仲間
俺が彼女に会いに行くと、決まって楽しそうな笑顔で出迎え、試作品を紹介してくれた。彼女に会いに行くたびに「02」「03」「05」と機体が更新されていき、そのたびに基盤は整理され、部品は増え、動作がより多彩になっていく。その過程を見るのが、たまらなく楽しかった。
約三年が経過したころ、彼女は「Prototype」を作らなくなった。彼女が「試作品だからPrototype」と言っていたことを思い出したが、何を言っているのか理解できなかった。もしかしてロボットを作るのをやめるのかと心配したが、とんだ間違いだったらしい。
「今回からは本番だよ。試作品で作ったものを詰め込んで、上司たちをあっと驚かせてやろうじゃないか。」
彼女の顔は、いつにも増して挑戦的で楽しそうだった。
以前このロボットの使用用途を聞いたことがあった。すると彼女はお決まりの顔で得意げに言った。
「大した心意気なんかないさ。私が作っているのは、様々なミッションの補佐をするAIロボットだよ。宇宙開発のアシスタントだ。考えてごらん。宇宙船に人が乗っていなければ、機械を金属で包んで飛ばして万事解決さ。だけど、機械だけだと火事場の判断がヘタクソで、前例のない問題が起こった時に対処しきれないんだ。かといって人を何人も宇宙船に入れると、居住空間、酸素や水や食料の倉庫、その他もろもろ、船内にあまりにも多くの空洞が生まれてしまうんだ。」
多少は知識を積んだ俺は、「人がいなくてもダメだし、人がいすぎてもダメ」ということを理解できた。
「それなら、一人の人間を全力で守るアシスタントロボットを作ればいいんだ。人間の判断力と機械の計算力を同時に使えるし、宇宙船の空洞も最小限に抑えられる。画期的でしょ?」
俺はふと思った。
「じゃあ、なんでお父さんたちに教えないでって言ったの?こういうものの開発って、あの人たちに補助してもらったほうがいいんじゃないの?」
「それはね、あの人たちの頭が固いからだ。ずっと機能性や実用性、コスパや軍事用途しか考えていない。AIロボットは『創造物』だと。自らの富しか考えられないつまらない人たちね。」
お父さんへ皮肉を言われた気がしたが、実際お父さんは頭が固かった。
「このロボットに手を付けられるのは、私たちみたいにAIロボットは『相棒』だと思える人間じゃないといけないの。あの悲しい人たちにそんな情緒のある人になってもらうために、私はこのロボットを理想通りに完成させなくちゃいけないんだ。教授に交渉に行ったときは特に細かいことは説明しなかったんだけど、開発許可をもらえた時は驚いちゃった。だから鳴海くん、一緒に頑張ろうな。」
この時の彼女は夢が現実になりつつある現状を見て、期待と楽しみで声が弾み、笑みすら抑えられていなかった。
だが今はどうだろう。事がうまくいかず、どうしてもイライラしている。
このとき、彼女は大きな壁に衝突していた。それは、これまでの案すべてを一つの機体に組み込むにはどうすればいいかだった。俺の案こそほとんど通らなかったが、それでも全体的な採用案の数は十を超えていた。基盤一つに複数の案を組み込み、キャパシティが許さなくなったら基盤を新しくする。ここで現れる問題は、他でもない小型化だった。
本番を作る宣言をしてから半年が経ったが、番号は「Astra_Unit-04」で止まっていた。機構を削れるだけ削り、最小限の機構を保持したままロボットに組み込んだが、どうにも彼女は納得いかないようだ。
「これじゃ人間を守れない。」
彼女は最初に掲げた目標をいつでも忘れなかった。だからこそ妥協できず、疲れで思考が偏ってしまっている。
俺は考えた。彼女の今の最も近い目標は「機構をすべて機能するように機械内に収めること」。これが解消できれば彼女はまた、俺の好きなあの顔で笑ってくれるはず。
俺は彼女が少しでも休めるように尽力した。彼女は次第に印象が崩れていき、明らかに苛立ちと疲れを顔に塗りたくっていた。だが不思議なことに、俺には一度たりとも嫌味な態度をとらなかった。俺は、彼女に休むよう催促し続けた。
