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COMPLEX TRIP!  作者: Tm
第一章 一条姉
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一条姉と神官様

 とりあえず私は王室のお客さんとして出迎えられたらしく、パターン通り身に余る豪奢な部屋と食事が与えられた。チートの弟の姉というだけでこの扱い。世の中随分ちょろくなってしまったものだ。

 かといっても、もちろん物語の主人公は新さんに違いは無い。呼び出された張本人はもちろん話の進行上右へ左へと舞い込む厄介事を片付けなくてはならないらしく、何の用も無いのにただの付属品としてくっついてきた私に構っている暇は無い。

 そういう訳で私はというと弟がてんやわんやと忙しく奔走している最中に王室見学などという戯けたことをするわけにもいかず、かといってチートの弟の手伝いなどせいぜいお城の窓拭きくらいにしか役立たないこの身なので自重し、大人しく引きこもって時間を潰すことにした。

 そんな最中に、この人だ。おいおい火急の件で人の弟呼び出しておいてそのおまけのモブに挨拶する余裕はあるのかい兄ちゃん。と私が思ったとか思わないとか。


「で、お国を救った英傑の姉の顔を野次馬よろしく見に来たと……。なんかすいませんね、誰もを魅了するあの少年の姉が、記憶にかすり傷一つ与えられない極めて凡庸たる容姿の持ち主で」

 ほぼ初対面の人間相手に生意気な口を叩いてみせる小娘相手に、殊勝にも跪いて頭を垂れる白衣のその人、もとい王室神官長ソロンさんの可愛らしい旋毛を見つめながら言うと、その人は出会った当初とは全く違う穏やかな笑みを浮かべ、ゆるゆると否定した。

「そんな恐れ多い。ただ此度の件は真にこちらの不足の致すところでありまして、姉君様におかれましては誠心誠意謝罪の念を尽くす所存でおりますので何卒ご容赦の程賜りたく、こうして僭越ながらも神官長の私が代表して馳せ参じた次第であります」

 ああ、はい日本語でおk。新さんみたいなチートならいざ知らず、私みたいなただのモブにこんな口上つらつらと述べられたところで内容の半分も理解できないどころか飲みこめすらしない。

 耳慣れないこの丁寧さも慇懃無礼にしか聞こえないけど、私にそれを指摘する権利はないしそんなつもりもない。元よりモブにそんな期待などされていないだろう。ああされていませんとも。

「それで今日はなんの御用でしょうか。まさか本当に『ごめんねお姉ちゃん』なんて言いに来たわけじゃありませんよね」

 既に二人分のお茶が用意されている机に無作法ながらも両肘を突いて組んだ指に顎を乗せる。どうぞ、と目で示唆すると、ソロンさんは目礼を返して私の向かい側にある椅子に腰掛けた。

 この部屋には私達以外いない。それはこの人があのプリティメイドさんにお茶の用意とついでに人払いをさせたから。

 人に謝るのに人払いは要らないでしょ、さすがに。まあこの人が他人に頭を垂れる姿を見られたくないという、山より高いプライドの持ち主ならばいざ知らず。

「さすが閣下の姉君様。ご聡明でいらっしゃる」

「いいええ頭の回転悪くて悪くて。為政者気取りの弟と違って私は一から説明受けないと何にも飲み込めないんですよ」

 にっこり微笑むと、ソロンさんの片眉がピクリと持ち上がる。おや、ぽろっと失言。

 なんとなしにスルーして紅茶を一口飲むと、その水面に私をじっと真摯な眼差しで見つめるソロンさんの顔が映っていた。ああ、まあ、大体察しはついてるけど。モブたる私が一緒につれてこられた所以も、この辺の展開に由来しそうだよね。

 紅茶を置いてもじっと黙って待っていると、ソロンさんが漸く切り出した。

「実は閣下のことなのですが……」

 そらきた。

「私の方からこの世界に留まるように、あるいはきちんと籍を置くように説得して欲しい。もしくはそれとなく訴えて欲しい、ってところですかね」

 遮って皆まで言うと、ソロンさんは口元をきゅっと結び怪訝な目を向けてきた。おやおや人の話を遮るのは少々無礼が過ぎたかしら。それともどうして皆まで言わずそんなことが解るんだ、って顔かな。

