第9話
目の前の古き魔女の人生に、興味がないかと問われれば、珍しく、興味があると言えるだろう。
しかし、必要以上に立ち入った話を聞く気はなかった。
それより、気になること。
それは
「魔女殿。あなたは魔術構文も使うのだな」
この50年で発達した新しい技術。
人間は、今までの自分を中々変えられない。特に古き魔法使いたちは年も経ており、自分のやり方が確立している者も多い。今更変えようとしない者が大半だった。
魔女は、嬉しそうに笑った。
「ええ。知り合いが、とても熱心に教えてくれたのです。
私には使いこなせない知識もたくさんあったのですが・・・。
それでも教えてくれる彼らが楽しそうだったので」
「ほう」
隠者の目も輝いた。
それでは、もしかしたら、この魔女は、黎明期の頃の、名だたる魔術師たちと知り合いだったのか。
「その、知り合いの方々は誰です?」
おそらく、その時の彼は、よだれでもたらしそうな顔をしていたのだろう。
今までしおらしげにしていた魔女は、一瞬驚いた顔をした後、それまでのしおらしさとは全く違う表情で、にやりと笑った。
「青のザームエルが、友人でしたので・・・」
「ザームエル?!
ジルが思わずビクリと身体をはねさせるほどの大声で、思わず隠者は叫んだ。
100年前、魔術構文を『学問』として飛躍的に発展させるきっかけとなったのが、大天才、ザームエル・ニヒトヴァイスだ。
彼の開発した魔術構文や、魔法についての分析は、大革命を起こした。
現在では、さらに研究が進んでいる。しかし、彼の存在は、魔術がある限り、始祖としてその名を轟かせ続けるだろう。
隠者さえ、彼の論文そのものを見たことはない。
彼の論文は、財宝よりも高価なものとして扱われ、写本すらなかなか手に入ることもないのだ。
「か、彼から、直接に・・・」
あまりにも想像を超える事実に、眩暈すらした。
そんな彼を見て、魔女は、さらなる爆弾を落とす。
「ええ。書きかけの論文や、出来上がった本も、たくさん貰いました」
絶句した彼を見つめる魔女の笑顔は、既にその言葉がどのような意味を彼に与えるのか、知っているのだろう。
「な、な、な・・・・」
世の中に出ていない。書きかけの論文。
「どこに・・・」
喘ぐように言葉を発した隠者に、魔女は、笑みを深くして答えた。
「もとは、森の家に。今は・・・この、孤児院に」