表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西の魔女は眠る  作者: 蓮葉
隣人は西の魔女
24/38

第6話



感じたのは、奈落だった。

崖から落ち行く感覚。地面もなく、真っ暗闇をひたすら落ちていく、その絶望感。


人間の魔力であれば、限りがあるはずだ。特にハンスは人の魔力を読むことに長けている。相手が普通の魔術師であれば、その真名を一度で読むことすら可能であるほどに。

しかし、この魔力の塊・・・いや、場自体を覆うほどの魔力を読むことも、捕らえることもできない。

どこまでも、果てしのない、そして吐き気がするほどおぞましい闇が、ぬたり、ぬたりと押し寄せる。


聞いたこともないが、この森ではもしかして、人間の力を超えた現象が起こるのか・・・?


彼は疑問を抱いた。

魔力とは、その者の精神世界を通ってこの世界に具現する。

本人そのものなのだ。

人間が、いや、魔物でも同じだが、意思ある者が、こんな圧倒的でおぞましい闇を抱えられるなど、考えられない。

いや、考えたくないのかもしれなかった。


足元に、黒い波が押し寄せる様な非現実感の中、ふと我に返る。

このままでは世界との境界が曖昧になる。

まずい。自分が食われる。

膨大で、おぞましい魔力に侵食される・・・!!


しかし、脚がまるで石になったかの様に動かない。

逃げることも、抵抗することもできない。


ーー冗談じゃない。

死んでたまるか!!


まだ、見ていない論文がある。知らないことがある。何より、こんな謎を目の前にして、人生を終わるなど、冗談ではない。

しかし、体は動かない。

彼が、死の予感に身体中を慄かせた、その時。


確かに何者かの意識を感じた。

もし、この魔力が天災であれば、ありえない、『意思』の揺らぎを。


目の前まで押し寄せていた魔力が、まるで戸惑う様に止まる。


瞬間、目の前が開けた。暗い森の中。魔力の奔流が解け、結界の中身がぼんやりと露わになる。


一筋の光が当たりを淡く照らし。

その中に。一人の女性が見えた。


金の紙と青い瞳。黒いヴェールに黒い服。まるで喪に服しているかのようないでたちのその女は。

その、何の感情も移さないような青い瞳で。

彼を見た。


彼の記憶は、そこで途切れた。




幼い頃は、体が弱かった。

大人になれずに、死ぬのだと、誰もが思っていた。


商売人だった両親に愛されなかったとは思わない。

しかし、彼らは生きていくために家業を盛り立てる必要があり、早々に後継者から脱落した彼ではなく、その健康な弟を後継者として鍛える必要があった。


毎日、一人で、ベッドの上でただ、本を読み、空想をはせる。

自由に行くことのできない部屋の外には何があるのだろう。

きっと一生見る事のないこの世界には何があるのだろう。

ただ、そんなことだけを、一日中考え続けた――


死にたくなかったけど、諦めていた。

ただ、せめて知りたいと思った。

空が青い理由。

風が涼しい理由。

例え、自分だけが、大人になる前に死ななければならないとしても。

ただ、命ある限り、知りたかった・・・。



一人でいると忘れているのに。

何故か、他人がいると、昔を思い出す。

大勢の中で、ただ一人でいる孤独を、思い出すのだろう。



「―――」


耳元で声が聞こえる。うるさい、頭に響く声だ。


「――先生!先生!こいつ、目が覚めたみたいだよ!」


意識が浮上すると共に、胃の腑から吐き気がこみ上げた。それをこらえようと体を曲げると、信じられないほどの激痛が、彼の頭を襲った。

バタバタとけたたましい足音がして、魔女が飛び込んでくる。


「大丈夫?何もない?!」


妙なことを聞く、と思ったのも一瞬である。

声を出そうとした瞬間、体中を正体不明の激痛が襲い、ハンスは再び気を失った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