「あ、あなたが、魔王様ですか……?」「……美少女、だと?」
私は、とにかく運がわるかったんだと思う。
私という存在がこの世に生を受け、産声を上げたその瞬間から、きっと私の人生の歯車は狂っていたに違いない。
いや、違うかな。
私の人生――ではないのだろう、私たち血統の運命そのものが、そもそも狂っていたんだと思う。
何の脈略もなくて申し訳ない。
つまらないと思うかも知れないが、まあよかったらそのままで聞いて欲しい。
これは私の、くそったれな物語だ。
さあ、ではどこらへんから狂っていたのかと言われれば――それはきっと、私の祖父が存命していた時代からだろう。
私の祖父は、どうやらとても高名な魔導士だったらしい。
らしいというのは、実は私は奴と一度も会ったことがない。だから詳しくは知らないんだけど――というか、もうこの世にはいない奴のことなんて微塵も興味ないんだけども――私の申し訳程度の一般常識から引用するに、なんでもソイツは世界最強だったのだという。
そんな当時世界最強と謳われた魔導士である我が祖父が、一体何をやらかしたのかと言えば――ありていにいって、世界をぶっ壊したのだった。
若かりし頃から頭のネジのあらん限りが吹っ飛んでた私のクソジジイは、本当にとんでもない人格破綻者だったみたいで、訊くところによると自分のことを「暗黒王の末裔」と呼び、突然「俺TEEEEEE!!」、「くっ…………収まれっ……俺様の右腕っ!!」などと支離滅裂なことを口走っていたらしい。
わざわざ教科書に載せられるぐらい有名なセリフなんだから、もしかしたら何らかの魔術もしくは呪術の詠唱だったのかもと言われている。が、まあ、本当のことは誰にもわからないし、私はわかりたくもない。
精神に少なからず異常をきたしてと思われる祖父も最初こそは真面目だったとのこと。
国のため家族のため仲間のため死力をつくし、悪政の王――当時国王を打ち倒したのだというが、そんな聖人君主が如き偉大なる功績をあげた祖父は、はたして次の瞬間に驚異の豹変を遂げたらしい。
祖父は国王を倒すやいなや、この王国に、この世界に、魔王――異世界の究極生命体を召喚し、自身はその魔王に取り込まれ、挙句に王国の大都市を焦土に変貌させると、自身はその魔王と共に別世界に逃亡するという、大変迷惑極まりない惨劇を巻き起こした。
……ほんとう、一体なんてことをしてくれたんだろう。
そういうわけで、王国という社会の生命線と言うべき主軸を失った世界は、はれて一度破滅を迎えることとなったわけだ。
俗にいう「暗黒時代」の始まりである。
一方で、その大罪人の子孫である私たちは瞬く間に「世界を破滅に追いやった悪魔の血筋」ということでお国から追われる立場に。
あんなキチガイなクソジジイの血を引いてるというだけで、私の両親は殺されたし、兄妹たちもみんな行方しれずのまま、私は辺境の山の中でひっそり暮らすことを余儀なくされる肩身の狭い思いをするはめになったわけ。よって、私は真っ先に祖父のことを憎んだ。
次に憎んだのは私の運命。
赤子の頃から逃亡生活を強いられる環境に、世間の眼から逃れながらの毎日は私にとっては退屈で、なにより理不尽。
いつしか運命を呪い過ぎていっそ自殺を試みたことがあるけど、でもやっぱり自ら命を断つことは出来なかった。
だってさ、私は、自分が何だかんだで好きなんだ。私は私の運命を呪うことなんて出来ないし、そもそも私は悪くないのである。
諸悪の根源は、私たちに大罪を押し付けた、あの無責任なクソヤローなんだから。
――それで、自分を呪いきれない自殺未遂者である私の最後の最後に呪詛の対象となったのは、世界。
この世界そのものだった。
だってそうでしょ?
なんで、ここまで世界は私を苦しめる?
