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COMPLEX TRIP!  作者: Tm
第三章 佐藤かえで ~過去編~
27/37

  <幕間>佐藤かえでとおかしな悪戯

 お気に入り一千名越えありがとうございます。それとは全く関係ありませんがさも関係あるようなタイミングでハロウィン番外編をご笑納ください。本編とは関係ないギャグ、いえグルメ、いえ息抜きの幕間です。合言葉は『駄菓子菓子!』

 ハロウィーン。

 某説ではカトリックの諸聖人の日、万聖節の前晩に行われる伝統行事とされ、その起原はケルト人の収穫感謝祭より取り入れられた行事だと言う。

 諸説薀蓄はさておいて、こと日本ではいいとこどり楽しけりゃなんでもいいじゃん化けとけ化けとけ精神で、さも応対するのが当然とばかりに成人に満たない幼子が珍妙な格好でもってして親兄妹親戚近所のおばちゃんおじちゃんじーちゃんばーちゃん果ては幼児愛好家にまで食指を伸ばす(もとい伸ばされる)、聞きしに勝る菓子争奪戦線が繰り広げられる、戦国武将も真っ青な謎の行事である。

 かとも思えばこの行事、裏を返せば大人の入る隙は無い。外国の真似事の延長線で趣向を練った衣装を身にまとい参戦したところで、憐憫交じりの失笑でもってして試食のお姉さんに同情で一粒ハイチュウを拝借する、その程度の功績しか上げられないことだろう。

 駄菓子菓子だが しかし

 しからばそれが内輪でのみの話ならば勲功立てるは夢に非ずとは、さもあらんと思えよう。ええいまだるっこしい。菓子ではない。物ではない。そこにあるのは己の見立てた首一つ! 戦で勲功と言えば御印、御印といえば勝負、勝負とあらば、力と力のぶつかり合い! 者共立てぃ。もはやこれは稚児の戯れに非ず! 己の矜持を賭けた、これは、ここは戦場なのだ! 武器を取れ! 腰を上げろ! 必ずやその勲功、この手に掴んで見せようぞ!


 ――と、いうわけで、長い前振りで読者離れを程よく引き起こしたところで、作戦開始。

鳥筑とりいく尾亜おあ鶏意図とりいと! 御印みしるし頂戴、さもなくば、我が刃の錆にしてくれようぞー。ですよ。菓子おくれ、新さん」

 折りよく以前に調子ぶっこいて買っちゃったモノクロ縞模様の丈が以上に長い個性通り越してトリッキー丸出しのずるずるアシメTシャツフード付を羽織り、イザ出陣。ノックもなしに即訪問。思春期の少年相手に何たる仕打ち。

 駄菓子菓子!

 これもトリックの醍醐味の一つとは思いませんかね。例えそれが自家発電の途中であろうとも、戦は待ってはくれない。そういう大事なことを身をもって教えてあげようという優しい姉心の表れなのです。事前にデジカメを用意してあるとか、それを激写して今後に生かそうとか、そんなことは企んではおりませぬ。武士にあるまじき行いですよ、それは。ええ。なにはともあれ先陣きって特攻であります(もともと一人だけど)。

 新さんは勉強机に向かっていたようだ。とりあえず自家発電フラグは撃墜。ちっ。と思いきや、予測していたのかいきなりの闖入者に驚く様子もなく、彼はくるりと椅子を回転させ振り返った。

「よかろう。さもあらん、受けてたとうぞ一騎打ち。よくきたな、楓」

「げえ」

 あらお耳汚し失敬。だってあーたそれ、顔につけてるの、噂のスク○ームさんじゃござーませんこと。さり気に全身黒尽くめだし。コワッ。不審者的な意味で。

「し、新さん……それ……」

「楓が来ると俺が予測しなかったと思うか? 攻守が自分の手の内にあるなんて思わないことだな」

 なんか勝ち誇ってますけど格好が格好ですから。思わず『なにフザケてんの?』と冷めた声でつっこむところだった。危ない危ない。

「トリックオアトリートか。いいだろう、既に勲功は手配済みだ」

「は?」

「これを」

 訳知り顔(といっても面だけど)で物申す我が弟、どこぞより取りだしたるその箱を持ち、手招きをした。怪訝ながらも近寄る私に、彼はその箱を開き勲功なるそれを開示して見せた。

