「我々は世界を救う勇者になるんだ」
私は、私にちっとも優しくないこの世界が嫌いだった。なぜ嫌いなのかと言うと以下省略。
だから、そんな世界を変えるため、私は一度世界を破壊し、再生を行う決意をした。
その第一歩は見事成功を果たす。
異世界の魔王は、見事私の前に現れてくれたのである。
しかしながら、ね。
まあ、どうにも。
おかしい。
私の召喚に応じた魔王は、どうしてか私の思い描く魔王像とは遠くかけ離れた存在だったのである。
閑話休題。
以下回想。
☆ ☆ ☆
辺境の地の山奥に住を構える我が隠れ家の一階。リビング。
中央にテーブルを置き、それを挟んで設置されたソファに腰を据えて、魔王は怪訝そうに顔を引きつらせた。
「世界征服……? ほほう、それはまた壮大な野望だな」
裸だった魔王は現在、私の予備の寝巻き用パジャマを着用している。
男の人が着るにはサイズは少しキツそうだったので、私は一回り大きい新品の寝巻きを渡そうとしたんだけど、
『我、女の子の香しい匂いつきパジャマを所望するゆえッ!』
――と、よくわからない理由で断られた。
ちなみに魔王には下着も私のモノを着用するよう勧めたが、それは何故か凄まじい勢いで首を横に振って断られた。なぜだろう。じゃないと体がスースーするのに。
まあ、彼もそれに納得していたから、別にそれでいいならと……私も放置している。
しかしさっきから魔王の挙動がどうにも怪しい。なぜか服の臭いを何度も嗅いでは、その度に体を不自然にくねらせているのだ。表情も心なしか苦しむような雰囲気でさえあるのだから不思議である。
なんだ、持病なのか、持病なのだろうか?
いや、やはりサイズがきつかったんだと思う。魔王のくせに気を使うとは、やはり彼はどこか魔王らしくない。
「さっきもいったが、その願いは聞き届けてやれない」
二度目の否定。
思わず顔が引き攣るが、流石に二度目ということで錯乱することはない。
冷静に言葉を返す。
「その……理由は? 魔王様」
「理由自体は至極簡易的であるが……それにはまず、君の誤解を解かなきゃならない」
「誤解、ですか?」
「うむ」と、魔王は神妙な顔つきで頷き、
「我は君が思ってるような極悪非道な魔王じゃない。その様子だと以前にもこの世界に魔王は訪れたことがあるみたいだが、それでその魔王がこの世界でしでかしたことは君の様子を見れば一目瞭然なわけなんだが、その魔王と我という魔王はまったくの別だ。本質的な、根本的な部分から違う。魔王というのは複数存在する。そこを理解してほしい」
「いや、でもあの、少なくとも私は、世界征服は魔王様がたの専売特許だと思ってたんです、けど……」
「そういう輩も確かにいる。しかしどうであれ、そういう世紀末的思考の王はどの世界線であっても今時極少数派だ。少なくとも、そういう奴らに比べたら、我の力は絶対的に劣る」
唐突に、魔王は自分の胸に手を添えて、無表情に私を見据えて語り出す。
「君の知る魔王がどんなだったか知らんが、ともかく、我は貧弱だ。確かに我は魔王だが――他の異世体みたく魔法が使えたり、超能力が使えたり、偉く未来的な破壊兵器を使役するなんてことはできない。まあ、我に特殊な能力がないわけでもないのだが、本質はほとんど普通の人間と変わりない」
「え?」
それは、本当?
本当に、魔法も、何も、何の力もないの?
確かに、目の前の魔王からは魔力が感じられなかった。
微塵も。欠片も。
感じない。
それはつまり、彼は魔法が一切使えない存在ということに他ならず。
そういう存在を、この世界では「無能」「落ちこぼれ」と呼び、蔑む。
そして、その彼自身でさえ、自分は魔法はおろか、大した能力は持ち合わせていないという。
自分は無力だと宣誓したのだ。
そんな、そんな……、
「そんな、嘘……」
「嘘ではない。我は君の望むような戦闘力は備えてない。だから、君の望みは叶えてあげられない。我としても本当に残念だ、力がないが故に、君の期待にも応えられないし、何より……君の体を好きに出来ない……ふっ」
魔王は何故か遠い目をする。
いや、そんなことはどうでもよくって。
「じゃ、じゃあ……私の計画は!? 世界征服の野望は!?」
「うぬ、我の力を期待するなら、それは無駄と言わざるをえない」
その言葉を聞いて、私はついに絶望する。
なんということだ。
まさか本当に、この魔王には――力がないというのか?
