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住めば都と言うように

作者: 治那

 ごく普通の社会人である私は、何故だか普通ではない体験をする羽目になった。

 いわゆる異世界トリップである。

 元の世界ではやたらと夢と希望と願望に満ちた現象であったが、いざ自分の身に起こればなんてことはない。とりうる対処法を持たない弱者が、その世界に現れるだけであった。

 見知らぬ街道で目覚めた私は、とりあえず歩き始めて半日もせぬうちに通りがかった隊商の馬車に乗せられ、行き先の町で奴隷として売り飛ばされた。

 ちなみに、町に辿り着くまでの三日間で隊商の男たちに体を奪われたことは言うまでもない。


 周囲の生活様式を見るに、おそらく現代社会ほどには科学技術は発展していないものと考えられる。そして、それは奴隷として買い上げられた娼館で正しい推測だとわかった。

 二十代も後半に差し掛かった年齢は『嫁き遅れ』と称される世界であろうが、元の世界での栄養価の高い食生活と、肌に優しい基礎化粧品で整えられた容姿は、その美醜の価値はともあれ年若い少女であると勘違いさせるのに一役買った。

 娼館に買われた私は、店出しの前に客を満足させられるように教育を受けることになった。

 これだけは幸いなことと言えるだろうか、言葉自体はお互いに通じたために、読み書きと礼儀作法を教え込まれることになった。

「ちょっと言葉遣いが固い感じだけれど、捻くれた印象は無いからそのままでいいね」

 とは、娼館の女将の言葉である。

 ところで、私を売り払った隊商の男達だが、商品である私を傷物にしたとして随分と買い叩かれていたようだ。もちろん、それを利用しない手は無い。

 私は元の世界で培った笑顔と論法で、自身が被ることになる借金の額を最小限に抑え、それでいて店出し迄の教育や、用意される衣装の質を下げられないようにすることに成功した。

 女将は私の物言いを気に入ったようで、懇切丁寧に娼妓としての教養を教えてくれた。

 見習いの期間が長ければ長いほど、それは娼妓自身の借金となる。私は一日でも早く客を取り、さっさと年季明けを迎えたかった。

 本音を言えば、体を売ることなどしたくない。しかし、それ以外の道で生計を立てるには、私の知識や技術は足りなさすぎた。

 家畜のように扱われた挙句の性処理道具にされなかっただけ、まだ運が良いほうだと思う。


 いよいよ教育期間が終わり、店出しを迎えた私は結構な評判の娼妓となった。

 仕込まれた礼儀作法と、睦言以外の会話も楽しめる娼妓として、固定客の数もそれなりに増えてきた。

 そうなると、普通なら他の娼妓たちとの間に摩擦が起きてくるものだが、私は見習いの時から自分と娼妓たちの、そして他の娼妓同士の間に友好関係を築けるように立ち回っていた。

 客の情報交換や、自分に合う客の取り込みなど、協力体制を築くことで娼館全体の質も上がるというものだ。

「ねえ、あのお客の話ってば小難しくって嫌なのよ」と髪をきつく巻いた店出ししてすぐの娼妓が言えば、次回からは私が相手をするし、「先日来た旦那はやたらとお飲みになるうえに、こっちにもそれを進めるのよねえ。……私は下戸だっていうのにさ」と結い髪の娼妓が言えば、酒好きの娼妓にその客が回る。

 女将は近頃の売り上げにほくほく顔である。「いやあ、あんたを買って良かったねえ」と、褒美に上質の宝飾品を取り寄せてやろうかと言ったが、借金と拘束時間を増やされるのはごめんだと断ると大笑いして、私の希望通り下働きを含む店の者全員に、酒と美味い食事を振る舞ってくれた。

 娼館に来てから一年が過ぎようという頃、とんでもない事実が発覚した。

 私が教わった礼儀作法というのが、実際の礼儀教育の中で「はしたないこと」であり、積極的に異性を誘う意図がある行為に捉えられるものだったのだ。

 私としては至極真面目に身に付いた作法で振る舞っていただけに、客側はその食い違う様子を楽しんでいたのだとか。

 女将に文句を言いたいところだが、言ったところでどうにもならない。新たに正式な礼儀作法を教わろうにも、客を取っている現状でそんな時間がある筈も無く、借金が増えるだけである。

 そして、女将が正しい作法を教えてくれるとは思えない。

 悩んだ末に、私は客から礼儀作法を教わることにした。これまで私の固定客となった男は、仕事の話を理解して聞き入ってくれる女が好みのようで、簡単に相槌だけで済ませずに質問したり、意見を言ったりする私は大層気に入られた。