 解るでしょ、この展開なら。王道ですからね。主人公が元の世界に戻るのかこちらの世界に留まるかの選択、ってやつ。大抵は、そうだな。留まる理由が大きいほうに、普通は傾く。

 王室御用達の高級クッキーを一つ摘んで、小さく齧った。ぱらり、と落ちる零れカス。ああ、私もこんなもんです。

「――それ、私以外には言うべき候補はいないんですかね」

 机の上に零れ落ちたカスをちろりと指先ではじく。ソロンさんは少しだけ興味を惹かれたような眼差しで、私を見つめた。

「……と、仰いますと?」

「いえね。例えば新さんが懇意にしているお姫様だとか、それに準じる存在――身分に関わらず、新さんと対等な立場に立っている女の子、とかね。そういうの、こっちにはいないのかな、と思いまして」

 異世界トリップの王道は基本恋愛絡みでしょ。そうでなくたって多少は盛り込まれているものなんだから、そういう出会いは少なからずあったんじゃないかな。

 どうなの? と見ると、予想外にソロンさんはほんの少し落胆した表情で首を横に振った。

「おられません。――いえ、閣下が、ことそういった流れを徹底して忌避されておられるような、そんな印象を私は感じました」

 と、言うことは、そういう展開は無きにしも非ずだったわけだが、新さんがフラグをとことん折って周っていたと。

「……ふーん。そう。つまんないの」

 冷めた声で言うと、また少しソロンさんは眉を顰める。これも、異世界常道の一つかな。主人公心酔補正。大抵男からも女からも好かれる。まあ、それはあっちでもこっちでも変わらない、ってだけの話か。

 紅茶に入れたスプーンを手慰みにかき回しつつ、私はなんだか醒めた思いでそれを見つめた。とことん新さん中心だなあ、と感じつつぐるぐると。

「あのねえソロンさん」

「はい」

「確かに新さんは私の言うことなら大抵の事は聞いてくれます。でも自分が決めたことはてこでも曲げない。そして曲げられないし曲げさせない。少しでも新さんと時を共にしたのなら、解りますよね」

 ちらりと見ると、ソロンさんは苦笑しながらも頷いた。ああこれ、この顔。よく見るのよ。新さんのこういう性格に戸惑いながらも恭順しちゃう人の目。とことん主人公の流れに浸りきってる人。別に私には関係ないから、いいんだけどね。

 あーあ、はいはいご馳走様です。バカップルを目撃した時のような、内心醒めた思いを抱えながらも、努めて真剣な表情をソロンさんに向ける。

「だったら、私が言っても無駄なことはもう解りますね。私もね、そんなこと頼まれても言うつもりは毛頭ありませんし。だって言う義理も無ければ、理由もないわけですから」

「それは……そうですが、」

 どこか納得がいかなそうながらも、口ごもるソロンさん。恐らくは私が今言った意味を取り違えている。少しだけ決まりが悪そうに私を見ているのがその証拠。そう思ってるんなら最初から相談してくるな、等とは当然言うわけもなく、それをあえて否定せず見逃して、続ける。

「なら貴方がすべき事は私への根回しよりも、新さんへの真摯な懇願のみですよ。彼に貴方方の思いが届くとしたらそれは、彼と同等か或いはそれ以上の信念と意思を以ってして、彼本人に直接打診することです」

 言い切ると、ソロンさんは妙に驚いた表情で私を見つめた。彼が捉えた私の矛盾が何であるかを、私は知っている。その矛盾も誤解というか、なんというか。

「貴方は、ご自身が何を仰っておられるか、お解りなのですか?」

 戸惑いと疑念の入り交ざった声に、思わず口の端が持ち上がる。誤魔化すためにこくり、と一口紅茶を飲んだ。

 ああ、美味しい。こんなに美味しい紅茶が飲めるなんて、内乱がある割りに随分とリッチじゃないの。一体どうやったの、新さん。どうでもいいけど。

 醒めた笑みを浮かべる自分を紅茶の水面に見止めて、ついつい失笑。

「嫌だなあ、ソロンさんたら。私もそこまで馬鹿じゃありません。ええ、解っていますよ。もちろん。何から何まできちんとね。こう見えても私、自分の発言にはきちんと責任を持ちますよ」

