コトリバコ専門の怪異屋さんは閉店しました
ゆるいホラーテイストですが、一部残酷な描写があります。
ご注意ください。
世の中には怪異を作って売る人がいることをご存知だろうか。
ないならば、つくってしまえ、怪奇現象。ってね。
とりあえずそういう人がいるんだ。
例えば地縛霊。
地縛霊の作り方は、作りたい場所で、その場所でしかできないような方法で人を殺し、そのあと……ってこれ企業秘密なんだっけか。危ない危ない。
うっかり漏らすと地縛霊屋のサクヤに、店の前に地縛霊作られちまう。
そうなったら商売上がったりだ。
話を戻そう。
そういう、怪異を売る奴のことを、怪異屋さんと呼ぶ。
そして俺。
俺はコトリバコ専門の怪異屋さんだ。
【コトリバコ(子取り箱)】
念の為説明しておくと、コトリバコは箱型の呪物で、子供、もしくは妊娠中の女性に呪いをかける為の物だ。
作るにはそれなりの代償が必要だが、一度作ってしまえば、あとは対象の家に置くだけで効果を発揮する代物である。
――――――
とある冬の、肌寒い日のことだった。
どこにでもあるような商店街。その目立たない奥の通りに、ひっそりと建つ小さな店の、薄暗く狭い部屋の中。
俺は目の前の爺さんを見つめた。
この爺さんが、本日のお客様である。
ぱっと見、爺さんは7、80代に見えた。
随分と特徴的な爺さんだ。
浅黒い肌にサングラス。曲がった背骨の上に、重そうだけど洒落た上等な着物を着込んでおり、老人にしては、随分とハイカラなご趣味をお持ちのようだ。
また普段俺の元へ迷い込んでくる、世の中から見捨てられたようなくたびれた人々とは違い、お金に困ったり、何か不幸に見舞われているようには思えない。
先程も、荷物持ちのような男たちが、この爺さんの足元に色んな荷物を置いて行ったばかりだ。
「で?」
俺は片眉を上げながら、爺さんの方を見た。
爺さんは鋭い眼光で、俺を見つめかえしてきた。
「あんたがコトリバコの怪異屋さんか。その……コトリバコ。それを作るための材料はこちらで用意した。金も、言われた分だけ払う。だから1つ、つくってほしい」
爺さんはそう言って、俺の目の前に重厚なジュラルミンケースをどかりと置いた。
……普通はクーラーボックスとかに入れてくるんだけどな、材料持参の場合。
俺は置かれた大きなケースを警戒するように見つめた。
因みに俺のコトリバコは、材料さえ集めてしまえば、それをひとまとめにして1、2週間漬けて置くだけなので、作り方は至極簡単である。
問題は、3、もしくは4つの材料の方だ。
・まずは子供(0〜9歳までが望ましい)の身体の一部、もしくは全部。
部位が多ければ多いほど、呪いの効果は増すが、大体の場合、使うのは指である。
呪う相手を殺すまではいかないが、半殺しくらいまでなら持っていけるし、指の場合、子供を生かしたまま作れるからだ。
・次に臍の緒。
産まれたての赤子の物が望ましい。あれば、呪いがより強力になるが、なくても問題ない。
・家畜の血。
豚でも牛でも、なんなら鶏でも構わない。
1番用意しやすい。
この血に上記2点を沈めて最低でも1週間置く。
人間の血でも代用可能。
・最後は、上の3つ全部を入れる為の木箱だ。
この木箱は俺の一族に代々伝わる特殊な方法で作っている。
作り方を知りたい奴は、俺の口座に10億振り込んでから話しかけてくれ。ご来店をお待ちしている。
そういう訳で、もし爺さんが材料を正確に把握しているのならば、このケースに入っているのは子供の一部と家畜の血だろう。
「開けるぞ」
俺がケースに手を伸ばすと、爺さんは無言で頷いた。
「これは……」
カチャリと、ケースを開ける。
中を確認して、俺は眉を顰めた。
ケースの中には、確かに指と、臍の緒と、血の入った袋が詰められていた。
だが。
「これはなんだ?」