それじゃあ、今までの私の努力は?私の夢は?ぜんぶ――無駄だったの?
失敗――だったというのか。
今の私に、再び魔王を召喚することは出来ない。
なぜなら、一度呼び出した異世界体を元の世界に還す方法は、呼び出した本人が「死ぬ」以外に他ないからだ。
私の魔力容量から言って、魔王クラスの召喚魔法を同時に二つも維持し続けることは不可能だ。
だからこそ、たった一度切りの挑戦だった。
それにすべてをかけていた。でも。
でも――失敗した。
「しかし、まあ、世界を壊すことはできないが、世界を征服することは出来る、かもしれん」
「――――ぇ」
ふと呟かれたその言葉に、私の意識が再び目の前に注がれる。
見ると魔王はまた服の臭いを嗅いで二ヘラと頬を緩めていた。
何してるんだこの人。
「ムフフ。要はやり方の問題なのだ。不幸で世界を変えるんじゃなく、幸運で世界を変えるのだよ」
「幸運で、世界を変える?」
それは一体どういうことだろう。
私は散々言ってきたのだが、この世界はとにかく根暗なんだ。そりゃもう一度どこぞのクソジジイ一人に世界が破滅してしまうほどに。
幸運なんて、そんなものはどこにもないだろう。もしあったとしたら少しぐらい私に分けてくれてもいいのではないだろうかと思う。切実に。
「ああ、だから、我がこの世界に幸運を引き寄せる」
「は?」
「暴力で世界を支配する。それは無理だ、我にはそんな力ないし、なによりヘタレ精神の引きニートだった我には無理ゲー過ぎる。だから、発想を逆転させる」
「は?」
なんか、こうして話しているとホントーにこの人が魔王なのか疑問に思えてくる。
「ひきにいと」とか「むりげえ」とか。
私の知らない言語が飛び出てくるから異世界人には間違いないんだろうけど、なんだかね、この人から覇気が感じられない。ヘタをしたら私でも勝てそうな気がしてくる。
でもまあ、それでも自称魔王を名乗る彼は、どうやら私の世界征服に幾分かは協力的な様子だった。
それは嬉しいことだ。
……ただ、その方向性に少々問題があるだけで。
次の瞬間、魔王は驚くべきことを口にしたのだ。
「――我々は世界を救う勇者になるんだ」
なんだが眩暈がしてきた。
「暴力の支配では何も達成されず、何も生まれないという事実はは歴史が証明している。世界に求められるのは平和だ。救いなんだ」
この人は本当に魔王なのだろうか?
魔王のくせに、なんか勇者になりたいなんて言い出した。
「で、でも、魔王様!」
「まずその魔王というのをやめてくれ。それではまるで我が悪者みたいじゃないか」
いや、魔王ってそもそも悪の筆頭的存在じゃなかったの?
というか、魔王が魔王じゃなかったら、一体何になると言うんだ。
「キサラギ、シロウだ」
「は、はい!?」
「キサラギ、シロウ。我の真名である。いい名前だろう? シロウと呼んでくれ。それと、敬語も無用。我はこの瞬間から魔王を辞めたのだ。もう羨まれるような身分じゃあなくなったんだから。それで、君の名前はなんという?」
「え、あ、ああ、な、名前……?」
「うむ、名前」
「……ミウ、レイデナーム」
「じゃあよろしく頼むぞ、ミウ。我々は勇者だ。一緒にこの世界を救おうではないか!」
かくして、「元」魔王――キサラギ、シロウは、勇者に転職したのだった。
ついでに私も、「大罪人の孫」から勇者にランクアップしたようです。
私たちのお仕事はもっぱら世界を平和にすること。はあ。
私の中では早くも、諦めの意思が見え隠れし始めていたのだった――。