「こっ、これは……っ」

 開かれた神秘の扉の向こうには、幻と謳われるそれが、そこに鎮座していた。

秘宝堂ひほうどう限定一日十個販売単価千五百円の『ジュエル・ア・ラ・モード・プレシャス』。巷では幻のプリンと呼ばれ、予約販売は利かず己の足で並び買うしかない貴重かつ稀少なる逸品だ」

「説明乙ッ」

 漂う濃厚で芳醇な香りのハーモニー。配色配置大きさまで全てが計算されつくしたまさに一つ一つが宝石と呼べるほどの輝きを放つフルーツ。一切の形を損なわずそれらを引き立てまた盛り立てる冒されざる絶対の純白(クリーム)。そしてその中央に王者の如く鎮座する不動にて不滅の品格、主賓のプリン。更にはそれらをラッピングするかのように、優しく内包する繊細かつ美しい飴細工とチョコレートのコラボレートが添えてある。土台はタルト、いや、というより堅めのワッフルだ。見事なまでの曲線を描くその計算されつくした器は王者を守り湛えるベールのようにかたどられていた。

 美しい……恐ろしいまでのその存在感は嗅覚視覚のみならず五感そのものを支配する。もはや一体これは何漫画なんだと思わせるような感想を視覚の段階から既に抱かせる魅惑の一品。

 『ジュエル・ア・ラ・モード・プレシャス』。恐ろしい子っ。

「更に」

「なにっ」

 更にだと? 思わずそれに見惚れていた私を眺め、地を這う如き声でくつりと微笑んだ彼は、というかスクリ○ムは、更なるもう一つの秘宝を取り出した。

「同じく秘宝堂ハロウィーン期間限定一日十五個販売、単価千二百円カボチャのパイシュークリーム『シンデレラの休息』。例年より莫大な人気を誇ったあの泡沫の名品がこのハロウィーンの一月のみ復活だ。この秋これを食べた貴方は解けない魔法にかかっていることだろう」

「セールストーク乙ッ」

 まさに。ジュエル・ア・ラ・モード・プレシャスが王者たる資格を持ちえるならば、そう、この『シンデレラの休息』はまさに女王。

 手のひらサイズのコンパクトなそのパイは程よい焼け具合と大きさを保ち、その存在を誇示しすぎず、けれど確たる気品を湛えている。その肢体をまるでドレスのようにカボチャのチョコレートとブラックチョコレートとが絡み合うよう、織り込まれるよう、手編みのレースの如く軽やかに包み込んでいる。更に頂には無垢な少女の名残を思わせる初心な木苺がちょこんと乗っかり、可愛らしさの一面も兼ね備えている。そして極めつけは金粉。惜しげもなく、けれど下品にならない程度に全体的に振りまかれた金粉はそのシュークリームの完成された美を締めくくるのみに終わらず、食べる者に選ばれし者の栄誉と悦楽を味合わせてくれるだろう。

 頑なであり不屈のそれに一さじフォークを入れれば、きっと見えるだろう。甘くたおやかな、洗練されたその真の美《味》が――!

「って何だこれー。何グルメ漫画ー?」

「美味○んぼじゃないか?」

「いや洋菓子だし西洋○董洋菓子店だと思う。しかし……」

 ――どちらも、甲乙つけがたい。なんたる完成された逸品であろうか。それそのものがまるで芸術品だ。

 っとここで語りだすとまた長くなるから割愛するとして、この入手困難もいいところ過ぎて手を伸ばすことすら憚られるこの逸品をどうやって、新さん。仰ぎ見ると、○クリームの二つの覗き穴の向こうで、彼の双眸が怪しく輝いた気がした。

