな所で死ぬわけにはいかない。

 かといって逃げたり魔術で反撃なんかりしたら、それこそ私は今度から街に立ち入りできなくなってしまう。

 ともすれば私はまた確実に生きづらくなるわけで、それはどうしても避けたいところ。

 ダメだ、切迫詰まった。

 そんなことをぐるぐる頭の中で考えていると、不意に後ろから声をあげる人物が現れた。


「おい、一体なにしてる」


「先輩」


 背後から現れたのは、はたして正面の騎士の先輩らしき人物だった。

 正面の騎士が私の頭に拳銃を突きつけていう。ちょっとちょっと、危ないだろ。


「怪しい人物を発見しましたので、事情聴取を」


「怪しい人物……? ふん、そんなことはどうでもいい。今すぐ支部へ戻るぞ。局長がお呼びだ」

 

 ……おや?


「局長が? またなんで」


「知らん。だが、どうやら「例の件」絡みのようだ。何か問題が発生したのやも知れん」


「ああ、あれですか。そうですか、わかりました。急いで戻りましょう――おい、貴様。運が良かったな、今日のところは見逃してやる。しかし、今度そんな目つきで俺を見てみろ。撃ち殺してやる」


「……肝に命じておきます」


 そんな台詞を私に吐き捨てて、騎士二人は駆け足で去って行った。

 その姿を頭を下げて見送る、弱い私。

 こうでもしないと、たぶん素直に帰ってはくれなかったろう。

 もう拳銃を頭に突きつけられるのはゴメンだった。

 ……でも。

 あーあ。もう。


「……とうとう頭、下げちゃったよ、チクショウ」


 ほんと、自己嫌悪。


 ……くそったれ。



☆ ☆ ☆



「え? たったそれだけ? もっといい値段になるでしょ」


 場所は街の片隅にある質屋。

 私はバンっと机を叩いてその店の店主に抗議を申し立てた。


「山熊の侵食種の毛皮なんだよ。それに角と、爪と、牙も。どれも上質。これだけあってなんでそれっぽっちなのさ」


「しょーがないだろう。俺だってびっくりしてんだ。こんな辺境の、しかも魔力濃度も低いこの土地で、最近やたらと急に魔物が出始めたっていうんだからよ。おかげでアンタみてーに魔物の素材を売り込んで来る外部のハンターが急増してな。もう在庫はたんまりなんだよ」


 対して店主は、しかしやれやれと頭を横にふるばかりで一向に首肯する気配はない。

 最近急に魔物が出始めた? なんですかそれ。初耳です。


「山熊の毛皮も、角も、牙も爪も、もういらないってぐらい在庫がある。その値段で満足しねーってんなら好きにしな。うちは買い取らねーから。まあ、どうせこの近辺の質屋は、今頃どこも似たようなもんだろうがな」


「ぐぬぬぬぬ……」


 山熊の侵食種の買値が、まさか予想の三分の一にも満たないとは。

 これじゃあそこらへんの山熊の毛皮のほうが高く売れるかも知れない。

 だけど、私みたいな魔導士が山熊の素材なんて持ってても何の意味もないし。


「どうする? 売るぅ? それとも、帰るぅ?」


 しかし憎たらしい笑みの店主だ。

 絶対私のことを弄んで楽しんでる。

 今すぐ手にもった山熊の角をそのハゲ頭に突き立ててやりたい。

 もちろん冗談である。


「……わかった。換金する」


「ははは。毎度あり。持ってきな」


 ついに折れた私は山熊の素材一式を換金し、店を出る。

 なんだか思ったより財布が軽いなぁ……ぐす。


「いいよ、お金がなくても、シロウと一緒に世界征服してみせるんだから」


 めげるものか。

 めげてなるものか。

 いつも前向きなことだけが取り柄の私ではないか。

 打倒世界! 目指せ楽園!


「頑張ってやるんだッ!」


 道の真ん中でそう叫ぶ私は、周りの人たちにきっと滑稽に思われたに違いない。

 自重自重。


 しかし、どうやらそんなふうに私を笑う人は誰一人として存在しなかった。

 なぜなら、道行く人の意識は、道端で大声を上げた私などではなく、誰もがもっと別の大きなことに向いていたからだ。

 遠くのほうから叫び声が聞こえる。そこに、うっすらと人集りが見えた。

 なにしてるんだろうと、私の注意もまた周囲と同様にそこへ向いた、その瞬間、


――ドンッ!


 耳触りな。


 命を奪うためだけに作られた兵器が、その猛威を奮う時特有の――銃声が私の鼓膜を刺激した。

 

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