第7話
かつて、魔法は、不思議の力だった。
生まれつき強い魔力を持った者が、それを『制御しきれずに』起こしてしまうあり得ない現象、それが魔法だった。
呪文もなく、制御も一人一人の会得した経験による感覚で行うしかない。
もちろん、それほどの魔力を持った者など一握りしかおらず、魔女や魔法使いというのはそんなに数が多い存在ではなかった。
他人が使えない力で、他人のできないことをやってのける彼らは。時には尊敬の対象となり、時には忌まれた。
しかし、100年ほど前にとある天才が、魔術構成による魔力制御を編み出し、50年ほど前から爆発的に魔術構成が研究されるようになった。
現在では、『普通の人間』が学べば魔法の力を使うことができる様になり、世界は劇的に変化している。
彼らは、生来の魔法使いと自分たちを区別し、『魔術師』と自らを称するようになった。
もちろん、古き魔女や魔法使いの中にも、その新しい技術を学ぶものはいたが、元々の数が少ない。
現在、魔法を使う者は正確にはほとんどが魔術構成を使用する『魔術師』と言ってよい。
また、いくら人間にはありえないほどの魔力を持った古き魔女とはいえ、100年を越えて生きる者は多くない。彼らの魔力とて限りがあるのだ。
むしろ、計算して自分たちの魔力を魔術構成や魔道具で補える『魔術師』とは違い、望んだ方向に力が使えるとは限らず、寿命を縮める魔法使いも多かったほどだ。
現在では、魔術構成が生まれる以前からの生粋の魔女など、ほとんど化石に近い存在だった。
「どうぞ」
愛想のないジルの声とともに、紅茶が目の前に置かれる。
目の前、危な気のない手つきで、意外にも礼儀正しくお茶の準備を終えると、ジルは魔女の横に座った。
挨拶が一通り終わる。ジルが不承不承ながらに謝った。
彼女自身、自分の行動が悪かったことはわかっているのだろう。しかし、人前で殴られた恨みは深いらしい。
基本的に、小娘に嫌われようが何をしようが彼には何の関係もない。
とはいえ、たまに睨んでくる彼女に対し、顔に出すことはしないが、全く持って気分は良くない。
次、何か彼の前でミスをしたら、厳しく躾けてやるとかたく心に決める。
それよりも今は、目の前の魔女だ。土地の名で、しかも森の名で呼ばれるほどの古き魔女と対面するのは、実に久し振りのことだった。
「そういえば、貴女は『院長代理』とのことだが、『院長』はいらっしゃらないのか?」
ふと思いついた疑問を口に出す。魔女の顔がわずかに曇った。
「院長は、病気で療養中なのです」
ジルもわずかに下を向く。
「この孤児院は、元は彼女がはじめたものだったのですよ。
私もまた、彼女に拾われたようなものです」