ケースの左側を指しながら、俺は爺さんに聞いた。
爺さんは俺の隣に来て、俺と同じくケースの中を覗き込む。
「それは指だ。俺の子供たちの指。俺が……俺が殺しちまった子供達の……指だっ!」
スンッと鼻啜ると、爺さんは目頭を一度きつく押さえた。
「ありったけを集めた。全部で59本以上ある」
「59!?」
「59だ」
爺さんはしみじみと頷いた。
「この指……えーと……ぶっ……といですね?」
「そんな訳ないだろ。全部小指だぞ」
爺さんは愛おしそうに指を撫でる。
「綺麗なもんだ」
しばらく感傷に浸っていた爺さんはハッとして俺の方を見た。
「最低でも59本あるが、全部で何本かは数えてない。ほら……何人かは出せる小指が1本しか残ってなくてな。足りるか?」
俺はポカンとしたまま、肩をすくめた。
「普段使う指は7、8本だけど……」
「なら十分だな」
爺さんは、ぶっきらぼうに頷くと、次にケースの右上を指差した。
「臍の緒もある」
「カピカピですね」
「当然だろ、生まれて何年経ってると思ってんだ」
何言ってんだ、というような顔で爺さんは俺を見つめた。
「子供達の家から持って来てもらったんだ」
残っていた家は少なかったがな、と爺さんが自重気味に笑う。
「最後に家畜の血」
爺さんはケースの右下を示した。
「みんなで飼ってたぴーちゃんの血だ」
「ぴーちゃん……」
「ああ、立派な雄鶏だった」
「あっ鶏……」
爺さんはジロリと俺を睨んだ。
「ぴーは見事な鶏だった。朝にはアラームの代わりに皆を起こしてくれたもんだ……」
「あー。だからぴーちゃん?いや、家畜の種類とか性格はどうでもよくてですね」
俺の言葉に、爺さんは満足そうに鼻から息を吐き出した。
「なら必要なモン全部揃ってるって確認できたろ?いっちょ立派な箱を頼むわ」
「……ええと、作る前に確認なのですが、コトリバコは文字通り、主に子供にかけられる呪いです。それはご存知ですよね?」
俺は恐る恐る爺さんの様子を伺った。つい敬語になってしまうのは仕方ないだろう。
爺さんはかったるそうに数度頷いた。
「フン、俺を誰だと思ってやがる。当然だ。俺は……俺はなあ!島田組の、島田寛治の野郎の子供達を呪い殺してやるって誓ったんだ!」
ダァン!と、目の前の爺さんが机に拳を振り下ろした。
衝撃で何本かの指が宙を舞う。
何本かの……入れ墨の入った指が。
「島田組のガキ共!総勢138名!呪い殺してやるよぉ!」
俺は白目をむいた。
ヤ、ヤクザだ〜!!!
「えっと、島田組すか」
「そうだ。南の区民センターの隣に拠点を持つヤクザだ」
爺さんは頷いた。
「奴ら、卑怯にも頭の俺が高血圧で入院してるときに抗争仕掛けてきやがったんだ!」
爺さんは唾を飛ばしながら叫ぶと、もう一度机を叩いた。
再び色とりどりの指が宙を舞う。
そんなに激昂して高血圧は大丈夫なんだろうか。
その後、爺さんは如何に島田組の連中を相手取り、人数の少ない自分の組が勇敢に闘ったかを、こと詳細に、身振り手振りを交え、ドラマチックに説明してくれた。
俺はケースの中の太く逞しい、剛毛の生えている指指を見ながら、ぼんやりと、小指のとこまで入れ墨入れる人って結構いるんだなあなどと考えていて、全然聞いていなかった。
「……けど、人数の差は、どうにもならなかった……」
話の終盤に差し掛かった爺さんは、ケースの上にポタリと涙を1滴こぼした。
「59人……俺を含めて60人いた組は、いつのまにか、30人になっちまってた……。俺が不甲斐なかったんだ、俺が殺しちまったようなもんだ……。死体は全部、俺の屋敷に埋めた」
(その屋敷の方が、俺のコトリバコより強力な呪いを持つ忌み地になってませんか?)
俺の脳裏に、ピアスが両耳に死ぬほどついてる、地縛霊屋のサクヤの顔がチラついた。
これ、あちらの案件なのでは?