そりぁあ、世界を破滅に追いやった祖父は間違いなく悪党だ。でも、それで私の両親が、兄妹が、一族が、悪党だったなんてことはないだろう。
世界はどうしようもなく残酷で、絶望に満ちている。
私の愛する大事な人たちが、一体なにをしたっていうんだ。なんで殺されなきゃならない。そんなの絶対にオカシイ。
許さない。
だから、18歳の誕生日、一人っきりの成人式を終えた私は、ある決意をする。
「世界に復讐してやる……!」
こんなにも理不尽な世界。
こんなにも不条理な世界。
こんな世界は――私が終わらせる。
世界の奴に変わる気がないのなら、変わらせてやる。変えてやる。
他の誰でもない、私が。
――私が、私にとって少しでも優しい世界に作り変えてやるんだ。
目指すは、世界征服。
見てなよ、世界。
そこで胡座をかいていられるのも今のうち。すぐに引きずり落として、後悔させてやる。
☆ ☆ ☆
そういうわけで、私は「打倒世界! 目指せ私の楽園!」を目標に定めて行動を起こしたわけだ。
で、世界征服伝々を以前に、まずはその方法を考えた。私だって、世界がどれだけ強大で圧倒的なのかなんて文字通りこの体で体験してるし、たかが18歳の女一人がどう足掻いたって足元にも及ばないことは重々承知なのだ。
だから、散々に悩んだ結果、本当に、本当に気が重いんだけれど、世界を粛清するためにはやはり「アレ」しか方法がないことに気がついた。
そう、私も「アレ」――魔王を召喚する他に世界を打倒する手段がないだろう。
そう、私は、あのにっくき我がクソジジイと同じことをやらかそうとしているのだ。
クソジジイの奴は、魔王を召喚する際、その魔王を支配しようとして逆に眷属とされてしまったらしいが、どっこい私はクソジジイと同じ轍を踏むつもりはない。
魔王は召喚するが、そのあと眷属になんかならないし、上手く手玉にとってコントロールしてやるんだ。
そしてなんやかんや破壊活動と各地を征服して、天下統一……私のおおまかな作戦内容である。我ながら素晴らしいと思う。遠くない未来にそれが実現すると思うと胸が高鳴るのを感じる。
「ついに、ついにこの日が……」
そして、某所、私の隠れ家の一室にて。
今私の目の前には――大きく円を描く魔方陣がある。
下準備は済まし、来る魔王召喚の儀を行うにおいて、残る手順は詠唱を残すのみとなったこの瞬間、私は言い知れぬモヤモヤとした感情で胸が一杯になっていた。
恐怖と、期待と、そして――後悔。
私は、私と家族の運命を狂わせたあのクソジジイと同じ道を歩もうとしている。後悔がないわけがない。今ならまだ引き返せるが、でも、そんな気はない。
すべては私のため。そして、忌むべき世界へ復讐を果たすため。
それを達成する方法なんて、私のチンケな頭じゃこれぐらいしか思い浮かばなかったんだ。
この際汚れるならとことん汚れてやろうという感じである。後悔はしているけれど、反省はしていない。
それに、どのみち魔王が召喚されれば、召喚主である私に残る選択肢は「その場で魔王に殺される」か「後生を魔王の下僕として生きる」の二択だ。どうなるにしろ、マシな死に方はしないのだから。
まあ、もともと長続きはしないだろう私の人生だ――散るならば、花のようにではなく、花火のように派手に散ってやろうじゃないか。
「『心なき門 頭のない門番 我が願いを聞き届けよ』」
魔王を召喚するのは実はそんなに難しくない。魔王を召喚する魔法は、一般的に言う使い魔を召喚するのと原理は同じだからだ。
大事なのは、そこにちょっと工夫しなければならないのと、術師に並外れた魔力を必要とすることのみで、現にこの魔方陣と少し腕のいい魔導士が揃えば簡単に召喚できてしまう。そして私もその条件に十分当てはまっている。
なのにクソジジイが召喚した魔王――最初にして最後の魔王が現れて以来、誰もが魔王を召喚しようとしないのは、クソジジイがその魔方陣の発案者であったことと、そしてなにより、それだけ魔王が世界に振りまいた戦慄は相当なものだったということ。
