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COMPLEX TRIP!  作者: Tm
第一章 一条姉
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一条姉と人攫いの皆さん

 拝啓、新さん。事件です。

「おはよう姉君様」

 わお。むさい声。今宵もまた一人、ごっつな弟ゲッツだぜ。パーティでの荷物持ちはこいつに決定。

 縛られながらもこんな事を思う私も、我が弟に及ばずながら中々の肝の持ち主だったらしい。

 むさくてごつそうな知らない男達に囲まれて、みっちり縛り上げられているこの状態。セオリー通りもいいところ過ぎて白けてくる。

 なるほど、私は敵役に攫われた肉親ってところかな。この分だとこの先に待ち構えているのは敵の言うこと素直に聞いちゃいましたバッドエンドルート、敵を倒しつつ姉を救出俺ってマジでテラチートルート、もしくは肉親喪失ヤンデレ一直線トラウマルート。姉としては、トラウマルートだけは回避したいところであります。命に関わってきますので。

「こんにちは皆さん。ご機嫌如何ですか」

 狭い部屋の中で、私の声はそう大きくなくとも全員に届いたらしい。なにやらどこかの倉庫らしいその部屋は埃臭く、地面は湿っている。

 そんな中で目を覚ました途端に声をかけられたから返事をしただけなのに、なぜだか驚いたように全員が息を呑んだ。けれどそれでもじっと答えを待っていると、そのうちの一人が声をかけてきた。

「――あんた、本当に英傑アタラの姉貴か?」

 英傑アタラ。一瞬何のことかわからなかったけれど、瞬時にその意味を悟りぐっと喉を詰まらせた。

 アタラって、新さん。異世界で偽名使ってたんかい。いや、まあ、新さんもといアタラさんならやりかねない。大方ゲームの主人公の名前を自分の名前にするのは些か抵抗があるから文字を組み替えて登録してみたとかそんなノリだったのだろう。つくづく新さんらしい。

 笑いをかみ締めて俯きつつ、私は何とか頷き返した。

「はい、その通りです。私が、え……えいけっつ、アタ……ぶふっ、アタラさん、のお姉さん、ですよ」

 途中我慢できずに噴出してしまったが、その辺は気にもされなかったのか私の告白自体に「おお……」という感嘆の声が上がる。

 ふうん。この人たち、半信半疑で私を攫ってきたわけか。なんともお粗末な計画ですこと。怪しいくらい。

 出てきた余裕に釣られて悪戯心がむくむくと湧き上がり、ついついいつものエセ笑顔を浮かべて見せてしまう。

「――と、言うのが嘘だったりしたら、皆さんどうします?」

 にやり、と微笑むと少しだけ皆さんの雰囲気が気色ばんでくる。あーららこらら。私しーらない。とは言えない状況どーすんの。

「おい、冗談は無しだぜお嬢さん。俺たちゃ遊びじゃねえんだよ。言葉遊びがしたいんだったら今すぐあの世に送ってやろうか?」

 一番最初に私に話しかけてきた男が、私の頬にひたひた、と何か冷たいものを当てる。何故よく解らないか、というと目隠しをされているから。どうやら一応顔を覚えられないようにという配慮のためらしい。

 ふうん、配慮ねえ。またまたいいこと思いつきましたよ、お姉さん。

 声の方向に向くと、頬に当たっていた刃がひたりと止まった。うむ、よろしい。随分余裕が出てきたよ。

「遊びではないと。なるほど。ですがその割には皆さん随分と綱渡りの計画を組んでおられるのですねえ。いやはや、見上げた豪胆振りでいらっしゃる」

「なんだと小娘が!」

 私の弟のうちの一人が気色ばんだように声を上げた。ああら失敬。ご機嫌を損ねてしまいましたかね、弟ではなく荷物持ち要員、いや拉致監禁のメンバーさん。

「お嬢さん。なんでそう思うのかね」

 私の近くにいた男が、静かな声でそう問い返してくる。落ち着いた声とは裏腹に、頬に当てられていた刃はいつのまにか首の恐らくは頚動脈と思わしき場所に当てられている。答えを間違えたら首チョンパだから覚悟して発言してね、ということですね、わかります。