 こわいこわいこわいこわい、面外せ面を。

「勿論、並んで買った」

「新さんが……?」

「無論。午後十時開店により早朝五時起床、六時から並び始めた。その頃にはすでに人が七人並んでいて、危ないところだったな……」

 遠い目をしてふっと笑うスクリー○は、それだけで歴戦を潜り抜けた猛者の面差しを湛えていたと言う。というか誤魔化されそうだけど一介の男子学生が早朝から洋菓子屋に並んで限定品を買うってどうよ。いいの? ありなの? 昨今は普通なの? スイーツ男子ってやつ? なんでも男子女子つけるんだったら24時間男女でも歌っててくださいかしこ。

「つまり?」

「そう、つまりはこれを手に入れたければ――」

 何故だかヘッドライトもないのにス○リームにカッと後光が差した。

 ――錯覚が、見えた。

「全身全霊で悪戯を仕掛けろ。俺を、嵌めてみせろ楓」

 なんだあああめんどくせえええ。

「――見事俺が悪戯を回避できなければ、これは二つとも楓のものだ」

「なにっ。二つも!」

「駄菓子菓子。俺が勝った場合、俺の言うことをなんでも一つ聞いてもらう」

 ぐぬぬ。姉を限定品で釣ろうとはいい度胸だ新さん。よかろう。その勝負――。

「のった」

 がしっ。

 今ここに熱き魂がぶつかり合う――!

 みたいなアオリ文が、固く握り交わしたこぶしの上に見えた気がした。




 ――つまり、こういうこと。

 新さんは『攻守が自分の手の内にあるなんて思わないことだな』と、言った。ということはてっきり化かしあいなのかとも思ったけれど、彼はこうも言った。

『俺を、嵌めてみせろ』

 まさしく、当初の予定通り。しかしまあ本来の目的で言えば、お菓子をねだりつつもし用意していなかった場合は心行くまで嫌がらせしてやろうとか、そういう心積もりだった、のだけど、ねえ? 私が負けたら、つまり彼に仕掛けた悪戯が失敗したらペナルティが待っている。受けたのは時期尚早だったのだろうか。スクリームの奥でどんな表情を浮かべていたのか想像もせずただただ魅惑の二品に心奪われたあの時の自分が憎い。

 されど、幻の一品。危険を冒しても手に入れるに値する。しかも二つもだ。これは勝つしかない。彼奴が腰を抜かすような悪戯を仕掛けるしかない。どの道負ければ地獄。よもや死に物狂いで弟に悪戯を企てる日がこようとはこの姉、想像もせなんだ。

 しかし、気になることがある。どうして新さんはあれほどまでに自信満々だったのだろう。『嵌めてみろ』というくらいだから彼が受身側だということは前提として、仕掛けられるそれに絶対引っかからない勝算でもあるのだろうか。作戦タイムとして引き返した私だったけれど、これはもしや絶好のチャンスを逃したのだろうか。

 新さんが早朝に並んでまで勝ち取ったあの二品。裏を返せば新さんは以前からそれを企てていたことになる。ということはその心積もりだったということであり、あのファーストコンタクトで私が速攻で悪戯を仕掛けていれば成功する確率は今より高かったのでは? いや、予想していたのならばその覚悟も既に織り込み済みだろう。

 ならば今とて条件は一緒。この勝負、仕掛けるほうが色々と自由度が高く有利かと思っていたけれど、存外そうでもないのかもしれない。宣戦布告してしまった今、あちらもそれ相応の心構えが出来上がってしまっているだろう。それなら今更ちゃちなどっきりなど仕掛けたところでうまいこと驚いてくれる確立は格段に低い。普段より警戒心も高まっていることだろう。不意をつくのは難しい。かといって今この急場でどう彼に悪戯を仕掛ければいいのか。

