第3話
「方位の魔女」というのが、何のために存在するのかは、謎とされている。
彼女たちが必ずしも方位に対応する場所に住んでいるわけではないことから、単なる尊称という説が有力だが、名前を継ぐことで膨大な魔力を手に入れることから、やはり何か意味があるのではないかという説も根強い。
とにかく、生ける伝説であることには間違いない。
その中でも西の魔女。
方位の魔女の中でも、最も強い力を持つと言われる魔女。その名前を持つ魔女にまつわる伝説も最も多い。
そう、西の魔女だとすれば、あの塔を隠し、茨で塔を覆い、そしてそれに自分が気づかなかったことも頷ける。
実在すら確かめることが難しい相手に、魔術師として、やはり会えるのであれば心が踊る。
特に、今代の西の魔女は、あまり目立った噂のない、珍しい西の魔女だ。唯一目だった功績があるとすれば、その、歴代トップを誇ると言われる、150年に渡る長い在位期間かもしれない。
先代・先々代が強烈だったから余計に、かもしれないが。
先代の西の魔女は様々な『善き』奇跡を起こしたとして聖女と呼ばれ、そんの前の西の魔女は逆に、私欲で世界のバランスを崩し戦へ導いたと言われ『悪しき』魔女として有名だった。
しかし、影が薄いとはいえ西の魔女。
あの有名な『西の魔女の特性』を持ちつつ目立たないというのは、もしかしたら研究肌なのかもしれない、ならばお仲間だ・・・と、彼は勝手な推理をし勝手に親近感を覚えていたのだった。
引きこもって研究などしていると、隠者などと呼ばれることも多い。隠者というと暗いイメージが強いが、一人怪しいことを企んでいるというイメージは、実は嫌いではない。
人に自分を説明する際には、謙遜の意味もこめて『隠者』と名乗ることも少なくない。
とはいえ、彼は別に人の多い場所が嫌いというわけではない。屋台などが出ていれば、なんとなく見てみたくなる程度の好奇心はあった。
「しかし、これは人が多すぎるだろ・・・」
塔の周りには、野次馬どもが溢れかえっている。
あちこちに赤い屋根の屋台が出て、商売をしている。この街は小さいとはいえ王国の首都だから、それなりの人数は住んでいるが、間違いなくこの街の人間ばかりではないだろうと思える人出だった。
これは、朝から晩まで屋敷の外がうるさいはずだ。
一度、死人が出ない程度に魔法をぶちかましたため、彼の敷地内にはさすがに誰も入ってこなくなったが、音は容赦なく漏れてくる。
幸い、彼は育った環境から、あまり音を気にしない性質であったが、神経質な人間なら暮らせなくなっているだろう。
「なんだと?!もう一回言ってみろ!!このクソガキっ!!」
突然、男の野太い声が辺り中に響いた。
何事かと思い振り返ると、良くある光景がそこにはあった。
食べ物の屋台を開いている子供達に難癖をつけるヤクザもののごろつき、というやつだ。
めんどくさい場所に居合わせてしまった・・・と彼はその場を離れようとするも、逆に好奇心にかられた人波に揉まれ、動けなくなってしまった。
「ここはあんたたちの土地じゃないだろ!誰が商売しようと自由なはずだ!」
年齢は15・6ほどか。燃えるような色をした見事な赤髪をポニーテールに結い上げた勝ち気な女の子が、青い目を煌めかせて怒鳴る。
そういえばどこかで見たことがあると悩み、少し経って思い出した。
確か、位置的には彼の屋敷に隣に位置する孤児院の子供だ。
年齢が高いからか、子供たちのまとめ役のようなことをやっていたことを思い出す。
とはいえ話したことはない。見かけたことがあるだけだ。
「なんだと、クソガキ!!社会のルールってやつを教えてやろうか?ああん?!」
喧嘩は縁日につきものの出し物とも言える。
野次馬の人波があっという間に湧き、彼の身体をもみくちゃにしたあげく、あらぬ方向へと押し流し・・・。
とん、と押し出された先は、人の輪の中だった。
そう、なんと間の悪いことが。
ごろつきと少女とを結ぶトライアングル上、人に囲まれた舞台の中に躍り出てしまったのだ。