第5話
幾筋もの風が、地面を削りながらみるみるこちらに向かってくる。
――大馬鹿めが!!
素早く魔術構成を組み立てる。
大声で叫んだため、彼女の構成はバレバレだ。
風に干渉し、指定した場所で吹き上げる魔法。
しかし、指定場所も曖昧であり、威力の制御もされていない。
おそらく大した威力は出ないだろうが、こんな大雑把な魔法を人ごみで使うなんて狂気の沙汰としか言いようがない。
「c.1_h.」
一瞬の囁きのような彼の詠唱と共に、迫り来る風の魔法と人波の間をきらめく透明の風が吹き荒れ。
その風が去った後には、ただ、抉られた地面だけが残った。
「・・・魔法使い・・・」
ごろつきは、目をこぼれんばかりに見開き、喘ぐように呟くと、転げるように人波に飛び込んだ。
「逃げたぞ!!」
「かっこ悪いぞ!!」
野次馬たちが騒ぎ立てる。
しかし、ごろつきにしてみたら仕方のない反応であろう。
魔法や魔術と言われる『技』は、一部の知識階級しか知ることも使うこともできないものだ。
一般市民は魔法使いと呼び、彼ら自身は魔術師と自称することの多い彼らは、一般市民にとって、特別な階級を表す。と、共に、魔法を使えるということは、普通の人間では太刀打ちのできない武器を持っているということあらわす。
丸腰で、完全武装している人間と戦えるか、と聞けば、よっぽど無謀な人間でない限り、誰もがNOと言うだろう。
「さて」
彼にしてみれば、ごろつきの反応などどうでもいい。
今、気にするべきは、この、『見習い魔女』のとんでもない行動を躾けることだ。
自分の魔法をあっさりと相殺されたからであろうか。呆然と立ち尽くす少女。
ゆっくりと歩を進め、その前に立つ。
「歯を食いしばれ、この、大馬鹿者!!」
そのまま、平手で、彼女の頬をぶった。
彼女は悲鳴をあげて、地面に倒れた。
「こんな場所で、場所の指定も人の指定もせずあんな魔術構成を組むなど、何を考えている!
何より、大声で構成をわめくやつがいるか!
お前の師匠は何を教えている!」
魔術構成は、機密扱いされている。
他の魔術師に自分の知識を盗まれないように・・・というよりは、むしろ一般人に理解されないように、だ。
本来ならば何の魔法教育も受けていない一般人には何の言葉かわからないかもしれないが、それでも一部の勘のいい人間が魔術構成を理解してしまい、身に過ぎた魔法を間違って唱え、コントロール不能に陥ったりしたら・・・どんな危険が起こるかわからない。
だから魔術師は、基本的に構成を前もって魔術具に溜め、自分なりのキーワードで発現するようにしておくのが常だ。もちろん、時間短縮の意味もあるが。
もし、人前で一から構成を組み立てなければならないときであっても、他人に聞こえない囁きで詠唱するのが常識である。
「だって、あたしは、あんたが苦戦してるから・・・
だから・・・」
少女は、起き上がり、弱弱しく言葉を繋げた。
「お前はバカかっ!
苦戦しているのか、遊んでいるのかもわからんのか!!」
少女は、目を見開く。強い瞳で彼を睨みつけた。
「な・・・なんだって?!
あんたがそんなことをするから、誤解するんじゃないか!
人の喧嘩に勝手に入ってきて、勝手にそんなことをするから・・・」
「ジル、やめなさい」
さらに言い募ろうとした少女の声を、凛とした女性の声が遮った。
赤毛の少女の後ろ。
赤い屋根の屋台の向こうに。
濃茶の髪と緑の瞳の女性が現れた。
「waa arialw set - waa a.s.k.bomte le!」
(私は、風を動かす。そして私は、あれを吹き飛ばす)
「c.1_h.」
(コード1・平行展開)