第4話
院長代理は、白い粉と泥で、汚れた彫像の様になっている。
長い濃茶の髪もくしゃくしゃになって、ぺたりと垂れていた。
「とりあえず、身なりをなんとかするのが先だな」
相変わらず礼をとったままの院長代理に言う。
「申し訳ありません。そのようです」
項垂れる院長代理に、隠者は思わず言葉を続けた。
「それから、多分あんたらが玄関だと思っているのは、ダミーだ」
「は?」
院長代理は、首を傾げた。
「本当の玄関は別にある」
彼の家は一見さんお断りなのだ。紹介者がいないと依頼人も通さない。
表に面した門はダミーなのである。そちらから来る人間は、招かれざる客と自動的に判断し、相手をしないことにしている。
正確には、その場所に設置してある魔道具は侵入者防止用のもののみであり、ただの来客の有無は彼に知らせて来ない。
だから、彼は、院長代理の訪問すら知らなかったのだ。
「そうだったのですね・・・。考えてみたら、あなたほどの魔術師であれば、セキュリティにも気を使っているはずでした。
それでは、改めて、ジルと共にお伺いしてよろしいでしょうか?」
最低限の躾は受けているらしい。
少女は、院長代理が話している間は、不機嫌な顔はしつつも、院長代理の邪魔をすることも話を遮ることもなく、隠者の後ろで静かにしていた。
しかし、しっかり、隠者を睨みつけるその瞳には、隠しようもなく苛立ちが見える。
ーー全くもって、嫌われたものだな
もちろん、彼もこんな『クソ生意気なガキ』は好きではないが。
彼はしばし考え、かぶりを振った。
今日一日だけで、いちごを荒らされ、結果として塀を破られたのだ。
自分の家を荒らされる危険性に、彼の神経質な魂は叫び声をあげた。
とはいえ、正直、この院長代理にはじっくり話を聞いてみたい気がする。滅多に他人に興味を持たない隠者には珍しく、彼女はと話してみると面白いのではないかという気持ちが膨らんでいた。
何故あの場所で、少女が『見習い』ではないと嘘をついたのか。
おそらく、言葉の端々に見せる知識から、間違いなく魔術師であるだろうに、何の魔力も纏わずに歩いているのか。
そもそも何故こんな若い身空で、孤児院の院長代理をしているのか。間抜けではあるが、彼女からは品位と知性を感じる。おそらく、魔術師としてだけではなく、高い教育を受けているのだろう。
「俺がそちらの孤児院に行こう。
構わないか?」
院長代理は虚をつかれたように顔をあげ、ぶんぶんと頭を縦に振った。