第7話
「先輩が人助け!
しかも嘘をつかれた上、詰ることもなく退却!
その『院長代理』、おもしろい、おもしろいー!!」
通常ならば静まり返っている屋敷に、朗らかな馬鹿笑いが響いた。
『隠者』の機嫌の悪さはもちろん絶好調だ。
目の前では、招かざる客が笑いすぎて椅子から落ちた。
見た目は25・6。彼と同じ年齢に見えるが、もちろん実年齢は『若造』といえるものではない。
くすんだ色の縮れた金髪と煌めく青い瞳。その整った顔立ちは、彼の本質を知らない者であれば『夢の王子様』と憧れることであろう。
「笑うな、fele-moil」
彼が言葉を発すると共に、笑い転げていた男の体がぴたりと止まった。
そのまま震え出す。
「・・・せんぱぁい、真名で呼ぶのやめてくださいよ。心臓きゅっと絞られるみたいで恐ろしいんすよ」
「黙れアルブレヒト。
60も過ぎた男が、『せんぱぁい』などと媚びた声をあげるな情けない。
『恐ろしいんすよ』なんて若者言葉を無理して使うな気持ち悪い。
大体俺はお前の先輩になった覚えはない。一秒たりともない。
馴れ馴れしく呼ぶな、この満ちる月が。さっさと王宮に帰れ」
「ごめんなさい、だから真名やめてくださいって・・・うぅ・・・脂汗出てきた」
おどけた言葉遣いで飄々と軽口を叩き、親しげに訴え、情けない声をあげながら、しかしその瞳の奥に狡猾な光が見え隠れする。
同じ師匠に学んだと言って彼に近づいてきたこの魔術師は、彼が現在居を構えている小国エルッヘンの王宮魔術師である。
彼にとって見れば努力の足りないひよっこだが、世間的にはどこへ出ても恥ずかしくないほどの大魔術師だ。
高名な賢者との人脈を王宮での『世渡り』の一つとして誇示しようとするアルブレヒト。
一方、『隠者』などと言われながら、彼もまた、王宮への人脈として、アルブレヒトを利用している。
お互いに利害で結びついているかのように見える二人だが、感情的には決して嫌いあってはいない。
むしろ、おそらく、利害がからまなければ、アルブレヒトほど彼に近い人間はいないだろう。
「ふん、お前も暇なヤツだ。
一体今回は、どんな難題をふっかけにきた?」
魔術師の力の源とも言える真名を連呼されたダメージか、それとも単に大げさなだけか。
胸を押さえてイヤそうに呻いていたアルブレヒトは、顔を上げ、首を横に振った。
「今回は、依頼ではありません。
お引越しのご挨拶です」
「お前、結婚して少し前に居を構えたばかりだろう。
もう追い出されたのか?」
アルブレヒトは、ぶるんぶるんと音をたてて首を横に振り、早口でまくしたてた。
「ち、違います違いますっ!そんなわけないじゃないですか!なんて縁起でもないことを!」
そこまで強硬に否定するということはむしろ怪しいが、話の先が気になるため、まぜっかえすのはやめる。
「先輩の屋敷の隣・・・塔の真下の土地があるでしょう。
あそこに屋敷をたてることとなったのです」
「誰の屋敷だ。貴族の妾か」
「違いますよ。そんなことでわざわざ私が挨拶にくると思いますか?」
アルブレヒトはさすがに王宮魔術師のプライドがあるのか、不満そうに声をあげた。
しかし、隠者はにやりと笑った。
「そうか、お前の妾か。お盛んだな」
「やめてください冗談でもやめてください!エレーナが聞いていたら殺される!」
新婚であるアルブレヒトの妻は、アルブレヒトの同僚の王宮魔術師だ。
ちなみに、姉さん女房でもある。10代半ばに見えるが、彼より軽く30歳くらい年上だ。
性格は『苛烈』としか言いようがない。
「そこがかわいいんですよね~」などとのろけるアルブレヒトに、こいつドMだったのか、と彼がドンびきしたのは、つい最近のことだった。
「話がズレているぞ、誰が引っ越してくるんだ?
お前は全く、他人の家に来た目的すら果たせないのか?」
「ズラしたのは先輩でしょう!」
普段は最低限のことしか話さない隠者だが、アルブレヒトにたいしては、むしろ話がずれようがかまわず口数が多くなる。
『隠者』とかっこをつけてはいるが、主に自分の性格の問題で人によく嫌われ、それを全く直す気もないため人付き合いを避けている彼にとっては、珍しく貴重な『友人』なのだ。
彼がそれを認識しているかはともかくだが。
「とにかく・・・まだ隠されていることなのですが」
アルブレヒトは声を潜めた。
「今、王宮に、『魔女』の賓客がいらっしゃいます。
第一王子が招いた方で、先輩の屋敷の隣の隠されし塔の姿を顕した方なのですが・・・」
「西の魔女か?!」
彼は思わず、大声で叫んだ。