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COMPLEX TRIP!  作者: Tm
第一章 一条姉
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一条姉とメイドさん

 ――うららかな春の日差し。とかいう使い古された一文がこと似合う風景。

 鶯よりも薄い黄緑色の小鳥が足元をちょんちょんと小刻みに飛んでは、床にある何ともとれないものを摘んで、またちょんちょんとそこかしこを飛び回る。

 陽光と織り交ざる木漏れ日の中で聞こえるのは、小さな小鳥の囀りと、風に擽られる木々のざわめき。それから、ポッドから注がれる茶褐色の液体がカップに注がれる音。つまり紅茶。お紅茶。

 うーん、いい匂い。いい天気だし、ちょうどいい気温だし、平和そのもの。ここがどこのヨーロピアンかという一点を除いて。

「カエデ様。ミルクは如何ですか」

「ああ、はい、お願いします」

 にっこり微笑まれたので、こちらもこれくらいかな? と同じ程度の微笑を返してみる。

 見るからにメイドさんな格好をした目の前のメイドさんらしきメイドさんは、心得たとばかりに頷いて、手ずからちょうどいい具合のミルクを足してくれた。つまりこれってロイヤルミルクティー?

 いや、違うな。そうじゃない。これはあれだ。異世界トリップというやつ。人事なので、わりとすんなり納得できた。納得って言うか、まるまる他人事。

 となるとこの猫耳が著しく似合いそうな金髪猫っ毛くるくるパーマで碧眼のお姉さんは、ヤツを、ご主人様と呼んで慕っていたりするのだろうか。うーん、絵的には問題ないけど、いかんせんイメージが学校の制服のままなのでちょっとアブノーマルな裏設定がごろごろついてきそう。この場合新さんは常道で言うと鬼畜眼鏡生徒会長設定ってところかな。新さんはまだ副会長だけど。

 いや、駄目だ。鬼畜にするにはちょっと口数が少なすぎる。うーん、いや、でも、放置プレイとか視姦プレイなら新さんにも可能な範囲かな。新さんムッツリスケベっぽいし。あくまで私の主観のみの印象だけど。

「カエデ様」

「あのぅ……」

「はい」

 彼女が何か言いかけたのを失礼ながらも遮ると、特にそれを遺憾に思うでもなかったのか微笑み返してくれるメイドさん。よく教育されてるなあ。笑顔がすごく気持ちがいい。やっぱりその辺のコンビニのバイトとは指導の質からして違うんだね。感嘆。

「あの、敬称は必要ありません。それに敬語も。私は彼とは違いただのおまけなんです。したがってお姉さんが敬う必要のない端役なんですよ」

「まあ、うふふ」

 名前も知らない即席命名プリティメイドさんは私の発言のどこかが可笑しかったのかからからと笑う。それでも、口元を優雅に押さえつつ、穏やかに首を横に振った。

「そういうわけには参りません。何せこの国の最高峰におられるお方の、曲がりなりにも姉君様でいらっしゃるのですから」

 曲がりなりにも。うん。まあ当たらずとも遠からず。根性は捻じ曲がっていると自負しておりますが。

「……さいですか。お気を煩わせてしまい恐縮です」

 まあ、こういうパターンなのも読めていた。それはそうかと肩をすくめ、大人しく紅茶を啜る。

 うん、美味い。家で、というか新さんのお家で頂く味と同じくらい美味しい。ということは、新さんちで出されていたお茶は最高峰である王室の味と大差ない、というかそのレベルだったということか。とんでもない事実を再確認できたことに、表面上は微笑を浮かべつつも、果てしない動揺が私の中に産まれていた。人間、知らなくていいことというのは、知るべきこと以上に多いのかもしれない。

 うららかな春の日差しを浴びてにこやかにお茶を嗜む一方で、いやに冷や汗が治まりきらない、そんな午後のティータイム。もとい、新さんお仕事中につきおまけのお姉さんはおもてなしでお留守番中、だった。




