信頼
アストラにこれまでの体験談と挨拶を伝言として送信させ、ようやく一息ついた。
とはいえ現状ほとんど動けないうえに、腹も膨れていよいよ体が「寝れ」と急かしてくる。既に日も落ちきって、ぬるい風が肌を滑る。
「二人とも、俺はもうちょっと寝るよ。明日には多少マシになってるといいけどな。」
「わかりました、おやすみなさい。」
「ん、おやすみ」
アストラは四本の腕を巧みに伸ばし、部屋にいくつか置かれたランタンを回収した。よく見ると、中に蛍のような虫が数匹飛び回っている。
「ギヴルの中に生息する羽虫だそうです。あの樹があそこまで神聖視されるのは、この虫が一因になっていそうですね。空球が見えない場所である以上、火も電気もないこの世界で、夜に灯る唯一の光となりますから。」
真っ暗な暗闇において、光を求める生物はそう少なくない。巨人らが本来夜行性だという仮説は正しかったようで、昼に見た橙色のランタンが倍以上の数になって街を照らしている。
とはいえ、さすがに黒い肌の巨人たちは目立たない。暖色系の光だからなおさら見えづらい。街並みが気になるし、体調が整えば周囲を探検してみるのもいいかもしれない。
いよいよ睡魔が乱暴に眠気をぶつけてくる。アストラたちはすでに部屋を出て、どこかに行ってしまった。
俺はどさりと仰向けに戻り、目を閉じた。
数日が経過し、関節痛はかなり回復した。多少の違和感はあれど、聴覚や味覚も正常に戻っただろう。ひとつ問題点といえば、過剰な感覚に慣れてしまったせいでだいぶ鈍感になってしまったことだ。
日が昇りきって太陽光がさんさんと降り注ぐ時間に目を覚まし、そろそろいいだろうと巨人たちの見舞いに行くと、部屋に誰も居なかった。
「ギイィ」
後ろから男性的で太い声が降る。振り返った先では、テリアが籠を抱えて俺を見下ろしていた。
大きめに形作られた部屋の入り口を埋めるほどの巨躯、構造は違えども明らかに屈強な筋肉。あまりにも威圧感が大きい。
「『どいてくれ』と言っています。避けてあげてください。」
その後ろからアストラの声が鳴り、とっさに部屋の奥へ飛び退ける。テリアはそのまま部屋の真ん中に腰を下ろし、籠の中からあの赤い果物を取り出した。どうも取れたてのようで、前のように萎んでいない。そして少し後、後続するように巨人たちがぞろぞろと戻ってきた。
「もう回復したようですね。これから果物の下処理をするそうです、私たちも手伝いましょう。」
テリアの持っていた籠にそれぞれが持つ果物をゴロゴロと投げ込み、それを大きく囲うように右からアストラ、テリア、テン、ルビン、ノア、ルイジュ、ルネット、そして左にアムラといった感じで輪になって座る。
テリアが全員に針のようなものを投げ渡し、スモモのような果物のヘタを弾いていく。俺も真似してみるが、梅の下処理のようでなかなか難しい。
そして、なぜかアムラが時々ちょっかいをかけてくる。頬を針と反対の丸い部分でつつかれたり、服にひっかけて軽く引き伸ばされたりする。
「アムラ、なるみにこわがられた、あんぜん、しょうめいしてる」
あの首をモロつかまれた時のことだろうか。もはや気にすることでもないのだが、もしかして引きずっていたのだろうか。
「じゃあ、俺はどうすればいい?」
「さわってみればいい」
触ってみる…とりあえず、頭を撫でてみた。どうも彼女のちょっかいのかけ方が小学生に似ていたからだ。
すると、目を見開いてあからさまに赤面し始めた。何事かとルイジュのほうを見ると、「あっ」といった感じの、どうも何かやらかしたかのような面持ちでこちらを見ている。
「…あたまさわるのは、ちょっとかじょう、せつめいたりなかった、ごめん」
「えっと、何も知らずにやっちゃったけど、これはどういう意味になるんだ?」
「代わりに説明します。まず、彼らはかなり肉体的に強い種ですよね。そのうえで頭を撫でる行為に、撫でる相手に対し『信頼に値する』『許す』というようなニュアンスが含まれていることは間違いないです。ですが、本来は手を撫でるなどの行為が主に使われる場面となるので、おそらくアムラさんはそれより若干進んだ意味として受け取ってしまった可能性がありますね。」
アストラが珍しく早口だ。俺よりも巨人たちへの理解が進んでいる感じが何とも形容しがたい感覚になる。
アストラが言ったとおり、今度は手を撫でてみた。するとアムラは少し落ち着いたように筋肉を緩め、俺に向かって少し笑いかけてきた。
まあ、これで償えたっていうなら、あの騒動が解決したということにしてもよさそうだ。