 うわーおぞくぞくする。新さん、今姉さんは新ジャンルのスリルを目下経験中だよ。

 こほん、と勿体つけるように咳払いを一つ、大きく息を吸い込んだ。さて、ご愛嬌。皆様、とくとご清聴ください。

「まず。第一に貴方方は、私がそのアタラとかいう人物の姉であるかどうかという確証を得ておらず、本人と思わしき私に確認してくること。第二に姉かどうかの確証も無く確認する術もこのようにして不確かであったにも関わらずその計画とやらを遂行したこと。第三にそれほど不確定要素の多い計画を遂行するためだけにわざわざ宮廷に侵入するという危険を冒したこと。それらを統合して考えますと貴方方のその計画とやら自体が時間も人員も注がれていない急場の付け焼刃のような代物でしかないということを示しています。その他諸々細かいことを上げればきりがありませんが、まあ私の所感はこんなところですかねえ」

 いかがでしょう? と小首を傾げると、何故だか辺りはしーんとしてしまっていた。首筋には刃が当たりっぱなしだったけど、妙に力が入っていない。

 無遠慮にドツボ突きすぎたんだろうか。今更ながらに脂汗だらだら。じっと返答を待っていると、すぐ傍で短いため息が聞こえたと同時に、首もとの刃がすっと引いた。おや、どうやら首の皮一枚で繋がったのかな。

「全く見上げた根性だなお嬢さんよ。肝が据わりすぎている。これだけでもあんたがアタラの姉だといういい証拠になるよ」

 あら。見くびってもらっちゃ困る。この程度のことで彼の姉に認定されるなら世の中に新さんの姉貴が何人存在することになるのやら。

 考えるだに恐ろしい。私の弟妹達と数を比べたらどっこいでは済まなくなるかもしれない。嫌だなあ、こんな記録まで抜かれちゃうの。こんな状況でげんなりしながらも、気を取り直して顔を上げる。

「皆さん、レジスタンスとやらの方々なのですか?」

「それを聞いてどうするんだ、ええ? 聡明なお嬢さんよ。今度はどんなご助言を貰えるのかね。お礼は鼻っ柱一発叩き折るだけで十分かい?」

 今までの誰でもない声が突っかかるように苛々と答えてくれた。

 まあ、ですよね。こんな生意気な口叩く小娘とまともな会話できるわけないわな。客観的に納得しつつも、努めて得意な笑顔を振りまいて見せる。

 さあ、一条楓の精錬されたサービススマイルをとくとご賞味あれ。

「いえ、一つ提案をね、いかがかなと思いまして。出すぎた口を利きましたね。忘れてください。沈黙は金なり。生意気な小娘は鼻っ柱が折れる前に口を閉じさせていただきます。皆様、どうぞお気を悪くなさらないでくださいね」

「……おい、おいおいおい待て待て待て」

 よしきた。やっぱり食いついてくれた。恐らくは一番最初に話しかけてきた刃の君が、慌てたように口を挟む。後ろでなにやら非難の声が上がったみたいだけど、効果は上場。波紋は一石一つで広がるもの。

「お嬢さん、なんかきな臭い言い方するじゃねえか。まだおちょくろうってんならさすがに容赦しないよ?」

「ご心配なく。最初のあれは私なりのサービスですので。今は純粋な提案を呈示させて頂いております」

 ざわざわと、動揺や戸惑いの波紋が次から次へと共鳴し始める。

 こうでなくっちゃ。ああ楽しくなってきたあ。

「……なんで急にそんなにしおらしくなったのかね」

「あら心外。急にではありませんよ。貴方方が私に目隠しをしてくださらなければ、さすがの私も貝のように口を閉じておりました」

 ざわめきが一瞬止む。うふん、素直な反応。愛い奴らめ。さすが私の弟達。どっかの野郎とは大違い。

 どっかの野郎を皮肉をこめて思い描きつつ、表面上は笑顔を維持。笑顔は万国共通心のフリーパス券。

「目隠しをする必要があるということは私に個人を特定させないため。その必要があるのは、私を生かして返す意志があるときのみです。用心深ければ例え始末する予定だったとしても目隠しをするでしょうが、貴方方がそれほどまで警戒心と猜疑心の強いお方々ならば、少なくとも私があの場で拉致されることは無かったでしょうからねえ」