どうやってこの依頼を断ろうかな……俺は考えながら口を開いた。
「コトリバコ、やろうと思えば作れるんですが、必要な材料は子供の指なんですよね。ヤクザの指じゃなくて」
爺さんの額に、ビキビキと血管がはっきりと浮かび上がった。
「俺の子供達は子供として不十分ってのか、ああん!?それは死んだ子供たちの分と、生きてる子供たちが俺の為に切り落としてくれた大切な指だぞ!そんなに血の繋がりが……「いえいえ血の繋がりとかじゃなくてですね」」
俺は爺さんを遮り、説得を試みる。
「お爺さん常識的に考えてみましょう、子供の指ですよ?子供って言ったら、子供です」
「なんで怪異なんてつくってるやつに常識を説かれないといけねえんだ」
うーんごもっとも〜!
言い返されてしまい、俺は黙り込んだ。
次の断る理由を探す。
と。
ドサドサドサと、大量の何かが、考え込む俺の前に置かれた。
「10億ある。殺ってくれ」
「殺りま〜す!」
俺は笑顔でずっしり重い札束詰まった紙袋たちを抱きしめた。
「えー納期なのですが、約2週間ほどですね、あとになります。呪い殺せる準備が整い次第ご連絡差し上げますね」
俺は両手を胸の前で揉みながら、爺さんをにっこり満面の笑みで接待した。
――――――
コトリバコ。
大勢の人が、見た目はただの、なんの変哲もない木箱を想像する。
だが、俺の作るコトリバコは違う。
最初はそれこそどこにでもあるような木箱に見える。
ただそれに中身を詰めて、1〜2週間置くと、“個性”が出てくる。
積み木が好きな子が入っていた時は、積み木のおもちゃのような切り込みが入っていたし、好奇心が強い子の時は、箱の外側に目がついた。
そしてヤクザの指総勢59名分が収められた箱は……なんというか、ザ・ヤクザ!な見た目になった。
右側からはメリケンサックっぽい金属が飛び出しているし、その横にはお土産物屋さんに置かれてそうな龍の模様が浮かび上がっている。
盃の模様に、左側にはサングラスっぽい模様さえある。
そして桜の花びらが全体に散っている。
ほんとヤクザ。すっごいヤクザ。見事なヤクザ。
しかし1箇所……右側手前の角にだけ、場違いなショッキングピンクの、少女がつけてそうな、可愛らしいリボンが生えていた。
59本の中には立派なおじ指しかなかったので、1人少女趣味のヤクザでもいたのだろう。
「この箱を、島田組の家のどこかに、見つからないように置いてください」
爺さんと最初に会った日から2週間後。
そう言って俺が爺さんに箱を渡したとき、爺さんはこのリボンを見て、「幾三……!」と呟き、涙を堪えていた。
少女趣味は幾三のものだったらしい。
幾三、お前の趣味、頭にバレてんぞ。幾三誰か知らんけど。
コトリバコ……ヤクザバコ……?いやコトリバコか……を依頼人に渡したら、俺の仕事は完了である。
あとは知ったこっちゃない。
俺は真っ直ぐ区民センターの隣の島田組の屋敷に向かう爺さんの逞しい背中を見送った。
――――――
爺さんにコトリバコを渡して1週間後。
買い物帰り、駅前のバス停で、おばちゃん数人が区民センターの隣で起きた事件について大声で噂しているのを聞いた。
どうやら区民センターの隣の屋敷で、死因不明の大量の死体が発見されたというのだ。
その屋敷で生き残ったのは、島田寛治という男だけだったらしいが、その島田寛治も、警察の事情聴取中にふらりと消えたまま、行方不明らしい。
「警察が血眼で大量死の原因を探してるけど、いまだに何も見つかっていないらしいわよ〜怖いわねぇ〜!」
この噂が聞こえてきたとき、俺の脳内ではイマジナリー幾三が「行くぞ野郎共!」と島田組の屋敷中に待ち構え、組員達を呪い殺していく様が再生されていた。
事実は知らない。
俺は人の多い駅前から離れ、寂れた商店街へ、家がある場所へと足を向けた。
自然と俺の足は早足になる。
一刻も早く帰りたかった。
10億円が隠されている、自分の家へ。
10億だ。
10億も!
爺さんに箱を渡してから、何度ニュースを確認したことか!何度、隠された10億のことを想い、存在しているか、盗られていないかを確認しては、厳重に隠し直したことか!
まさか、おばちゃんたちの噂で島田組の結末を知るとは思わなかったが……いつでもおばちゃんたちの井戸端会議には、近所の特定の情報がどこよりも早く豊富に含まれているものだ。
いや、いい、いいんだ。情報源など、この際どこでもいい。
大切なのは1つだけ。
俺のコトリバコはちゃんと務めを果たした!
