第5話
夜更け。すっかり闇の中に沈んだ森をぼんやりと見つめる。
ハンスは昼間も同じようにこの窓から外を見ていた。
自分の屋敷から、隣の茨の魔女の屋敷の周りで蠢く人々を。運び込まれる品々を。
「何事もなかったかのように、人が入るんだな」
死んだ騎士の家族にはどう言ったのだろうか。
いや、そもそも、あんな近くに人食い獣が出るかもしれない場所に、茨の魔女はともかく・・・王族に関係する『誰か』の安全は構わないのだろうか。
それとも、魔女だけが来るのだろうか。
夜に篝火を焚いている、その光がチラチラと目に映る。
ものものしい警備とはいえ、その性質は要人警備のものでしかない。
ーーそれとももしかして、騎士を殺したものが何か既にわかっている?
隣の孤児院は、茨の魔女の屋敷とは逆に、静まり返っていた。
昼間、院の外に子供達の姿が見えなかったのは、昨日のことを警戒しているのか、それとも茨の魔女の屋敷の人達と余計な問題が起きないようにしているのか。
ーーそう、後から考えると、魔女の様子もおかしかった
もしかして、余所者の自分が知らないだけで、この森ではよくあることだったりするのだろうか?
一人食われれば、しばらくは大丈夫・・・とか、そういう言い伝えがあるとか?
いや、それならばアルブレヒトが何も言わないのがおかしい。
昼間、すっ飛んで来たアルブレヒトは、ハンスの疑惑を晴らすと、ハンスが何か聞こうとするのを振り切って帰って行った。
何か事情を知っているのか?
それともただ忙しかっただけか?
判別ほ難しい。例えば、もし時間があったとしても、アルブレヒトがハンスを慰めるとは思えない。
いや、とんでもないクジを引いてしまったことくらいはからかいそうな気がするが・・・。
「わからん」
考えてもわからないことを考えるのは無駄だ。そして、考えてもわからないことは嫌いだ。
「不快だな」
呟いて、ふと気付く。
そういえば、本来の目的であった光るキノコを採ってくることを忘れたということに。
正直、かなり迷う。
人食い獣がいるとしたら、森に分け入るのは全く得策ではない。
「諦めるか・・・」
最近は、今までではあり得ないくらいに人と話すようになったが独り言癖は、やはり治らない。
一人で言って、一人で頷いた。
その時。
森の向こうが、確かに、歪んだ。
物理的な歪みではない。間違いなく、魔術的な歪みである。
目の前が閉じていくような、気が遠くなるような感覚に襲われる。
それは、間違いなく、「結界」の魔法。何かを誰かが、隠そうとしている。
ーーこの森で、一体何が起こっている・・・?
彼は、思わず部屋を飛び出した。人食い獣のことなど、もうすっかり頭から飛んでいる。
ただ、その目の前で起こっている現象を読み解きたい・・・その欲望で頭がいっぱいになっていた。
暗い森を抜け、必死に魔法の揺らぎを読む。
信じられないほど緻密なそれは、ある一定の場所を薄く何度も覆うように、露われては閉じていく。
――これは、人間の魔法なのか?
そう疑問に思うほど、あまりにも圧倒的な魔力の檻が森の中に作られようとしていた。
きっと、その檻が完成し、閉じられたら、彼ですら気づかないであろう。
西の魔女。アルブレヒトが気にするような、王国ゆかりの人間が『わざわざ』こんな辺鄙な屋敷に住み着くこと。騎士の不審な死。
それら全てが、秘密裏に進められていること。
何が起こっている。何が起こっているのか知りたい!!
彼は手を伸ばした。いや、正確にはそれは比喩である。まるで手を伸ばすように、閉じていく魔法に触れ、こじあげた