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西の魔女は眠る  作者: 蓮葉
隣人は西の魔女
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第6話

「先生?」


今までは、大人に張りあおうとしていたのだろうか。

ジルと呼ばれた少女の目から強い光が消え、あっと言う間に幼い表情に変わった。


――あんたがこの『見習い』の師匠か?


しかし、そう問おうとするよりも早く、彼女は腰を折り、深々と頭を下げ、彼に儀式ばった礼を行った。


長い濃茶の髪は肩からさらさらとこぼれ落ち。

頭をくるりと取り巻く華奢なサークレットがさらりと揺れる。


見た目24・5といったところか。

背は比較的高め。顔は並である。

服装は質素、いや、むしろ粗末と言えるほどの赤みがかった薄茶の長衣。

きっと人波の中に入れば、誰も気づかないであろうと思われるほどに、目立たない、普通の女性だ。

しかし、胸に手を置き、礼を行うその姿は、凛とした威厳に満ちていた。


そう、100年を生きた『隠者』である彼が、ほんの一瞬でも気圧されるほどに。


「高名なグリードリスの賢者様と存じ上げます。

 わたくしは、アルトゥールの森の入り口にある孤児院の院長代理でございます」

「院長代理?」


彼女の長衣は多少野暮ったく、街の女性が着る簡素なものである。

また、サークレットは古いが、魔道具独特の波動は感じない。

いや、そもそも彼女自体から、魔道具を含む魔法の気配自体を感じない。

そもそも魔術師であるならば、少なくともどこに行くにも防護のための魔法の気配はあるのが常識だ。


――魔術師ではない?


「念のため聞くが、あんたがこの『見習い』に魔法を教えているのか」


女性は身を起こし、静かに首を横に振った。

少し口ごもる。


「彼女は魔術師でも『見習い魔女』でもありません。

 ただ、私たちは大所帯ですので、洗濯物を乾かすために、簡単な風の魔法を使います。

 おそらく、それをアレンジしてしまったのだと思います」


そのあんまりな言い訳に、彼は、ぱくりと口を開けて、盛大に呆れた。


魔法とは、神秘であり深秘であり、特殊な技能と深い知識が必要な深淵な学問である。

少なくとも、魔術師はそう思っている。

とはいえ、実は、簡単な魔法であれば、意味がわからずとも、正しいイメージと呪文の発音で効果が出てしまうのである。


少女の魔法を思い出してみる。

螺旋を描き、ある一定範囲に吹き荒れる風の魔法。

おそらく店の一つは吹き飛ばしたであろうその勢いさえ取り除いて考えれば、確かに・・・。

そういう言い訳も可能だろう。


しかし、それはあくまで言い訳だ。

こんな大勢の人間たちの前で、そんな馬鹿げた言い訳で、自分を言いくるめようとするのか。


腹を立てながら、彼は進退きわまったことを感じていた。


「グリードリスの賢者様。

 もちろん、魔術師の掟は心得ております。

 人前であのような危険な魔法を使うなど、言語道断。

 掟破りを躾けてくださった賢者様には、心よりお礼を申し上げます。

 わたくしはこの子の保護者代わりです。

 どうぞわたくしも同じようにお叱りいただき、お許しのほどをお願いいたします」


もう一度深々と腰を折る。

関係は完全に逆転していた。


もし、ここで「許す」と言わなければ、野次馬たちは彼を狭量な人間と見るだろう。

そもそも、魔術師として当然の躾とはいえ、多くの人々の前で、少女を殴ったのだ。

その保護者がここまで礼を尽くして、少なくとも「謝っている」ように見せている。

通常の人間ならば、『院長代理』の態度を立派だと思い、それでも許さない『頑固な魔術師』に眉をひそめるだろう。


「・・・そうだな。よく言ってきかせてくれ」


彼は、苦々しく言うと、すぐにきびすを返し、人波へと紛れた。

一瞬たりとも、あの女の顔を見ていたくなかったのだ。



なんて馬鹿馬鹿しい嘘だ。

なんて鉄面皮な嘘つき女だ。

彼が嘘に気付くとわかっていて言ったならば腹黒いし、気付かないと思っていたならば、まるっきり彼を侮っている。


――俺が、この俺が、あれだけ至近で魔術構成を読んだというのに

 『伝授』を受けた魔法と、ただ発動しただけの魔法を間違えると思うのか!


そして何より、『世間の目』を味方につけ、彼の言葉を封じたあのやり口に腹が立ってたまらなかった。

つまり・・・彼は、手玉にとられたことが、悔しくてたまらなかったのだ。



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