 事の始まりは、あらゆる時点でのハプニング。つまり不測の事態。私にとっても、新さんにとっても、そしてこちらの皆さんにとっても。


「突然お呼び立てして申し訳ありません! ですが閣下に火急お知らせしたいことが――」

 例の、目も潰れんばかりの光に包まれ辿り着いたそこは、どこの舞台ですか? とばかりに煌びやか且つ鮮やかな世界だった。緋色の絨毯や、逆にどうやって繋げたんだと不思議になるほど長く傷一つ見当たらない真っ白な石柱に、それに繋がっている天をつくほど高い天井、そして見事なモザイク画が描かれたステンドグラス。

 とりあえず一通り見回してから、横で呆けている新さんを見て、その傍らで更に同じ顔をして呆けている人に目を向ける。

 さっき何かを言いかけていたのはこの人か。純白の衣装に身を包み、額にサークレットをつけている、黒い長髪の男の人。さっきまで慌てていた様子だったくせに、呆気に取られたように私を見ている。

 あーあ。人生で何度味わったかしれない既視感に、毎度同じ感覚を抱く。

 つまり、お呼びじゃないと。ハイハイ解ってますよ。余計なお荷物がついてきちゃったみたいで、お邪魔しましたね。解っているので、呆けている弟の右手を、ぱっと離した。

「新さん」

「――え、あ……か、いや、姉さん……」

 珍しく、弟の目が泳いでいる。知られた、って顔。ああ、秘密ね。主人公にはありがちだもんね。まあ、でも、私にとっては新さんの秘密を知ろうが知るまいが大した問題ではないけれど。

「その人たち、急いでるって。聞いてあげないの?」

 驚いた様子で、みんなが私を見る。なにそれ、と思いますよね、ホント。驚きたいのは、むしろ驚くべきなのは、私でしょう?

 でも解ってる。ここは驚くところじゃない。読者はそんなところにページを割かれても嬉しくもなんともない。そんなパターンは恐らくは新さんの時点で既に目を通しているのだろうから。だったらモブはモブらしく、あってもなくてもかまわない頁稼ぎ程度にしか使えない出番を大人しく待って居ればいいのです。

 ――こうして、物語の進行を促した私の言葉を合図に、その後の物語は再び新さんを中心にして進行していったのだった。



 つまり、どういうことかと、言うと。富豪の一人息子であり、先だって副会長に就任し、インハイで主将を務め、眉目秀麗文武両道の冠を戴く、私の誇るべき弟は異世界召還されていたらしい。

 驚愕の新事実、というよりももう一つテンプレが追加された、といったほうが正しい。

 つまりはこれでもかというほどチートな弟は、別世界でもチートだったらしい。ここまでチート属性がついていると、もはや何かのファッションか何かのように誤解されかねない。

 しかし新さんが文字通りどこの世界でもチートという事実は、思った以上に私に驚きを与えず、むしろすんなりと納得させてしまったのだった。新さんほどチートの似合う男は居ない。これが数年かけて身にしみた目下の事実であり、私の納得した理由。

 されど、ここで一つ問題が。新さんは異世界召還されていた。された、ではなくされていた、らしい。しかして、その心は。


 事の発端は中学三年生に上がったばかりの頃。先だってのような眩い光に包まれてこの世界に召還された我が弟は、所謂世界最強の力を以ってして、召還されたお国のために戦乱に喘ぐ民を救った、らしい。受験勉強の傍らで。

 そこまで聞いたところでそういえば私はその頃何をしていたかな? と記憶を遡ってみる。そうだ、そうそう、そういえばその頃は人生ゲームに嵌っていて、やたらと子沢山で車に乗り切らない子供を抱えた新さんにお腹を抱えて笑っていた、ように思える。つくづく平凡というか、語るに及ばない日常を送っていた私。

 の、傍らで新さんは見ず知らずの人々を、国を、混乱から救い上げ、平定していったと。ちなみにその時に弓を習い、うちの学校にはアーチェリー部がなかったために、弓道部に入部したらしい。

 へえ、そう、そうなんだ。せめて弓道部があってよかったねえ。私はにっこり微笑んで、続きを促した。何故だか新さんは無表情ながらも妙に釈然としなさそうなものを瞳の奥に抱きつつも、話し出す。

