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初めまして地球の者  作者: 想造力


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8/10

青い海

一晩を何事もなく越し、日の出前に目を覚ました。一晩のうちに空は雲に覆われ、霧雨でぼやけた地平線に薄紫色や薄橙色が広がり、それを頭上に映る半月型の空球の光が中和していく。空は変わらず金の混じる雲が真珠のように光り、その風景は俺を夢心地にする。

「アストラ、起きろ。海に出る準備をするぞ。」

そう言ってその金属の立方体ををコツコツと叩くと、思考モジュールのLEDが白く点灯した。

「おはようございます。では、早いところ船を組み立てましょう。」

船というのは、車の形態変化のようなものだ。タイヤを畳み、車の周りについたチューブを膨らませれば簡単に浮かぶし、エンジンもそのまま使える。しかも金属的な見た目に反して錆びにくいらしい。便利なものだ。

「グゥゥーー」

ルイジュが起きた。

「ルイジュ、行くぞ。」

「うん、いく」

俺はルイジュに手招きして、筏のようになった船、もとい車に誘導した。

「それじゃアストラ、頼む。」

「了解です。」

昨日と同じようにアストラは船の上にモジュール別で散らばり、少ししてエンジンが始動。俺は運転席に座って操縦桿を握りしめ、思い切りアクセルを踏む。すると、軽快で力強いエンジン音とともに船が加速を始めた。

「こりゃいいな。楽しい。」

思ったより車と操作感が変わらず、強いて言うなら若干ハンドルが軽くなったくらいだろうか。とはいえ操縦の難易度は格段に上がった。

そうして見渡す限り霧雨に包まれながら沖合まで乗り回していると、途端にルイジュの様子がおかしくなった。

「なるみ…おぇっ」

「船酔いしたようですね。初体験は重いらしいので、早くマシになるといいですね。」

確かにこの船は小さいうえ、俺が操縦に慣れていないせいで揺れまくる。自ら運転しているおかげか俺自身はあまり酔っていないが、ルイジュに関してはアストラの言う通り、かなり苦しくなるだろう。

ザプンッ

途端にルイジュが海に落ちた。一瞬慌てたが、そういえば彼女は人魚だった。そう、心配することはない。

案の定すぐに水面から顔を出し、「ボプッゴボポポッ」と何か話すように口から気泡を立てた。苦しむ様子もないし、やっぱり水中のほうがしっくりくるのだろう。よく見ると、首筋に真っ赤なエラのようなものが展開している。スクリューでケガしないかだけが少し心配だが、確か金属網がかかっていたはずだから問題ないはずだ。

アストラは視覚モジュール内のカメラをくるくる回しながらルイジュの様子を観察していたが、ふと何か思いついたように言った。

「鳴海さん、ルイジュさんにカメラを持たせてみてはいかがでしょう。水中の撮影を任せられるでしょう。」

「おお、名案だな。」

アストラの発想には感心する。早速カバンから水中カメラを取り出して電源と録画ボタンを押し、ルイジュに「これを頭につけてみて」とジェスチャーで催促した。ルイジュは口いっぱいに含んでいた海水を吐き出し、カッカッと小さく咳払いしている。

「これ?」

「カメラだ。」

「きゃめら」

若干発音が違うが、面白いのでそのままにしよう。彼女はカメラが付いた小さいベルトを頭につけ、ほどなく水中に潜っていった。


三十分ほど経って、ルイジュが船に戻ってきた。船を常に走らせていたから遅れていないかと少し心配になったが、野暮だったらしい。俺たちは早速そのカメラをアストラのモニターにつないで動画を再生した。

『…メラだ。』『きゃ…ら』

俺とルイジュの声が聞こえてきた。

「アストラ、もうちょっと音量を上げてくれ。」

「わかりました。こちらを見るようであれば、運転を変わりましょうか?」

「ああ、そうしよう。」

俺はハンドルとアクセルから手を放し、ルイジュとアストラのモニターがある荷台へ移動した。ルイジュは目を輝かせながらモニターを眺めている。アストラの運転になったことで船が安定した。

『ザポン…コポポポ…』

丁度潜ったところだ。カメラは青緑色の水面に透かした白い雲を映し、濁りの少ない水中には光の柱がちらついている。次はカメラの下半分にルイジュの体が映った。ルイジュの体は元の肌色を忘れさせるようにアワビ真珠のように独特な色を反射させ、ちらりと映った尾のうろこは不思議な模様を浮かべている。体は七色にギラギラと輝き、まるでガラスの彫像が動いているようだ。

「おお…。」

言葉を失ってしまうほどに美しい。なぜこの星はこんなにも色鮮やかで綺麗なんだろう。

そして、ルイジュはためらうことなくその暗い海底へ突っ込んでいく。海水が澄んでいるおかげで遠くまでよく見える。ここからでも海底が絵画のように彩られていることがわかる。