「お姉さん、寝ないの?」
「寝れないんだ、どうにも思考で気分が高揚しちゃってね。」
「お姉さん、マッサージしてあげる。」
「ありがとう。考え事をしてあまり感想は言えないかもしれないけど、助かるよ。」
「お姉さん、散歩に行かない?」
「ごめん、動ける体力が残ってないかも。」
彼女は頑なに休もうとしなかった。というより、休めない状態なのかもしれない。彼女は気晴らしさえもしようとしなかったから。
ある日、俺は近所の保育園にいた。家庭科の授業で保育園に実習に行くことになり、俺が割り当てられたグループは二才児のところに行くことになっていた。ある子は絵本を読んでもらい、ある子は黙々とジグソーパズルを組み立て、またある子はカーテンの裏で寝ていた。俺はある女の子と男の子に連れられて積み木の城を作った。城ができたら彼らは人形を持ってきて、ごっこ遊びを始めた。最終的に城は崩されてしまってちょっと物悲しい気持ちになったが、外遊びの鬼ごっこが思いのほか楽しくてそんなことは忘れてしまった。
その日の夕方に彼女の研究室に行くと、彼女は珍しく机に突っ伏して寝ていた。彼女の横にはカップラーメンの空カップと下手な割り箸が、その目の前には立方体型の箱が十個積まれていた。試しに一つ手に取ってみると、中にはおがくずとマグカップが入っていた。他の箱も内容は同じで、とにかく何か贈り物だろうかと感づいた。少なくとも落としさえしなければ大丈夫そうだ。
俺は保育園の積み木を思い出しながら、その箱たちを積み重ねた。ふと、八つの奇怪な基盤が目に映った。
「あの基盤、箱ごとに分けたらよくない?」
そんな至極単純な思考が頭を過った。誰だって思うだろう、箱のサイズがあまりにも基盤とぴったりなのだ。
俺は八つの箱を立方体型に組み立てた。そして想像する。
「これがロボットとして動いたら」
日が落ち始めたころ、のそのそと彼女が起き上がってきた。顔を上げた先には立体に組み立てられた白い厚紙でできた箱たち。俺は近くにあったホワイトボードのマグネットをすべて端に追いやって、椅子を使って身長を稼ぎ、構想をペンで書きまくっていた。彼女はぼそりと「私は寝落ちしたのか」と呟き、彼女は箱をつついて言った。
「私が寝てる間に何かしたかい?」
その口調に苛立ちはほぼなく、ただ寝起きの声で純粋に問いかけられた。彼女が持つマグカップの入った箱はやはりそこそこの重量があり、寝起きの弱い握力ではとても持ち上げられない様子だ。
「お姉さん、俺、閃いたかも。」
俺から発せられたその声は、過呼吸気味に興奮した様子の口調だった。彼女のほうを向こうにも全身が緊張してうまく動かない。腕もさっきから小刻みに震えっぱなしだ。ついに完成したホワイトボードには、八つの立方体が一つにまとまり、自在につながりを変えながら動く絵があった。大きな立方体型にまとまる絵、六つの立方体を前後左右上下に広げて中心の二つの立方体を囲うような形の絵、蛇のように一列につながる形の絵。他にも考えつくだけ描きこんだ。
彼女は最初、ぼーっと絵を眺めるだけだった。しかし、次第に眼の色を変えて視線をぐるぐると動かし始め、疲れを消し飛ばすように表情が変わっていく。
「これ、君が考えたの?」
震える声で俺に言った。俺は自信満々に返事をした。
すると、滝のように彼女が飛びついてきた。
「すごいじゃん! 斬新で最適だ!」
彼女は俺の顔に力強く抱き着いた。その勢いで彼女の常人より少し大きな胸が顔面に押し付けられ、息が止まりそうになった。過剰なまでに努力したであろう彼女からは濃い汗のにおいがして、服もかなりパリパリしていた。「きっとあの挑戦的で楽しそうな笑顔が見られる」と思って彼女の胸から這い出して俺が顔を上げると、彼女の目線が上を向き、まぶたが閉じていくのが見えた。次の瞬間、彼女の体重が一気にのしかかり、彼女は寝落ちてしまった。彼女は、笑みの余韻を残した顔で眠っていた。
空球と海球が見つかったのは、確かこのあたりだった気がする。