 それで国を揺るがす悪、つまりこの場合は王様だったらしいんだけど、その人を倒したはいいものの、その後のアフターケアがまだあったと。

 ちょっと待てと、ここで誰もが聞きたいであろう、いや正確に言うと私はもう察しがついてはいたのだが、読者諸君に極めて親切であろうとする姿勢、もしくは『ご都合展開過ぎるんじゃボケ』等とつっこまれまいとする作者の死に物狂いの意を汲み、あえてそれをたずねた。

「新さん学校行ってたよね? 別に失踪してないよね」

 まあ異世界召還されている間は大抵その世界間では時間軸の流れが違えど経過する時間に差異はそれほどないものであるらしく、現実世界、というか元いた世界では失踪扱いもしくは誘拐、果ては死亡として処理されるパターンなのだが、新さんに限って言うとそれはなかった。私は毎朝新さんの顔を朝食時に垣間見ていたし、夜パジャマ姿で歯を磨いている姿も時折目にしていた。失踪したことなどないし、恐らくは外泊さえも殆どしていなかったはず。

 当然の質問に、新さんも当然のように答えた。

「こちらとあちらでは時間の流れが違う。学校から帰ってこちらに赴き、夕食前には帰ってきていた」

 へえー、そう。でもその答えじゃきっと読者は満足できないと思うから、結局『やっぱりご都合展開じゃねーか舐めてんのか』と罵倒を浴びせられるのは必至じゃないかと私は思うんだけど、いいのかな、別に。罵倒されたいのかもしれないしね、もしかしたら。

 まあとにかく学業の傍らこっちで国を平定しつつ英雄になって受験に合格し首席になりつつこの国の最高峰に上り詰めていたと。へえー、そう、がんばったんだねえ、こっちでもあっちでも。

 私の感想に、新さんは素直にこくりと頷いた。ふうん。あっそう。うんうん相槌を打ちつつ、そろそろこの穴だらけの設定補完展開にも飽きてきたので本題へと、と話を切り替えた。

「で、今回はなんの用で呼ばれたの?」

 なんか余計なモブB、つまり私も予想外についてきてしまい吃驚していらしたけれど。あのぽかんとした顔ときたら。どっちが呼ばれたんだか解らない顔だったよね。

 ぷくく、と忍び笑いを漏らすと、新さんは疲れたようにため息をついた。あら、珍しい。新さんがため息をつくなんて。

「実はまだ大公殿下の即位に納得していない旧王権一派がレジスタンスをけしかけて暴動が止まないらしい。それでまた脅迫状が届いてそれが爆発したものだから、テロだ何だと混乱して、それを収めるべく俺が呼ばれたんだけど……」

 へーえ、王室が混乱したからまだ年端もいかない高校一年生になったばかりの男の子に助力を求める、ねえ。ふうん。すごいね。

 一言で済ますと、新さんはますます深いため息をついた。どうやらお疲れのようだ。それはそうだろう。いくらチートでも疲れるときは疲れるし、どこの世界に学業と異世界召還の両立を図る16歳がいるだろうか。いやいないだろう。ここにいるけれど。

 ほんの少しだけ同情となんやかんやを覚えた私は、項垂れる新さんの頭にテーブル越しに精一杯手を伸ばし、わしりわしりと撫でた。新さんは何も言わず、私に撫でられ終えるまで頭を下げたままでいた。

「しかし、そうとなると問題は私か。思わずついてきちゃったもんね。ごめんね新さん」

 どうやら隠しておきたかったらしいし。でもしょうがないよ。秘密が漏れるのは主人公補正の一つだから。この場合補正と取れるかどうかはよく解らないけれど。

 悪気の欠片もない私に、新さんはなにやら決まり悪そうな顔をする。首を傾げると、彼は普段機微の少ない表情を僅かに、いや当社比で言うと心底困ったように崩して、さぞや言いにくそうに歯切れ悪く呟いた。

「ごめん、は俺の方だ。向こうに帰れば、一時間と経っていないだろうけど、こちらでは帰るまであと、十日はかかってしまう」

 へえ、そう。それはつまり、こちらではあと十日は経たないと帰れないけど、むこうに戻ったところで一時間と経っていないということか。

 読者のために解りやすく纏めなおすと、新さんは本日何度目かのため息と共にこくりと頷いた。

 可愛げのない姉貴でごめんなさい。

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