隣人は西の魔女
朝、目覚めると、家の隣に塔が建っていた。
「なんだこれは・・・」
しかもどう見ても今日昨日建てられた塔ではない。
塔を構成いする石は風雨にさらされ、くすんでその年月を語っている。
昨日までは、間違いなくこんなものはなかったはずだ。自分がこの街に居を定めたのは二年前。確かにほとんど外に出たことはなかったが、だからといって窓の外を見たことがないわけがない。
この屋敷は街の一番外れ、隣には小さな孤児院が一つ、もう一方の隣には森しかなかったはずだ。
「誰かが・・・隠していたのか」
呆然と呟く。
これでも彼は魔術だけではなく、錬金術や故実、歴史に星詠み・・・ありとあらゆる知識を貪欲に吸収し、今では、各地の王家・貴族・魔術師の中で、彼の存在を知らぬものはいないほどの実力者だ。
そんな彼は、魔術師の枠に当てはまらないと自分で自負しており、『賢者』と呼ばれることを最も喜ぶ。
しかし、やはり根本は魔術師だ。二年もの間、自分のすぐ側にこんな大きなものを隠されておきながら気づかなかったのだ。
彼の肥大したプライドは、現在は、完膚なきまでにボロボロであった。
しばらくそのまま落ち込みながらも、何一つ見落とすまいと塔を観察する。
この塔を隠していたのは、間違いなく魔術だ。そんな魔術を、誰が、何のために、使っていたのか。
自分に不利益はないのか。
それを、早急に判断しなければならない。
塔は、細く高く、天を突いて建っていた。普通の人間が住むためのものではない。侵入者を拒み隠れ住むためのものであろう。
建築様式は古い。見てすぐに古い塔であることはわかった・・・おそらく百年近く経っているだろう・・・それにしてもそっけない塔だ。機能的なものしかなく、遊び心がない。
これを作った者が魔術師なのか、それとも他の誰かなのかは知らないが、合理的で面白くない性格をしているに違いない、
しかし、一番の特徴はそこではない。
なにより驚いたのは、塔には一抱えほどもある太い棘を持つ茨が戒めのように這い回っていたことだ。
まるで侵入者を拒む鎖のようなそれは、どうみても尋常ではないほどに強力な魔法により生み出されたものであることは明白だった。
一体何を守っているのか。
そこまでして守るものは何か。
「茨・・・?」
そこまで考えて、彼は顔をしかめた。彼の合理的で理論的な(と本人は思っている)思考に、何やら不本意にメルヘンチックな考えがよぎったのだ。
――百年の茨に守られた塔にいるのは、眠り姫に決まっている。
あまりにもアホらしい考えだった。
しかし。
見れば見るほど塔はそれらしく、考えれば考えることにほどに辻褄が合う。
確かに、眠り姫を守るためには塔が必要だ。古来、貴人を囲うのは塔と決まっている。
茨で戒めるのは百年の眠りを覚まさないため。
こんな魔法生物を置くのは膨大な魔力の無駄遣いでしかなく、別に兵士を置いてもいいようなものだが、そこは様式美とか言いようがないのだろう。
見えないようにしていたのは、今までの伝承にはないが、上手いやり方だと思う。
迷い込んで来る人間を減らせば、余計な怪我をする人間もおらず、塔を管理する者の手間も省けるというものだ。
それでは、塔が姿を表したということは・・・。
「百年が経ったということだな」
一人暮らしであるため、妙に独り言の多い彼は、そう結論づけると、窓に背を向け、離れようとした。
その時。
突然、轟音がして、空が明るくなった。
「花火?!」
慌てて窓に駆け寄った彼は、塔のてっぺん付近の窓から、するすると信じられないほどに大きな幕が降りて来るのを見た。
そこには、でかでかと文字が書かれている。
「・・・眠り姫争奪戦?!・・・なんだこれはああああっ?!」
彼が叫び終わると同時に、野太い男たちの雄叫びが響き渡る。
何事かと下を見ると・・・そこには、塔の周りを埋め尽くす程の人が集まってた。まるでお祭りのような様相で、どうも屋台も出ているようである。
彼は、ワナワナと震えた。さっきから塔にばかり気を取られており、下に全く気づかなかった自分に呆れたこと。
と、もう一つ。
「お前ら、俺の敷地を荒らすなーっ!!!!」
人の波は、彼の屋敷の敷地にまで及んでいたのだった。