第2話
「まったく、あの塔には驚きましたな」
仰々しい貴族風のカツラに、毒々しい赤とキラキラしい金をふんだんに使った、いかにも成金と言った出で立ちの男は、媚びる様に笑った。
「ふん。こんなつまらないことで驚くとは、貴方はよっぽどつまらん人生を送ってきたのだな」
生まれ育った地方の名前から、グリードリスの賢者とも、西の隠者とも称えられた彼の商売は、正確には客商売ではない。客が彼を崇め、媚びへつらい、頭を下げてくるのに応えてやるだけの、単なるお情けだ。
今も、人に言えないような薬を頼んできた成金は、彼の機嫌を損ねまいと必死に尻尾を振っている。
「さすがは賢者様!あの塔があることを知っていたからこそ、このような辺鄙な地にお住まいだったのですな!」
「・・・・・・」
彼は見る間に不機嫌になった。
塔につめかけた野次馬と姫を射止めて一攫千金を目論む連中を、怒りにまかせた魔法で自分の敷地から一掃してから、はや7日が経つ。
もっとも、一掃したのは自分がの敷地からだけであるので、塔の付近までは全く何もしていない。
静かだった屋敷の付近は、浮かれた人々の波で埋めつくされ、不快なことこの上ない。
「そう言えばご存知ですか?」
静かに押し黙った彼の機嫌を直そうと、成金が慌てた声で話を続ける。
「あの塔を隠していた魔法を解き、姫を百年の眠りからさまそうという魔女が現れたのを」
「魔女・・・」
彼は険しい顔をして、唸った。
自分が見破ることのできなかった魔法。バカバカしい程に大掛かりなあの仕掛けを解いた魔女。
「興味がお有りですか?!そうでしょうとも!」
成金は、彼の気をひくことに成功したことに満面の笑みを浮かべ、そして、秘密めいて声を抑えた。
「なんと・・・しかもその魔女は、あの『西の魔女』ではないかということなのですよ!」
彼は、瞠目した。
西の魔女。
この世の中には少なくない数の魔女がいて、四人いる方位の魔女は人の力を超える程に強大な魔力を持つ。
そして、その中でも特異な存在が、西の魔女だ。
様々な制約はあるが、方位の魔女の中でも最も強い力を持ち、しばしば歴史に登場する。
時には国を滅ぼす悪の魔女として、時には人を助ける聖女として。
他の方位の魔女が、どちらかというと世間から引きこもって暮らしているのに対し、西の魔女だけは違っている。
代によって、悪の魔女と評価される者もおり、聖女と扱われることもある。
とにかく評価が両極端なのだ。
しかし、最も特異なのはそこではない。
不思議なのは、西の魔女を名乗る人間は、全て自分のことを『名無し』だと言うということだ。
魔術師・魔女ならば、自らの名を持たないわけがない。名とは、彼らの魔力の源だ。
どんなに隠しても、魔力を感じ取られれば、その真名を知ることはできずとも、その存在を感じ取ることはできる。
しかし、西の魔女は別なのだという。
その魔法に触れた他の魔術師がどれだけ解析しても、西の魔女の真名の片鱗すら感じ取ることができないのだ・・・とまことしやかに伝えられている。
彼ももちろん、魔術を学んだ者として、西の魔女が真名を持たないなどという伝説は信じていない。
他の魔術師と同様、ただ、真名を隠しているだけだろう。
しかし、そのような伝説ができるほど、真名を掴ませないほどに強い魔力を持つ魔女・・・。
興味がないわけがなかった。
「その魔女がどこにいるのか、ご存知か?」
「もちろんですとも!噂では、王宮にて賓客としてもてなされているとのことですぞ!」
王宮。
伝手ならばある。
ーー生ける伝説と言われる西の魔女がどの程度のものか、試してやろう。
彼は、不敵な笑みを浮かべ、心を踊らせた。