第4話
光がぼうっと真っ直ぐ浮かび上がる。
細い糸を依り集めたような菌糸の海の上。
赤黒い血にまみれた男が、既にこときれて横たわっていた。
王国の紋章があしらわれた柄を握りしめ、鈍く光る白銀の鎧を来た男は、まず、間違いなく王国の騎士であろう。
喉笛と胸からの多量の出血が死因だろうか。
暗いためよくわからないが刃物傷ではない。首が半分ないようにも見える。
食い破られたような跡だ。
ーー獣?いや、こんな森の浅い場所に、人を食う獣がいるとは聞いたことがない・・・。
ぞくり、と背筋を慄きが駆け上がる。
もし、騎士を食い殺した獣がいるのならば、まだ『現場』の近くにいるかもしれないのだ。
「人を、呼ぶべき、でしょうか」
固い声で、魔女が言う。
さすがは古き魔女。そこらの若い箱入りと違い、凄惨な死体を見ても悲鳴をあげることも震えることもない。
ハンスは、少し怯えた自分を悔しく思った。
「そうだな。・・・昨日から茨の魔女の屋敷に騎士が数人詰めている。
ちょうどよかったと言うべきか」
言葉を切り、ハンスは唇を歪めた。
「・・・だからこそ、というべきか」
ふと、懐かしい匂いがした。
それが何かはわからないが、確かに知っていて、そして、この場には全く相応しくない匂いだった。
魔女は、沈痛な面持ちで、小さく首を振り、安堵したように呟いた。
「・・・子供達が見つけなくて、よかった」
そのことに関しては、ハンスも同意だった。
魔術師と魔女ならば、何かが襲ってきてもある程度はなんとかなるだろうが、子供では犠牲者が増えた可能性がある。
「・・・鎧をつけた騎士を運ぶのは難しそうですね。
私がここにいますので、人を呼んできてください。きっとあなたの方が早い」
ふと、その言い方に何か引っかかるが、今はそれどころではない。
「ああ、わかった。
あんたなら大丈夫だろうが、警戒は怠るなよ」
「はい」
固い表情で頷く魔女に、ふと思いつき、ハンスは言葉を続けた。
「あんたの言う通りだな。
心配性過ぎると思ったんだが、確かに早速『やっかいなこと』が起きた。・・・こういうのには、お互いできれば関わりたくないな」
きょとん、とした顔をした魔女を残し、ハンスは踵を返して走り出した。
騎士の死体は秘密裡に処理された。
ハンスも、魔術師であるせいだろう、最初は騎士達に胡乱な目で見られ、疑われた。
獣を召喚して操り人を殺す、ということは、ハンス個人としては好きではないが、不可能ではないからだ。
もっとも、そこはコネーーつまりすっ飛んで来たアルブレヒトの取りなしーーでなんとかなった。
まだ少し疑われている気がするが、正直、知ったことではない。
ちなみに、院長代理である魔女は、疑われすらしなかった。
彼女が魔女であることを知る人はいない。ハンスは魔女の正体を誰にも言っていないため、アルブレヒトも知らない。
また、何より普段の評判がものを言ったらしい。
同じ立場なのにズルい気がしたが、それは立ち位置の違いというやつであり、仕方が無いとも言える。
街の側で人食い獣が現れたなどと噂が立てばパニックになりかねない。
何より、屋敷に『誰か』が入る前日だ。
醜聞は極力避けるべきということだろう。
公表するにせよ、もう少し事情がわかってからということになりそうだった。
ーーそして、『茨の魔女』が来る日を迎える。
嵐の予感を、十分に纏いながらーー