 ――隙が、無い。

「しまった」

 愕然とした。勝った気で勝負に乗ったのがまず間違いだった。新さんの言葉通り、いつのまにか選択の余地もなくまんまと攻守を決められてしまった。

 ぐぬぬ生意気な。よもやこの姉を嵌めようとは、それでも弟か。ハンデくらいよこせ、小賢しい奴め。いや待てよ。嵌める。嵌めさせられる。嵌めさせる……。

 ――はっ。

「いいこと思いついちゃった」

 ルンルン気分で傍らの携帯に手を伸ばす。

 サブ画面には『17:35』と記されていた。




「しーんさん」

 あれからすぐに新さんの部屋をノックすると、新さんはさほど間を置かず扉を開けた。もう面は外しているらしく、ただ単に黒尽くめの格好なだけみたい。警戒してすぐには開けないかなと思っていたけれど、余裕の表れかそれほど緊張も見られない涼しい顔でお出迎えしてくれた。可愛くないの。

「なに。悪戯、思いついた?」

「うーん。思いつかないから、こうなったら新さんの油断を誘おうと思いまして。というわけで、夕ご飯まで一緒に下でゲームしようよ」

 下というのは、大画面のテレビある部屋、つまりリビング。あれで格ゲーとかモンハンやると爽快なんですわ、ええ。勿論映画もイケます。何はともあれリビングへ。新さんの答えも待たず階段を下りていくと、特に反論もなく新さんもついてきてくれた。

 精々余裕ぶってるがいい。

 心の中で大いに嘲笑いつつ、私は新さんと共にリビングにてゲームのセッティングを始めたのでした。

「楓」

 ゲームを始めて小一時間。隣りでコントローラーを握りながら敵を倒している新さんが、相変わらずの涼しい表情で画面から目を離さずに呟いた。それが聞こえてちらっと仰ぎ見るけど、私も顔は画面を向いたまま答える。

「なに」

「悪戯は諦めたのか」

「んなわけないじゃないすか」

「だよな」

 不毛な会話を繋げつつ、どんどん敵を薙ぎ払っていく。それにしても新のスコアが半端無い。もう私の倍以上いってる。くそっ、指何本ついてんだ。気を逸らす意味も含めて揺さぶりかけてみようかな。

「もしさぁ」

「うん」

「こうやって新さんをじりじり精神的に追い込むのが私の悪戯だって言ったらどうする?」

「それは」

 かちかちかちかち。と、コントローラーのボタンの音が耳につく。新さんが、傍らの私を見下ろした。

「楓がそれでいいって言うなら」

 かちかちかちかちっ。コントローラーを握りながら、操作しながら、新さんが言う。

「別に、それでも、いいけど」

 こ。わ。い。画面画面画面見て前見て操作して。どこに目がついてんの。お姉さんなんか寒気がしてきた。

 何気なく言ったそれは、恐らく新さんからしてみれば最悪、いや、邪道なのだろう。是と答えれば何をされることやら。

 寒気を感じて、私も目を逸らすことができなかった。勿論コントローラーを操作するなんて化け物じみた神業できるはずも無い。フルスコアたたき出すとか無理。無理だから。

「あ」

 若干冷や汗をかきながらなんて返そうかと逡巡したその刹那、救いのチャイムが鳴り響いた。きっと一条さんだ。私は新さんの無言の威圧から逃れるようにして一目散にドアホンへと駆け寄った。

『ああ楓ちゃん? ただいま。開けてもらっていいかな』

「はい」

 鍵でも開けられるけど、基本この家はドアホンで確認してから開けます。防犯諸々のためです。誰のためやら解説しつつ、ぽちっとなと開錠ボタンを押した。ちなみにこれ、一定時間たつと勝手にしまります、かしこ。

「あ、そういえば一条さん」

『ああ、わかってるよ。ちゃんと用意したよ』

「お手数おかけします」

『はいはい、じゃあ行くよ』

 軽快に言いながら、一条さんは画面から姿を消した。

 よし、あとは締めにかかるとするか。画面から目を離すと、後ろでは新さんが早々にゲーム機を片付けているところだった。時計を仰ぎ見れば、六時五十分を指している。もうじき夕食だ。しめしめと浮かぶ笑みをかみ殺しつつ新さんに話しかけようとした、そのとき。