これで金を返せと爺さんが部下を率いて乗り込んでくることもあるまい。
家に帰ったら祝杯をあげよう。
俺は10億で何をするか妄想した。
億ションを買おう!女性をいっぱい侍らせたいな。
浴槽を札束でいっぱいにして、それにダイブするのはどうだろう?
ああ。
俺は綺麗に澄んだ青空を見上げた。
非課税の10億あるなら、俺は怪異屋さんを引退しよう。
――――――
玄関の鍵を開けて、昼なのに光の殆ど入らない、暗い店内に入る。
「ただいま〜!」
テンションの高い俺は、俺の帰りを待ってくれていた1 0億円に挨拶した。
「おかえり」
予期せぬ返事と共に、バタンと俺の後ろで玄関のドアが閉められた。
「アンタ一人暮らしなのに挨拶するタイプだったんだな」
「!?お前は……!」
俺がバッと振り向くと、そこにはピアスまみれの男、地縛霊屋のサクヤが立っていた。
なんと新しく鼻の穴にもピアスが増えている。
「地縛霊屋のサクヤ!!!」
俺は警戒心をあらわにして、1歩後ろに下がった。
ピチャリ……
俺の足元から、粘り気を感じさせる音が鳴った。
恐る恐る、自分の足元を。俺の後ろに広がる店の床を見た。
そこには、知らない爺さんの惨殺死体があった。
死体の周りに大量の血が流れ出て、床を覆い尽くしている。
「島田寛治からの依頼だ」
地縛霊屋のサクヤはニヤリと笑いながら言った。
「最期の最期で原因がアンタのコトリバコだとわかったらしい。だからその呪いを施した奴に、自分を使ってくれていいから、呪いをかけてくれと依頼された。だからそこで殺した。その死体は島田寛治だ」
地縛霊屋のサクヤは顎で俺の後ろを示した。
「なんで……原因が呪いだって……!コトリバコだって、見た目はただのおもちゃみたいな箱なんだぞ……?!」
地縛霊屋のサクヤは肩をすくめた。
「さあな。箱についてたリボン?で殺した奴が関係してる呪いだって気づいたらしい。依頼人も正気を半分失ってたからな、ぶつくさ言ってたが俺にはよくわからなかった」
幾三のせいじゃねえか〜!!!!!!
俺は脳内でイマジナリー幾三を張っ倒した。
許すまじ幾三。というか島田寛治にも趣味バレてたのか幾三。どんなやつなんだよ幾三。
俺の全身からブワリと脂汗が吹き出しては滴り落ちる。
早くこの場から逃げ去りたかった。
俺は自分の足元を見た。
島田寛治の地縛霊に、しっかりと握られていて、動かせない足元を。
「じゃ、俺は行くな」
地縛霊屋のサクヤは軽く手を振って玄関を開けた。
「あばよ、商売敵さん」
「待ってくれ!!!」
俺は力の限り叫んだ。
「ご……いや、じゅ、10億……、10億やる!だから命だけは助けてくれ……!」
地縛霊屋のサクヤは、馬鹿にするようにフンと鼻から息を吐き出した。
「10億なんて金額、お前が持ってる訳ないだろ。そんな金額、冗談でくらいしか言わないぜ」
そう言うと、地縛霊屋のサクヤは玄関から外へ出て、消えた。
ギィィ……バタン
玄関のドアが完全に閉められ、暗くなった室内に、俺は取り残された。
ビチャリ
島田寛治の左手が、俺のふくらはぎを掴んだ。
ビチャリ
島田寛治の右手が、俺の太ももを掴んだ。
地縛霊の指先は恐ろしく尖っており、更に人間離れした力を持っている。
俺は島田寛治の指先の形にめり込み、ダラダラと血を流し、激痛を訴えガクガク揺れる脚で必死に立ちながら、音もなく涙を流した。
「や……ほんとにさ……あるんだって……10億……」
俺のか細い声は、暗闇に溶けて、消えた。
最後までお読みくださりありがとうございました!
息抜きに書いてみた、初めて短編なので、誤字脱字、ここ読みづらいよ〜分かりづらいよ〜とかがあれば、お手数をおかけしますが教えて頂けると嬉しいです!
いじいじします。
どうぞよろしくお願いいたします。