カメラの先に大きな魚が映った。それは俺たちが少し前まで食べていたものと同じ、独特な光沢で黒光りする生き物だ。だが、俺たちが見たものよりも色鮮やかだ。こいつはどこにでもいるのだろうか。そういえば、朝ご飯を食べていないな。

「ルイジュ、さっきこいつを食べたか?」

「たべた、うん」

ルイジュは何をいまさらというような表情で返事をして、若干細長い舌をぺろりと唇に這わせた。あれを食べたということは、…つまりそういうことだろう。

ガッ

プチッ

気が付けば、その魚は視界の下で見切れていた。泳ぐときの特徴的な音が完全に消え、その魚が反応する間もなく接近を許した。視界の端に見える黒いうろこの色がスッと淡く濁っていき、いつの間にかあのいつものうろこの色に変わった。と思えば、視界の下から妙に滑らかな光沢のある赤い煙が立ち上り、みるみるその青い風景を覆い隠していく。

「…アストラ、五分ほど動画を飛ばしてくれ。」

「わかりました。」

五分飛ばした先の映像は、群青色の海底だった。なんだか周囲だけ明るいと思ったら、ルイジュの体が光っている。圧力で発光するらしい皮下の発光器官はこのためのものだったのか。周りには奇怪で派手な模様のウミウシのような生物、クラゲが重なったような見た目の生物、蛇のような生物が舞っている。そして足元には、立体フラクタル的な網状の石か骨のようなものが何層も重なり、中から細く白いミミズのような生物が何十匹ものぞいている。少なくとも地球とは似ても似つかない。そしてそれらに一貫して特徴的なのは、体色が青系で統一されていることだ。

ルイジュは船を追うように海底をしばらく泳いだ後、船に向かって上昇を始めた。

俺はカメラのあの真っ赤な画面を思い返し、心臓にかつて知り得ないような圧迫感を覚えた。


空球がちょうど天頂に達したころ、俺は運転席に座ってボーっと船を直進させていた。ルイジュは俺が運転する船に乗りたくないようで、さっきからずっと船の近くについて泳いでいる。そんな彼女は顔だけ水面に出し、さっきからアストラに日本語を教えてもらっている。

「あ、い、う、うぇ、お」

「え、です。」

「あ、い、う、え、お」

「そう、良いですね。」

まるで小学一年生の国語の授業みたいだ。声の調子もあって、「若い男性教師と未就学だった少女」という感じがする。どちらも地味に声が良いせいか、ドラマをノーカットで流し聞きしているような気分だ。

もはや出発地は霧の中に消え、周囲を見回しても島の影一つ見えない。かなり沖合に来たらしいが、さっきの水中撮影時と比べて海の色味がほぼ変わっていない。

大して深い海ではなかったため、おそらく深さが変わっていないのだろう。まさか同じところを回っていないかと一瞬ヒヤッとしたが、方位磁針が南を前に向ける方向に進み続けているため、その可能性はまずない。

「あれ?」

待てよ、そういえばこの星は連星だ。空球はいつでも変わらず同じ位置に浮かび、空球もまた陸と思われる模様がほとんど変わらない。

つまり、この連星はそれぞれがそれぞれに同じ面を向けた特異な潮汐固定状態にあるということになる。

となると、昨日の夜に見たオーロラは両惑星の潮汐と磁場によるものだろう。

その場合、双方に作用する磁場の向きはいつでもほぼ変わらないはず。

嫌な予感がした。俺の仮説が正しければ連星間の磁場が強力に作用し合っていて、方位磁針は少なからず空球方向を向くはず。最悪、完全に空球を向く可能性はある。頭の中では理論を否定しつつも、好奇心は方位磁針を上に向ける。

はあぁ。

「アストラ、ルイジュ。たぶん…遭難した。」

しばしの沈黙の後、ルイジュの頬下を撫でていた腕モジュールを放し、アストラが「え?」といった様子で応答した。

「方位磁針はどうしたんですか?」

「それがな、これを見てくれ。」

俺は水平に持った方位磁針を、アストラに向けて少しずつ傾けた。

「ああ…、理解しました。」

横を向いて止まっていた針が、左回りに六十度ほど回って真上を向いた。それは即ち、この海球では方位磁針が地球のように使えないことを意味していた。

「少なくとも、空球の方向を向いていますね。まあ現在は空球のほぼ真下にいるようなので、実質的に方位磁針が利かないようですが。」

「?」

どう考えても致し方ないが、ルイジュは理解していないようだ。遭難して最もまずいのが、着陸船の位置に帰還できないこと。

「アストラ、着陸船のGPSは見えるか?」

「距離と惑星外の環境によってうまく捕捉できません。」

「しゃーねぇな、こうなったら進むしかねえか。」

無意識に口調が崩れてしまう。こうなったらもうヤケクソだ、調査できるだけして、その後で着陸船を探すしかない。正直脈なしと言わざるを得ないが。

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