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「さて、話がついたところで、説明の時間だ」
どかり、とハンスは椅子に腰を下ろす。腕を組んで足も組む。先ほどの丁寧さは微塵もない。
わざと横柄な態度を取るのは、この国の統治下にいる人間ではなく、王女とだって身分の差こそあれ、ある意味対等なのだ、というパフォーマンスだ。宮廷魔術師ではない、野良魔術師は、こういうパフォーマンスを好むし、ある程度そういう態度が認められてもいる。
「説明?」
エレーナが無表情で聞き返す。ハンスは鼻で笑った。
「協力しろと言われても、事情がわからんのでは、頓珍漢なことをしてしまう可能性があるからな。俺は良かれと思ってやっても、あなた方にとっても良いとは限らないだろう?」
そう言われれば、彼らも考えざるを得ないだろう。
ここまで来て、何の情報も得ずに帰る気はさらさらない。
しばしの沈黙。
「なるほど、それもそうですね」
にこりと笑って頷いたのは、王女の方だった。
「王女様にも賛同していただけるとは、これはこれは望外の光栄です」
言葉は丁寧に、ハンスは営業スマイルを浮かべた。
もちろん、ハンスだってこいつらが本当のことを言うとはまったく思っていない。自分たちに都合の良い風に言うに決まっている。
しかし、少なくとも、こいつらがハンスをどこに誘導したいかはわかる。
――さあて、どんな話が飛び出してくるか。
こういう騙し合いは嫌いではない。ハンスは舌舐めずりをしたいほどの気持ちになった。
目の前に座る人間は三人。
エレーナはアルブレヒトよりはほんの少し年上で、80年ほどを生きている魔女だとアルブレヒトから聞いたことがある。昔から宮廷に仕えている生粋の宮廷魔術師だ。
外見年齢は20代後半。赤みがかった茶色の髪を肩の辺りでゆるくまとめている。くすんだ赤の帽子と同じ色のローブを着ている。蒼い瞳はその実年齢を表してか、ほとんど表情を見せることもなく、冷たい光を湛えている。
女装魔女は、『姉さま』とそっくりの顔かたちをしているが、それが本性でないことはもうわかっている。ピンク色で装飾過多の豪華なドレスを着ているが、あれは誰の趣味なのだろう、とあまり興味もないが、なんとなく思う。
そして、ドロテア王女。
黒い髪はやはり肩の辺りで切り揃えられ、海の色を思わせる青い瞳が煌めいている。モスグリーンのシックなドレスを着こなしている姿は、20歳を越えてすぐとは思えないほど、堂々たる風格に満ちている。
それにしても、何故、あんなに髪が短いのだろう?
女性の外見にほとんど興味のないハンスだが、女性で髪が短いのは、子供か尼僧くらいで、王女などという高い位にいる人の髪型としては異例だということくらいはわかる。
三人の女性を目の前にし、ハンスは口を開いた。
「あの『姉さま』というのは誰なんだ?」
「今、私たちの国で極秘に預かっている、他国の王女です」
即座に答えたのはエレーナだった。
「一体あの人は、何をやってたんだ?」
「……」
ハンスの至極まっとうな質問に、三人は顔を見合わせる。
「知ってのとおり、茨は、抗魔力を持ちます。姫はとある魔術に対抗する方法を探しておられます」
エレーナはそう言うと黙った。これ以上は話さないということだろう。ハンスは質問を変えた。
「そこの女装魔女は、その人の弟なのか?」
「弟だ」
女装魔女、という言葉に怒りを抑えながら、女装魔女が答える。
「女装魔女と言われるのがイヤなら、どう呼べばいいかを教えて欲しいのだが」
「茨の魔女で、お願いシマス!」
「茨の女装魔女か? 男を魔女と呼ぶのはどうにも憚られるなー」
女装魔女は、ギリギリ、と歯を食いしばっているかのような顔で、膝の上で拳を握りしめた。
「……コンラート。ただし、人前で呼んでもらっては困る!」
屈辱と情報を漏らすことを天秤にかけ、屈辱が勝ったらしい。
「ほう、立派な名前じゃないか。『姉さま』が王女ということは、お前も王子なのか?」
