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西の魔女は眠る  作者: 蓮葉
隣人は西の魔女
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第7話

ハンスは、まる一日寝ていたらしい。


「驚いたわ。また森の中で倒れてるんだもの」

「よく、俺を見つけたな」


助けられてありがたいというより、むしろ不審な目で、ハンスは魔女をみた。

何故彼女が、自分を見つけることができたのか・・・彼女も、あの閉じていく、現象とも言うべき魔力の本流に気づいたのか。


しかし、魔女は、なぜか少し恥じるように目を伏せた。


「キノコ・・・」

「は?」

「その、結局あの騒ぎで、キノコを採れなかったから・・・」


ハンスは思いもかけない魔女の言葉に、驚いて彼女をまじまじと見た。魔女は、それをどうとらえたのか、真っ赤になって言葉を続ける。


「いや、その、意地汚いって思わないで。だって、前にも言ったでしょ、やっぱり孤児院の運営もそこそこ苦しいのよ。だから・・・」

「いや、もういい」

ハンスはにべもなく話をさえぎった



「で、キノコは採れたのか?」

「あなたを見つけるまでに少し」

「・・・そうか」


彼自身も、キノコのことは考えたから、彼女が同じことを考えて森にいたとしても不思議ではない。

しかし、あまりにもタイミングよすぎて、どうにも疑わしい。

本当かもしれないが嘘かもしれない。

どちらにせよ、この女がその理由で押し通すつもりなのはわかった。


天井を見上げる。

質素だが、ゆとりのある部屋にベッドが一つ。間違いなく個人の部屋ではなく、客間だろう。

造形ではなく、単なる失敗だろう。アンバランスに歪んだ花瓶に花を生けている魔女の後姿に向かって声をかける。


この孤児院は、現王家とは縁が薄いとはいえ、王女が院長をしている。王家との縁はまだ続いているのだ。

だから、何か知っているかもしれない。


「なああんた、そういえば知ってるか」

「何を?」

「隣の『大きな屋敷』の魔女のことだ」


『大きな屋敷』というのは、孤児院の子供たちが言い出した呼び方である。孤児院よりもハンスの家よりも大きいから『隣の大きな屋敷』。わかりやすいが、実に安直である。


 「そうやら、魔女だけには、王家と関係のある人間も来るようだと聞いたんだが」


ぴくり、と魔女の肩が震えた。

「誰か知っているか」

魔女は、振り向いて、言葉を続けようとした。

そのとき。


「ヴェスタ!大変!」


突然、部屋の扉が開き、見たことのない女性が飛び込んできた。亜麻色の長い髪をした、海のように煌く印象的な瞳。何より、思わず息を呑むほどに美しい少女だ。

街を歩けば、ほとんどの人が振り返りそうな美貌である。

魔女と似たデザインの質素なワンピースと、ジルと同じような飾りのない赤いチェックのエプロンをつけている。


もしかして、彼女が、もう一人いるという職員のアマリエだろうか。


彼女は、ハンスのベッドの前で優雅にお辞儀をし、すぐに魔女に向き合った。

「隣の・・・『大きな屋敷』から、ドロテア様が、『茨の魔女』と名乗る方と一緒にいらっしゃいました」


「ドロテア姫?!」


ハンスが驚きの声をあげると共に、姫の来訪を告げる先触れの声が玄関から響いた。



王女ドロテア。

彼女は王家と縁戚関係にあった海の国アントピリテ最後の王女であり、現在は王妃アドルフィーネの養女となっている、たった一人の『王女』だ。

アンピトリテ地方が、平和なまま現在王国の一部になっているのは、ドロテア姫以外の王族が文字通り全滅し、一人では国を治められなくなったドロテアがエルッヘンを頼ったからだ。

エルッヘンは彼女を王国の王女として、また、アントピリテを治める女伯としてむかえた。

つまり、アントピリテが、現在エルッヘンへに平和的に併合されているのは、ドロテアがいるからである。


もともと海を持たないエルッヘンにとっては、アントピリテは悲願の海への道である。

その道を自分から差し出している、この国に身を寄せているドロテアの地位は非常に重要だ。


そんなドロテアが注目されているのは、もう一つ。妙齢の独身女性であることだ。


エルッヘンには二人の王子がいるが、3日しか生まれ日が違わず、母親は双方ともに王妃ではない別の女性である。そして、二人とも母が違う。まるで争ってくれと言わんばかりの存在だ。

次の王は、今のところは第1王子のオットーだと言われているが、第2王子のベルンハルトが優勢とも言われている。王国も一枚岩ではない。二人の王子のうち、彼女と結婚した方がこの国の王になるのではないかという噂もあるほどだ。

誰も知らぬ者がおらぬほどの重要人物。

なるほど、アルベルトが『挨拶に行け』と言ったのも頷ける。


魔女は、急いで一番最初に孤児院に来た時、彼が通された客間に向かった。

促され、彼もまた、魔女と共に客間へと向かう。

本来ならば、こちらから行かねばならず、更に言えば、待たせるなど不躾の極みである。

この孤児院にわざわざ向こうから来たのは、やはり『王立』であるが故の気遣いだろうか。



――いや、変だぞ?

   そもそも彼女は、こんな辺鄙な場所に、何故、『茨の魔女』と一緒に住むことになった?


ふと、彼の脳裡に、疑問が浮かぶ。

本当にドロテア姫なのか、何か、この国で起こっているのか?

それは、茨姫の塔や、騎士の死と関係あることなのか。


答えは、まだ、出ない。



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