 にっこり微笑みかけると、いよいよソロンさんの表情に笑顔がさっぱり失われてしまった。あーららこらら。私しーらない。

 今しがたの自分の発言を省みず、私は心のうちでこっそりほくそ笑みながらも、また誤魔化すために紅茶のお代わりを外に控えるプリティメイドさんに頼むのだった。




 夜はさすがに一人の時間が持てるらしい。すっかりこの世界に慣れ親しんだのか、紺色の長衣に身を包みながら歩く新さんは、全く違和感の無い風情で夜の庭園を歩いている。

 お決まりの噴水の淵に腰掛け、隣をこれ見よがしにぽんぽん叩くものだから、仕方なく私もそこに腰をかける。これはお尻濡れるんじゃ? 借り物の衣装だからできるだけ汚したくないんだけど。

 庶民的なことを懸念しながら、無駄な足掻きとは思いつつもできるだけ浅く座った。

「はあー、しっかし、いい夜だねえ新さん」

「そうだな」

 お月様が随分大きい。クレーターが肉眼でしっかり見えるくらい。天体は日本で見るのとそう変わらないのね。はいはいおざなり設定乙。

 この際だから下世話なことは忘れてじっくり天然プラネタリウムを観察しよう、と空を見上げる。のけぞりそうな背中を、新さんの腕がさりげなく支えてくれた。

「おお、すまないねえ」

 言いながらも、目線は夜空。

 なんて綺麗なんだろう。あんなに綺麗なものなら、満天の星空の中のたった一粒でも、誇っていられるのに。

 途方も無い思いでそれをじっと見つめる。隣で弟が、私の横顔をじっと見つめているのにも、気づいていたけれど。

「姉さん」

「んー?」

 僅かに寂しげな声に、けれど目を向けずに私は答える。その代わりなのか、背中を支える新さんの腕が、腰をぐっと力強く包んだ。必然、込められた力に引かれて新さんの肩に凭れかかってしまう。それでも私は空から目を離すことをやめない。やめたくない。

「俺が黙っていたこと、怒った?」

 恐る恐るというよりも、まるで期待をかけるような声だった。変な新さん。私は思わず笑ってしまう。

「私が今まで新さんに対して怒ったことなんか、あったかな?」

「……無いな」

 また、寂しげに答える。腰にかかる指に僅かに、力が篭もる。私も、新さんに見えないほうの手のひらを、硬く閉じていた。

「新さん」

「なに」

「新さんはすごいよ。本当にすごい」

 言うと、新さんが息を呑んだのが伝わってきた。

 私は新さんが何かに悩んでいるだろうということは、当の昔に気づいていた。それこそ、ここに来る前から。でもそれに気づきながらも、あえて言及しなかった。私がそうしない理由もそれを意識していることも、新さんはとっくの昔に気づいていることだろう。

 私達はいつだって、お互いの心を読み取りながらも、口に出さないでいた。多分それは、これからも。ある意味で、寡黙なのは新さんの専売特許ではない、ということ。

「姉さん」

「うん」

「俺、もしかしたら――」

 その続きは、言わなかった。言わせなかった、と言うほうが正しいだろうか。私が新さんの肩に頭を乗せたから。

 何故それを止めようという気になったのか、解らない。少なくとも、ソロンさんと話していたときには無かった感情だ。今更、こんな感情抱くはずがないと思っていた。けれど気のせいかもしれない。しかし気のせいではないかもしれない。

 果たして弟の悩みが、今しがた言おうとしていたことが、この異世界に残るか否かの話なのだろうか。そうであろうがそうではなかろうが、私に知る術はない。ただそれ自体にして言えば、恐らく彼はこの十日間で答えを出すつもりなのだろう。

 私はそれを知りながらも、それを言いたくても言えないでいる弟の傍らにいながらも、ただ黙って満天の星空を見上げた。砂のようなその一粒が、どこかにいまいかと必死になりながら。

 新さんはソロンさんの上司の地位におられます。一応。つっこまれると困るけど。

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