「かえでちゃーん。ちょっと手伝ってー」

 お母さんだ。うーん、うむ。まあいいか。一人納得しつつ、ゲーム機を片付け追えた新さんに近寄った。

「新さん。私玄関に手動ロックかけちゃってたかもだから、ちょっと行って外してきてくれる?」

「うん」

 新さんは別段渋ることもなく、素直に頷いてリビングを出て行った。

 くっくくく。これで幻のスイーツ(笑)は私のものだ。その瞬間が見れないのは残念だけど、後はあのお方にお任せしよう。

 悪役さながらの笑みを浮かべつつ、私は再度呼んでくるお母さんの声に間延びした返事を返した。


 ――そして。

 私がキッチンに入るのが早いか、新さんが玄関のドアを開けて一条さんを迎えるのが早いか。その、刹那。


『うわっっっ』


 二人分の叫び声が、家に木霊した。




 ――さて。どういうことかと、言うと。私は新さんへの悪戯を、一条さんに仕掛けさせるという手法でもって企て、新さんは見事に引っかかってくれた。

 新さんいわく、『玄関開けたら鹿がいた』だそうです。驚かす手段はお任せします、とは言ったけど、まさか首から上がリアルな鹿のサラリーマンが玄関にいるとは、新さんは愚か私ですらも思いつかない。趣向懲りすぎ。その被り物の現物を目の当たりにして、そのあまりのリアルさに私でさえも思った。

 けれど、話はそこで終わりじゃあない。新さんは確かに私の悪戯に引っかかった。けれど同じとき私も、彼の策略に見事嵌ってしまっていたらしい。新さんは言っていた。

『攻守が自分の手の内にあるなんて思わないことだな』

 あれは言葉通り、そういう意味だったのだ。

 攻守が自分の手の内にあると思うな。即ち、攻守共々新さんの手の内にあると言う意味。その辺りのルールにおいて、明言しなかったのは私の過失だ。会話の流れから、自分だけが驚かす側だと思い込んでいた。

 勿論それを見越していた新さんは、抜け目なく手を打っていた。その下準備は既に終えていたからこそのあれほどまで余裕だったのだろう。そして私がいつ悪戯を仕掛けるかと待ち、私に疑問を抱かせないためにも受身の姿勢に入った。

 しかしそこで誤算があったらしい。一向に悪戯を仕掛ける気配が無い私。その辺りはまあ想定内だとして、その後の私にとっても計画に無かった不意の会話。それが新さんの企てに穴を作った。

『こうやって新さんをじりじり精神的に追い込むのが私の悪戯だって言ったらどうする?』

 意外なことに、この言葉は思いのほか新さんに打撃を与えていたらしい。ただし失望という意味で。もしもそれが私の本心ならば、これほど邪道なことも無い、と新さんは思ったらしい。そして私の怯えの表情。まさか本気か、と思ったところに一条さん帰宅で、私が誤魔化すように立ったために、それを新さんは本気と捉えた。ならば甘い考えの私に敗北の二文字を味合わせてやろうと最後の詰めを済ませ、失望と共に玄関へと向かった。

 私はというとお母さんの呼ぶ声に何の疑いもなく向かい、そしてまんまと罠に嵌る。はいはいとほくそ笑みながら向かった先に待っていた母の頭部は、奈良の大仏と化していた――。


「つまり」

 夕食を終えソファに身を沈めた新さんは、沈痛な面持ちで言った。

「ネタがかぶったと」

 イグザクトリー。なーんてしょっぱいオチざんしょ。アホくさくて笑えもしません。結果的に両成敗引き分け。目下私たちの目の前には、居場所を失った幻の二品が、居心地悪そうにそこに鎮座していた。

 あーあつまんない。絶対いい案だと思ったのに。まさかのネタかぶり。負けるより辛いわ。それは新さんも同じようで、屈辱のためか自身が買ったその二品を穴が開くほど睨みつけている。

 それもそうだ。私も同じだけど、自分と同じことを相手が思いつくかもしれないという可能性にどうして気付かなかったのか。名案だと思ったらなんだかそれしかない気がしてそうしてしまったけれど、新さんならば気付けたはずだ。大方私への罰ゲームを思い浮かべて判断力が鈍っていたに違いない。何をさせるつもりだったか知らないけれど、今更ながらにほっとする。

 ともあれば、引き分けでも結果オーライということだ。正し問題は、このデザート。私が勝ったら、二つとも。じゃあ引き分けだったら、これは一体どうなるのだろう?

