第3話
「んー、ジル、痛い・・・胸が、胸がひっかかって・・・」
「先生、胸が大きいから抜けないんだよ、もっと縮めて!」
「ジル、それは無理だと思うの・・・」
ジタバタと動く院長代理と少女を見やり、一体これはなんのコントかと目を丸くしていた隠者は、盛大に溜息をついた。
少しばかり笑いたかったのは秘密だ。
「どけ、くそガキ」
「く、くそガキ?!」
彼の暴言に信じられないとばかりに振り返った少女を、塀から引き剥がす。
全く予期していなかった動きに、彼女はたたらを踏み、勢い余って尻餅をついた。
「いたあっ!それにくそガキって何よっ!先生に何かしたら許さないからね!!」
「黙れ、 馬鹿ガキ」
ぎゃんぎゃんと騒ぐ少女を背に、院長代理を見下ろす。
髪も顔も泥だらけの女性は、つい先日、彼が気圧されたとは思えない、ただの、普通の、女性だった。
塀に手を触れる。
「c.t -t.12-c.1_f」
(私は穴をあける、そしてそれを12レベルで破壊し、風で吹き散らす)
彼が手を触れた場所から、音もなく穴があき、人間の幅ほどの大きさが虚となった。
塀だったものがさらさらと砂になって崩れ落ちた。
ちらりと横を見ると、少女がわめくのをやめてて、驚いた顔でこちらを見ている。
魔術構成が理解できなかったのだろう。それどころか、彼が何を発音したのかすらわからなかったに違いない。
彼は右頬を軽くあげ、笑った。
そう、見習いごときにわかるはずはない。
発音も構成も、無駄を極限まで省き、彼独自の理論で再構成してあるのだ。
もちろん、その力加減といい、魔力の扱いといい、自分の特性と使用する魔道具の性能を知り尽くした上だ。
一言で言えば、あり得ないくらいの省エネ魔法。
少ない魔道具でも、足りない魔力でも、絶大な魔法を生み出すことができる。
もちろん逆に、針の穴を通すような細かい魔術操作も精密に行える。
見習いのみならず、そこらで大魔術師と言われているような連中でも、半分もわからないに違いない。
魔術は力押しをすればいいものではない、というのが彼の持論であり、信念であった。
泥まみれの院長代理が、さらに真っ白な粉まみれになる。
ふるふると顔を犬の様に振り、手で顔を拭おうとして、その手も真っ白なことに気づいたのか、やめた。
自由になった身体を立ち上がらせ、隠者の前にまっすぐ立ち、あの日と同じく、腰を引いて礼の姿勢をとった。
「このようなお見苦しいところを助けていただき、ありがとうございました。その・・・」
「いや、もうそれはいいから」
ーー馬鹿の一つ覚えか。
隠者は珍しく、暴言を喉元で飲み込んだ。
その馬鹿の一つ覚えのような立ち姿に気圧された自分を思い出したからだった。