あれから召喚魔法は制限――もとより魔王クラスやそれに近い階級の使い魔に限ってはそもそもご法度になった。
もし破ろうものなら問答無用で極刑。
死罪は免れない。
でもまあバレなきゃそれも問題ないわけで。
この時点で私の死は確定しているが、こんな辺境の地の、それもこんなボロ小屋の中に世界征服を企む小娘がいるなど新王国の騎士どもは夢にも思うまい。そしてどうせ、バレる頃には私の隣に魔王様がいるはずなのだ。
殺してみろ、世界め。その時は魔王と世界の大戦争だこのヤロー。
そんなことを考えてるうち、詠唱のほうも終盤に差し掛かっていた。
「『来たれ王――究極体――魔王召喚』」
魔方陣が光を放ち、部屋の中を埋め尽くす。
こうして、世界史において二回目となる、魔王が召喚された――。
☆ ☆ ☆
私は異世界のことについてよく知らないから、そこには何があって何がいるのか、そういうことはまったくわからないんだけど、でも。
でも、知っていることはある。
異世界という『モノ』は、なんでも複数あるという。
複数――というか、無限に。
一つ一つ確認することなんて凄く億劫になるほど、そりゃもう無限に。
私には想像もつかないほど、世界は溢れかえっているのだと。
召喚魔法は、その異世界からモノを引っ張り出す魔法らしい。
だから、召喚魔法で姿を現す生物や道具は等しく異世界の存在だから、その数自体も無限無数にあるわけで――
私は何を勘違いしていたのだろうか。
私の思う魔王とは、祖父が呼び出した最凶にして最悪の存在ただ一人だけで――こんなことになるなんて夢にも思わなかった。
私は、今目の前に広がる現実に唖然とする。
まさか、
「まさか、魔王が二体もいたなんて……」
結論から述べると、魔王の召喚には成功した。
現に、この部屋の中には召喚する前とは違い、私の他に生命体がもう一人増えている。
ただ、その召喚した魔王が――私の知る魔王とは姿が異なっていたことが問題だった。
肩口付近まで伸びた黒髪と病的なまでに白い肌を余すところなく晒す――男性。
まさしく全裸の状態で、魔王は私の目の前で仁王立ちしていた。
それは言伝で訊く、あの赤髪で背中から蝙蝠が如き翼を生やす長身の魔王とはかけ離れたもので、
彼と目が合った私は暫く呆然とする。
「……………………」
魔王の黒い瞳はただひたすらに私を見据えたままで、そこからは何の感情も汲み取ることができない。
何を話したらいいかわからない私は、混乱するばかりでまともな声を発することが出来なかった。
互いに無言のまま、沈黙が数分続く。
唐突に私は――まずい、と思った。
だって、相手は私の知らない存在とはいえ、間違いなく魔王なのだ。
動揺したまま黙りこくって、相手様のご機嫌でも損ねてしまったら、私のような一般人の命なんて赤子の首をひねるように奪うことは容易いはず。
それは困る。本当に困る。
何せこの人には私と一緒に世界を征服して貰わないといけないんだから。
「あ、ああ、あのっ……!」
意を決し、声を掛ける。緊張で声帯がやや不安定だが、どうやら魔王はそんなこと気にしないらしい。
「あ、あなたが、魔王様ですか……?」
彼はそこでやっと、置物のように動かなかった瞳を動かし、私の全身を見定めた。
じっくり。ゆっくり。
一瞬疑念に思うほど、執拗に。
まるで私の体を舐め回すがごとく、視線を這わせる。
すると――カッ! と、魔王は唐突に目を見開き、ニヤリと口元を三日月の描くように開いて、たった一言呟いた。
思ったよりも高い少年のような声だった。
「……美少女、だと?」
「……え?」
――はい?
今、なんて。
「それに――デカイ。ふむ、君、何カップかね?」
「え? ええっと……カ、カップは、H、です、けど……」
「おぅふ、巨乳ロリ美少女……キタコレ」
「……えっ?」
――これが、魔王と私の出会った最初の会話の一部始終である。
この時の私は、まだ知らない。
彼が、一体どれほど規格外な魔王なのか、この時の私は――まだ知らない。
なろう初投稿です。感想お待ちしております。