「新さん」

「いや、駄目だ。負けは負けだ」

「新さんだって負けたじゃん! 一個くらいいーじゃないすか!」

「だから俺も楓には何も課さない。でも楓が一個食べたら楓だけがいい思いをするだろ」

 男の癖にみみっちい事言う奴だなー! 真のフェミニストは『ははは、勝っても負けても君に食べてもらうつもりで用意したのさ』とか言うところだと思うんですけど。

 けれど思いはしつつも、どうせ新さんの気持ちはこうと決めたら揺るがないので言わない。結果がどうあれ私は新さんを負かし、そして新さんに負けた。この宝石たちに手を伸ばす権利は、その瞬間に剥奪されてしまったのだ。

「うぐぐぐ、目の前にあるというのに……っ」

「言うな。俺だって勝っていたらと思うと」

 くっ。とか言って、新さんはめちゃくちゃ悔しそうに歯を食いしばっている。だから何をさせるつもりだったんですかね。我が弟ながら得体の知れない奴だ。

 それにしても、いやしかし、やっぱりもったいない! 諦めきれない! 君を愛してるんだー! ってこれは違うか。

「じゃあこれはどうするの。新さんが食べるの? そっちのほうが不公平だと思うんですけど」

 言うと、新さんは苦虫噛み潰したみたいに目を逸らした。毎度の事思うけど、苦虫だろうがなんだろうか虫を噛み潰した時点でそりゃあ嫌な顔にもなると思う。例えですけど。例えなんですけど。

「これは勝者のみが食べることを許される。つまり……」

「お母さんが食べるんですよー。かえでちゃん」

「なにっ」

 その至極の品を、小さな手のひらが大事そうに、けれど有無を言わせず持ち上げた。お母さんだ。いつのまにか傍らに迫っていたお母さんが、私の、私のケーキを掠め取った。私のケーキを掠め取ったのです。大事なことなので二度略です。

「わーい戦利品ですよ始さん」

「よかったね」

 同じく傍らでいけしゃあしゃあと温和な笑みを浮かべる始さんこと一条さんが、無邪気に笑う私のお母さんに頷き返す。

 って打ち合わせ済みかーい。どうりで一条さん快諾したわけだ。そうか、それで新さんはこれほどまでに悔しがっていたわけか。新さんが勝ったらデザートは二つお母さんに渡る取引で、例えそれがうまくいかなくても一条さんづてに一個だけでも手に入る算段。策士。我が母親はやっぱり我が母親でした。

 愕然とする私を前にして、二人は罪の欠片も無い笑顔で和気藹々と相談事を始める。

「始さん、どっちを食べたいですか?」

「紅葉さんはどちらがいいのかな」

 質問に質問を返すのはいかがと思うんですけどどうせお母さんが食べたいほうと反対の方を選ぶつもりで聞いているんだろうなあと思うのであえてつっこみませんよ。ええ、つっこむ気力もありませんとも。

「どっちか迷うんですよねえ」

 悩ましげに、けれど選ばれし者が浮かべることの出来る贅沢な苦笑を浮かべ、お母さんが小首を捻る。きいい奈良の大仏だったくせに。おでこにスイッチみたいなのついてたくせに。

「じゃあこうしよう。それぞれ半分ずつ食べるんだ。そうしたらどちらも食べられるよ」

「ああ。それすっごく名案。そうしましょうそうしましょう」

 ボツ。ボツ。ボツぅうううう。

 にこやかに頷きあう二人を前にして必死に念を送る私。そんな未練がましい私を、同じく新さんが未練がましく見つめていたとかいないとか。

 だからなにをさせるつもりだったのかと以下略で御座います。お粗末さまでした。

 読了感謝でございます。次話より再び本編をお楽しみください。

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