色彩
基本的に一人の思いがただつづられた、ストーリ性のない物語だと思います。「」がなかったり…。そう言う点を理解して読んでいただけると嬉しいです。
熱帯夜の魚 赤
淡い空気の滲む故郷を捨てて、私はこのニセモノの光ときつい香水の香りが漂う空気の中にいる。
真夜中でも賑わう繁華街。汗ばむほどの真夏の夜。私は真っ赤なドレスに身を包み、腰をふる。それだけが世界だとでも言わんばかりに声を上げて笑う。ちっとも酔うことの出来ない酒を飲み、輝きの中に身を伏せる。
それでも、鏡の中に映る私は美しい。
それを私は知っている。
だからこんなにも輝いていられる。
赤いルージュが夜の闇に溶ける頃、私はその瞳を見つけた。私は彼に微笑みかけた。彼も優しく私を見つめる。
褐色を帯びた瞳。
私はそう呟いた。目の前の男にささやかれた甘い言葉を信じて、私は今夜も闇の中を泳ぐ。
赤い尾びれを激しく揺らす魚のように。
月夜のハリガネムシ 銀色
蟷螂の中にいるハリガネムシ。誰かの中に隠れてぶよぶよと勝手に成長して、そいつが消えたらそいつを蝕む卑怯者。ああ、何て美しいんだろう。
僕はきっとそう言う存在なんだ。
教室の片隅で息を飲み、弱者を探す。それはまるで世界の片隅で息を飲む正義みたいだ。
月の明るい夜、校舎の中。僕は少しずつ覚醒する。正義の中に悪を隠して。
バスタブの人魚 青
体が朽ちていくのを感じた。
私はもはや女ではないのかも知れない。
年をとって男に抱かれることはなくなっていった。
私は、美しかったはずなのに。
今、夫もなく、恋人もなくただ一人、青い入浴剤の入れられたバスタブのお湯の中で孤独を感じる。
せめて時折見る夢を許して欲しい。
私は青い海の中、静かにそこに沈んでいき、優雅に泳ぐ人魚になりたい。
海に抱かれて朽ちていきたい。
永遠の闇 紺
売れない絵描きなんて、世の中に腐るほどいる。
だから、このどうしようもない苦しみを感じているのはこの夜空の下、僕だけではないはずだ。
いつからか過去の自分を越えられなくなった。
引き出しの奥に閉まってある僕の最高傑作は、夜空の絵だ。
星と星の間にある手のとどがない闇を僕は描いた。
あの絵を僕は越えられない。
今でも目を閉じれば、僕は確かにあの紺色の世界を見つける。
星の光も届かない永遠の孤独を僕は決して忘れられない。
ちっぽけな闇 黒
嫌い。あんなもの大嫌い。黒くて不潔。アレはゴミ箱をあさるの。毎朝小学校へ行く途中にアレを見るの。
私はあのとがったくちばしと、しわくちゃな足と、それからあの卑怯そうな目が嫌いなの。…そうだったの。
だけど、だけど今日の学校帰りにね。私見てしまったの。道路の隅っこでぐちゃぐちゃになって死んでしまったアレの死骸。
友達の子が言った。「汚いね」って。だけど、車に引かれたアレがかわいそうだった。
ちいさな闇みたいで。世界中の片隅の悲しそうな闇みたいで。私は友達と別れて、曲がり角を曲がった後、どうしてか分からなかったけど泣いた。からすのためにわんわん泣いた。
幸福の灯火 黄
年の離れた小さな弟に満足に食事を食わしてやりたくて、思わず俺は盗みを働いた。逃げようとした時、よれよれのばあさんに見つかって、俺はいつの間にかそいつを殺していた。
恐怖と後悔で張り裂けそうになった心。鳴り止まない鼓動。
あの夕暮れの帰り道を俺は二度と忘れられないだろう。夕暮れ?嫌、あれはもう日が沈んだ後だった。
ちょうど住宅街の家々の電気がともされる頃だったはずだ。
俺は、あの時その場に立ち尽くし、その光に見とれた。
暖かな色をした黄色の灯火。その光を浴びる幸福な家族。
俺はそれが心のそこからうらやましくて、その場で涙を流した。
そうして俺は今暗い刑務所にいる。
あの光をいつか浴びられる日を信じながら。
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