 そういう迂闊さが私にこの提案をさせたということ、多分理解されてはいないだろう。私はこと、こういう部類の人間達が好きだ。迂闊で、無計画で、無頓着で、直情型の人間達。

 にこりと微笑んで辺りを見回すと、段々と彼らの言葉数が少なくなっていった。こういう素直さも、私が気に入る理由の一つ。また一つ、観念したようなため息が傍で零れた。

「――で? 提案って、なんだね。一応聞いてやろう」

 またまた聞く気満々の癖して。皆がしんと押し黙ったのがいい証拠。

 こんなことでよく宮廷に忍び込めたものだ。余程の力技で押し切ったのだろうか。そんな気がする。

 そんな姿を想像して微笑ましく思いつつも、また勿体ぶって一つコホンと咳払い。早く早く、という急かす声が聞こえるような雰囲気をびしばしその身で堪能しつつ、ゆっくり息を吸い込んだ。どうでもいいけど埃くさい、ココ。

「まず。先ほどは失礼ながらも綱渡りな計画、と称しましたが私、貴方方が文字通り綱渡りの覚悟でこの計画に及んだということは少なからず理解できています」

 返事は無い。というより、言葉も無い、だろうか。追い立てられるような切迫感は先ほどからひしひしと感じていた。だから。

「私は貴方方がどんな方達であろうと、どんな理由でどんな目的で私を拉致したかなど、はっきり言って興味がございません。持てません。聞きたくありませんし賛同するつもりも同調するつもりもございません。あしからず」

 ケッ、とどこかでやさぐれた声が聞こえる。どうしてこう予想通りの反応を返してくれるのか。萌えてしまうから止してくれ。

「さりとて、貴方方のその決死の覚悟に敬意を表して、あえて申し上げます。信じるも信じないも自由ですが、お聞きください。私は英傑アタラの姉です。名は楓。貴方方がかの英傑に送る脅迫状に記すべき名です」

 感嘆の声が上がる。けれど一転して、疑念たっぷりの声も上がる。

「どうして聞いてもいない名まで答える。俺達をはめる気か」

「いいええとんでもない。よしんば嵌める気だったとしても、対象は貴方方ではありませんのでご心配なさらず!」

 はあ? と口々に声が上がる。言っている意味が解らないらしい。それはそうか。どこの世界に人質が犯罪教唆するものか。いえいえ、ここにいますとも。にこりと笑ってその答えを教えてあげた。

「私が嵌めたい相手はただ一人。英傑アタラその人です」

 今迄で一番動揺が広がる。そんなにすごいこと言ったかしら。

 そろそろこの反応もワンパターン化してきたなあ、と半ば飽きかけてきた頃、刃の君が動揺収まりきらず尋ねてきた。

「お前本当に……アタラの姉か?」

 まあ失敬な。私以外に誰があのチートの姉が務まりますか。務まるというなら三年あいつに引っ付いて生活してから出直してらっしゃい。とりあえず私は長年築いてきた自慢のスマイルマスクで止めを刺した。

「どうやらご存知でないようで。私はね、先ほどから何一つとして嘘はついておりませんよ。こう見えても私、自分の発言にはきちんと責任を持つタイプなんです」

 目隠し越しの笑顔の向こう側では、何故だか皆さんが揃って怪訝な目で私を見つめているような、そんな気がしたのだった。

姉:(ニンマリ(^U^))

おっさん達:(なにこの子こわい。)

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