第4話
睨み合っていたごろつきと少女がこちらを見る。
もちろん、辺りにいる人波も、例外なく全員が彼を注視していた。
(これは、まずい・・・)
彼は、冷や汗をかいた。
不可抗力とはいえ、今の彼は、乱入者以外の何者でもない。
ごろつきと少女は乱入者の意図を図り兼ねて沈黙してしまった。
そして、人波はいち早く注目から期待へとその視線の意味を変えている。
その期待の意味を彼は痛いほど理解していた。なにしろ、さっきまで彼自身が野次馬の人波の一人だったのだ。
確かに、ここで「間違えました」と言って、いや、何も言わずに何事もなく人波に戻ることも可能だろう。
しかし、それでは間違いなく場は白ける。
――何より、そんな自分はとてもかっこ悪い!
彼は見栄っ張りである。弱いと思われるのも、間抜けだと思われるのも、大嫌いなのだ。
目立つのは好きじゃないのに、などと心の中で毒づきながら、ここでするべきことは一つだと心を決める。
そう、ヒーローになっておくしかない。
彼は、ひとつ咳払いをした。
「あー、そこまでにしておくんだな。こんな小さい子たちに、かわいそうじゃないか」
我ながら、ほぼ棒読みに近い、やる気のないセリフである。だってなんとなく恥ずかしい。
瞬間、ごろつきの眉が怒りに跳ね上がったのを見て、彼は早くも後悔していた。
別に怖いわけではない。ただ単に、恥だけかいて得るものはなさそうだなあと思ったのだ。
「何を言ってやがる!関係ないやつはすっこんでろぃ!!」
まあ、そうくるだろうな、と彼は納得した。確かに自分は全く関係ない。ごろつきの言うことも一理あるのだ。
まあ、あくまでごろつき視点では、だが。
一方で、野次馬たちは盛大な歓声をあげた。
「そうだそうだー」
「兄ちゃん負けるなー!」
「やっちまえー」
「助けてあげてー!!」
無責任な言葉が無責任な熱狂を纏って飛び交う。
基本的に、彼が勝って少女を救い出しても、あっという間にごろつきにやられても、どっちでも彼らは楽しむに違いないのだ。全く、気楽なものだ。
ほんとに、何故こんなことになったのやら。
今の状況にほんの少し黄昏ていると、間が持たなかったのか、いきなりごろつきは殴りかかってきた。
大きな身体と盛り上がった筋肉、鈍い動き。典型的な力馬鹿といったところか。
肩の使い方も力の入れ方も、我流であり、素人に毛の生えたようなレベルだった。
これならば苦戦することもないだろう。
顔を狙った拳を何なく避けると、ごろつきは不思議そうな顔で空を切った自分の拳を見つめ、顔を真っ赤にした。
「生意気な!!」
個性のない罵声と共に、繰り出された拳が、もう一度空を切る。
もう一度。
もう一度。
ひらりひらりと蝶のように軽く拳をかわす。
まったく、呆れるくらいに速さとコントロールがダメで、隙だらけだ。
――こんな程度の腕前で、よくも自分に喧嘩を売ろうなどと考えたものだな。
彼は嘲笑を浮かべた。
彼の外見は、25・6、いかにも知的労働者という細身の身体をしている。
その外見にまだ騙されているのか、何故拳が当たらないのか、ごろつきは全くわかっていないようだ。
――見た目に踊らされるとどうなるか、年長者として、じっくりと教え込んでやる。
一発で叩きのめしてもいいがつまらない。
拳を軽く急所に当て続けることで力の差を教えてやるか。いや、その意図もわからないほどの馬鹿だと、徒労に終わるだろう。
ならば、派手だが威力を抑えた魔術構成を組んで遊んでやるか。
にやにやと考えながらごろつきの拳をかわし続けていた、そのとき。
突然、あたりの魔力にブレを感じた。
――誰かが魔術構成を始めている。
彼は思わずあたりを見回し、その魔術構成を解析する。
「waa arialw set - waa a.s.k.bomte le!」
しかし、解析するまでもなく、声が響いた。
その声は、ごろつきに睨まれていた赤毛の少女のものだった。