「そういうことだ」
言うと、そっぽを向く。
ふうむ、とハンスは鼻を鳴らした。これだけハンスにコケにされて、それでも身分を振りかざさないところを見ると、そんなに継承順位の高い王子ではないのだろう。王子と呼べ、という言葉すらない。もしかしたら、庶子なのかもしれない、とハンスは勝手な予測を立てた。
「何故、コンラート王子が茨の魔女なんてやってるんだ。そもそも、あの塔はコンラート王子や姉王女に関係があるのか?」
「……塔自体は、我が国と関係性の高いものなので、お二人には関係がありません。ただ、まったく関係がない、ということではなくなってしまったのです」
「持って回った言い方はやめろ。どういう意味なんだ」
「あの塔に眠っているのは、我が王族の王女です。100年の眠りについています。素性はわかっているのですが、少し伏せさせていただきたい」
答えたのは王女だった。
「彼女が目覚めるのは、あと3か月後。その情報を『西の魔女』から受け取ったのが、コンラート様なのです」
「……なるほど」
塔自体には関係がないが、まったく関係がないわけではなくなった、というのはそういうことか。
「魔法感応力が高かったか、西の魔女との相性が良かったか、というところか?」
「私たちもわかりません。何故、眠り姫の末裔たる我々に伝えず、コンラートの夢に現れて情報を伝えるのか。コンラートも西の魔女に聞いたらしいのですが、答えてはくれなかったようです」
コンラートの顔が、さっと赤くなった。
どうやら、理由がわからない、というのは嘘らしい。
「あんたたちは何故、それが西の魔女だとわかったんだ?」
「わが国の記録に、あの塔を閉ざしたのは、西の魔女だという記述があるからです。その記述を信じれば、塔のことを知り、その封印を解いた方が西の魔女である、と考えるのは自然でしょう」
即座に答えたのはエレーナだった。
「……なるほど」
思った以上にはっきりとした理由だった。
「しかし、それは本当に西の魔女だったのか? 別人が騙っていただけではないのか? そこの女装魔女、いや、コンラートのように」
コンラートがぎろりとハンスを睨んだが、何も言わなかった。
「その可能性は確かにあるでしょう。しかし、ここで重要なのは、その『西の魔女』が真に西の魔女であるか、ということではなく、コンラートに話しかけてきた者が塔の封印に関わった魔女であるかどうかという部分ですので、我々としてはどちらでも構わないのです」
「まあ、それもそうだな」
ハンスは、少し落胆した。彼らは、あまり『西の魔女』という存在自体を重要視していないようだったからだ。
「ただ、森の魔女様も、西の魔女の力だと言っていましたので。我々としても、あのお方が言うならば間違いないだろうとは思っています」
森の魔女。
突然出てきた名前に、ハンスは目を見開いた。
もちろん、森の魔女とは、彼の隣人――最近は隣人が増えすぎて、それだけでは特定しにくいが――の院長代理のことだろう。
彼女の正体について、アルブレヒトが知っているのだから、同じ宮廷魔術師の同僚で妻のエレーナが知っているのは当然のことだった。
「あの魔女の言うことをよほど信頼しているようだな」
「我が国に昔から住む魔女様ですから。今では隠遁していらっしゃいますが、我が国の英雄譚にも登場していらっしゃるほどの方です」
「英雄譚に?!」
なんとなく、あの女と華やかな英雄譚とが結びつかなかった。一体何をしたのか、今度調べてみよう、と思い立つ。
「……あの女が西の魔女ということはないのか?」
「それはあり得ません。アルトゥールの魔女様がこの国に来たのは、西の魔女が現れるずっと前です。西の魔女がいらっしゃったのは、塔をお作りになった100年前ですが、森の魔女様は200年前からこの街にいらっしゃいます」
200年前。
思った以上に長生きだった。
「やっぱり、相当に若作りだったのか……」
自分の口の中だけで呟く。聞こえなかったのだろう。エレーナが不思議そうな顔をした。