第5話
驚きのあまり口を半開きにした院長代理に、警戒心を完全に剥き出しにして怒った猫のように毛を逆立てている少女を満足げに見ながら・・・実は一番驚いているのは彼自身だった。
自分の家に他人を入れるのは大嫌いだ。
だが、他人の、しかも子供だらけの家など、怖気が立つほどさらに嫌いだ。
今の言葉など、普段の彼が聞けば正気ではないと思っただろう。実は言葉を発した瞬間、自分の正気を疑ったほどだった。
「じゃあ、案内してもらえるか?」
それなのに、むしろいつもではあり得ない変化さえ楽しめるような気持ちになっているのは。
・・・もしかしたら、西の魔女の屋敷が毎日のように形になっていく、その高揚感のせいかもしれなかった。
「それと、そこのガキ。いちごは置いていったほうがいいぞ。
それは蛇いちごだ。食えたもんじゃない」
「へ?」
少女は素っ頓狂な声を上げて、抱えたタライを覗き込んだ。
「で、でも・・・」
おろおろと視線を院長代理に向けると、彼女は鎮痛な面持ちでーー真っ白だからあまりわからないがーー首を横に振った。
少女ががっくりと膝をつく。
「なんで食べられないイチゴなんて植えてるの・・・?」
力なく呟いた彼女に、勝ち誇った顔で彼は言い放った。
「お前は馬鹿か。
蛇いちごは様々な薬になるんだ。
魔術師なら、食べられるか食べられないかなんていうつまらない物差しでは物事を図らんのだ」
がっくりと項垂れた少女に、大人げなく勝利の笑みを浮かべた彼は、しかし、すぐに面白くない顔で院長代理を振り返った。
「あんたも、最初からわかってたんだろう。
さっさと教えてやればこんなことにならなかっただろうに」
彼の指摘に、院長代理は、すました顔で答えた。
「挟まってそれどころではなかったですし、多分、言ってもジルはわからなかったでしょうから、一度痛い目を見た方がいいのではないかと思いましたし」
ほんの少し彼女はいたずらっぽく笑った。
「それに、蛇いちごは虫刺されの薬になりますから。
小さい子たちが痛いとよく泣くんです」
ちゃっかりしてやがる、と隠者も苦笑した。
先ほど、若い身空で何故孤児院の院長代理なんかをやっているのかと不思議に思ったが、この図々しさと肝の据わりっぷりをみるに、実はかなりの『おばちゃん』なのかもしれない。
彼はじろじろと院長代理を見た。
考えてみたら、魔術師の見た目がその年齢を表しているはずがない。
実際、彼自身、既に百歳は超えている。
「その・・・結果的にあなたの庭を荒らしたのは申し訳ないと思っています」
彼の視線の意味を非難と捉えたのか、再び謝りだした院長代理を目で制する。
とにかくここにいても始まらない。
この屋敷に移ってから二年。
隣という立地条件にありながら、一度も足を踏み入れたことのない孤児院へ、行くのだ。
少女は、少しばかり迷い、タライを再び抱え直した。食べられなくとも使えるとわかったからだろうか。
ちろりと彼の顔を伺う。そのイチゴは彼の庭のものだからだ。
彼は、溜息をついて目を逸らした。
偉そうなことを言ったが実は、その蛇いちごは、前の屋敷の持ち主が植えたものであり・・・枯れても省みないほどに、実はそもそも存在にさえ気づいていなかったからだ。