 騙されていた素振りなど見せずに、「きちんとした作法でも旦那様をおもてなししたい」と請えば、大抵の客は応じてくれた。

 歪んでいたとはいえ、下地はあったので矯正だけで済んだことが、客たちが気安く教育してくれた理由だろうか。

 世間に通用する礼儀作法を身に着けた私は、様々な分野で活躍する客たちとの会話で身に付いた知識も相まって、複数の商家から身請け話が来た。

 正妻は没落貴族の娘を迎えて箔を付け、仕事の役に立ちそうな妾を迎えようということらしい。

 身請け話を受けた私は、初老と言って差し支えない商人の妾となった。


 商人は、家柄は良いが家計は火の車という、典型的な没落貴族の家から年若い妻を迎えており、ありがちな話だが夫婦仲は冷え切っていた。

 私は妾として商人に侍る傍ら、仕事方面でも役立つことを求められ、なかなかに多忙の毎日だった。

 そこで思った。人手は多いほうが良い。

 身請けされてから半年。顔合わせ以来一度も会う事のない正妻の部屋へと向かう。

 最初の頃は当然汚いモノ扱いされて追い払われたが、何度も伺い、少しずつ話ができるような仲になった。

 実家が廃れたことで他の貴族からは嘲笑され、夫からは実家への援助を理由に暴君のように振る舞われている正妻はすっかり人間不信になっていたが、あまりまっすぐとは言えない性根の私とは気が合うようだ。

 落ちぶれたとはいえ、貴族である彼女だからこそできる根回しはたくさんある。私は商人の仕事に有利になるような動き方を正妻に伝授し、夫の手助けをすることで感謝されるようになった正妻への待遇は見る見るうちに改善された。

 ついでに夫婦仲も良くなったようで、秋が深まる頃には初めての子供が誕生する。

 正妻が仕事面でも私生活面でもお役立ちになったことで、妾の私はお役御免になったわけだが、商人夫婦から好感を持たれる私が文無しで追い出されることはなく、伝えてみた望みどおりに薬種屋なぞ経営する事ができた。

 開店資金や商品を揃えるまでの流れを支援してもらえたのである。

 女が表だって商売をするには厳しい世情なので、商人からは経営の矢面に立ってくれる男性を紹介された。要するに見合いである。

 親戚筋だという男性は私の実年齢より二つ下だったが、外見年齢はさらにその下をいく。

 ものすごい童顔である。「君はまだ若いから、釣り合いが取れる男を選んだよ」と言われた。

 恐ろしくて聞きたくないが、私は一体いくつだと思われているのだろう。

 実年齢の秘密については墓まで持って行くことを決意した。


 結婚してから七年。腕の確かな医師を雇い、胡散臭い詐欺治療とは一線を画す我が店は町中で評判となった。

 雇う医師の数は段々と増え、役人を抱き込み医療学校を建設させることに成功した。

 もちろん、講師は店で働く医師たちである。

 今年五歳となる息子も、「大人になったらお医者になりたい!」などと言っているが、いやはや。

 鼻づまりを直さねば、薬湯作りもできないだろうな。

 知らぬうちに私の評判は町を超えて国中に広まっていたらしく、晩年は生き神として社が建立された。その頃にはすっかりボケていたので、羞恥プレイも真っ青なその事実を知らずに済んだことは幸いだった。

 この世界の人間からすれば信じられないほど長生きした私は、孫どころかひ孫にまで囲まれて生涯を閉じた。

 ちなみに、私が何の神様と言われたかというと、なんと『縁結び』の神様らしい。

 娼妓時代に相性の良い客と娼妓を会わせていた事で、ほとんどの娼妓が身請けされてからも幸せに暮らせたそうな。

 私自身が身請けされてからも、商人と正妻との夫婦仲の修復を始め、家族や商売相手の人間関係についての相談(恋愛相談込み)を受けて、ストレスフルな元の世界での知識を総動員して解決に全力を尽くしていたことが理由らしい。

 何とも気恥ずかしいが、私なりに普通に生きた結果である。

 私という人間は、ものすごく幸せなのではなかろうか。元の世界で異世界トリップが持てはやされるのがわかった気がする。


主人公:元の世界で漢方薬剤を扱う店に勤めていた。その知識を活かして異世界で薬種屋を経営。夫とはなんだかんだでバカップル。ていうか旦那がべた惚れしていた。


住んでいた国の発展に大きく貢献したとして歴史に残る。彼女を祀った社は、医療を志す者たちや、体調を崩した者たちが参拝するため、大賑わい。

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