二連星
十年ほど前、地球公転軌道上のトロヤ点L4で地球と同じ半径を持ちながら地球よりも小さい質量を持つ、二つの共通重心軌道を持った惑星「空球」と「海球」が発見された。
これだけでも世界中の人々が度肝を抜かれるような成果なのだが、世の天文学者たちは少し違った。「なぜもっと早く見つけられなかったのか」と己のプライドにキズをつけられたのだ。自棄になった天文学者たちは、この二つの星の観測や探査、研究を目的とした世界的な宇宙探査研究機構「SERA」を創った。
目標が定まっているとはいえ、もちろん一筋縄ではいかない。民間とSERAによる連星の情報収集を目的とした一度目の無人探査がいい例だ。
結果は概ね成功。約半年の歳月をかけてようやく本来の目的は果たしたが、急にプツリと音信不通になってしまった。原因は連星の複雑な重力圏に対応しきれなかったこと、そして連星間にあるプラズマの輪に探査機の通信機がやられたことの二つが主だった。
だがそんなことはもはやどうでもいい。探査機が得た情報はいつの間にか世界に公開され、影響された天文学者は当時からかなり注目を集めていたSERAに続々と集まった。そして、瞬く間に「空球」と「海球」が解析されていく。うち「海球」は目を見張るような環境だった。白金色の雲、真っ青な海、緑の陸。まるで地球のようだ。
ある若い研究者は言った。
「ヒトを送ってみましょうか。」
ほんの冗談だっただろう。だが、宇宙の美しさに溺れた研究者たちは本気にしてしまった。
それよりさらに昔、俺は小学校に進学して間もない無垢な子供だった。自宅の近所にある北辰工科大学で教授を務めるお父さんが仕切る管轄に奇しくも立ち入ることが許されていた俺は、ある日「瑞野 凛」と書かれた研究室にふらりと入った。安っぽい灰色のデスクの上、パソコンの画面の「Astra_Unit-Prototype01」という文字と、気持ち悪いほど何個も何行も並べられた記号と数字。その隣のデスクの上にあるそれは、大きな緑の板の上を数えきれない量のコードが躍る、あまりにも見るに堪えない何かだった。見た目通り奇怪に動き出すのかと思いきや、ただランプが白く点灯するだけ。見上げると、一人の若い女性研究員がいた。彼女は笑っている。小さくガッツポーズまでして。
「お姉さん、なんで喜んでるの?」
彼女は俺の声に一瞬ぴくっと反応し、きょとんとした顔で俺を見た。
「ん-?」
彼女の顔が急に近づいた。俺は驚いて少し後退したが、彼女は構わず不思議がるような表情で俺の顔を見つめた。少しして、思い出したように顔を上げた。
「あー、鳴海教授の息子さんね。なんで私が喜んでいるかって、そりゃ自作の機械が動いてくれたからさ。君も、思い描く理想が実現したらうれしいだろ?」
俺は彼女が何をしたかったのかが理解できなかった。だが、彼女はよりいっそう嬉しそうな笑みを満面に浮かべていた。が、その時の彼女の顔だけは鮮明に覚えている。子供の目で見ても一瞬で分かるほど、彼女は綺麗だった。
「君、このロボットの開発を見たいかい?」
彼女はその不思議なものを見て言った。俺の耳に、考えもしない提案が飛び込んできた。俺はこれがロボットだということに今初めて気づいた。そんなよくわからない世界の入り口を見つけたような気分で、ついぽろりと言った。
「見たい!」
彼女は眼の色を変え、挑戦的で楽しそうな顔で俺に飛びついた。
「じゃあ約束だ。このロボットは君に合わせて作ろう。その代わり、ここで私が何をしているか、他の研究員には絶対に言わないでくれ。君のお父さんにもだ。いいね?」




