伝言
アストラが去った途端、急に腹が鳴った。そういえば海を離れてから丸一日、ほとんど何も食べていない。
「ルイジュ、何か食べ物はないか?」
ルイジュはすぐさま部屋から出ていき、いくつかの籠や器を抱えて帰ってきた。中には干し柿のような赤色の果物や薄ピンク色の生肉、それから木の皮のようなよくわからないものが入っている。
「これはどうやって食べるんだ?」
早速その木の皮のようなものを手に取り、ルイジュに説明を求める。それは木の皮というよりジャーキーのような手触りで、岩のように硬い。
しかし、ルイジュは籠から取り出したもう一枚の皮を、そのまま豪快に噛み千切った。そして、さも当然のようにボリボリと嚙み砕き、「そっちの番」と言わんばかりに催促する。
どうも歯茎の奥までチクチクと痛み始めたので、これは完治後のために取っておこうと元の籠に放り込んだ。
この薄ピンク色の生肉は、おそらくこれまでよく食べてきた黒い魚のものだろう。だが、俺がよく知るものより繊維がつぶれていて脂質が無い。元々肉質が固めの魚なので、叩いて柔らかくしたんだろう。
これならまあ、かろうじて食べられそうだ。一応食べやすいように細かくしてもらおう。
最後に、真っ赤な干し柿っぽいもの。見た目は砂糖漬けのようにしわしわで、俺の予想通りなら甘いお菓子のはずだ。
「これはどんな味なんだ?」
「これすっぱい、ルイジュはすきじゃない、ルネットはすきらしい」
海で生活している以上、甘酸っぱいような果物に慣れていないのかもしれない。もしかして人魚は完全肉食性の生物なのかもしれない。だとしたら、あの皮は肉なのだろうか。
一通り見たが、なんだかんだ言って全部美味そうだ。顎と歯が不調なのが勿体ない。とりあえず皮以外は食べられるだけ食べて、より強烈になっているであろう旨味と甘味と酸味を舌と喉で受け止めた。
「只今戻りました。」
そう言って、アストラが部屋に戻ってきた。
「遅かったな。どうだった?」
「樹の中に突入していった四人は、一人残らず昏睡状態でした。外で待機していたテリアさんとルビンさんは比較的軽傷なようで、ほかの四人の看病をしていました。」
「彼らとは話してないのか?」
「はい。あまり刺激すると神経が壊れてしまうとのことで、即刻追い出されました。」
「じゃあ、どこか寄り道していたのか?」
「いえ、どうもこの辺りは磁場が比較的弱いようで、母船のステラから伝言を受け取っていました。」
ステラといえば、今母船の操縦桿を握っているロボットのことだ。
「内容は?」
アストラはしばしの間沈黙し、次の瞬間聞いたことのない機会音声が流れ始めた。
『地球より伝言です。音声ファイルを受け取ったので、そちらに転送します。そうだ、母船は今現在も問題なく八の字軌道を公転中です。そちらは問題ありませんか?…………了解しました、今後とも順調な調査の進行を願っています。そちらから何か伝言があれば、二時間以内に送信してください。』
「これがステラからの伝言です。次は音声ファイルを再生しますね。」
母船では手話しか使えなかったステラだったが、こんな声だったのか。そうしてしみじみしていると、どこか聞き覚えのある、懐かしい声がアストラから発せられた。
『鳴海くん、アストラ、久しぶり。瑞野だ。』
俺はとっさにガバッと起き上がり、ふいに「お姉さん…」と呟いた。
『これを聞いてるならおそらく君らは生きているってことだろう。今回は追加の任務の告知と、一つ気に留めておいてほしい事象を知らせるために通信を行うよ。』
まだ何とも言えないが、何だか不穏だ。
『まず追加の任務についてだが、海球において最も研究価値のありそうな生物を数種、地球に持ち帰ってほしいんだ。基本的には君らの主観的な選択で構わないが、脱走の危険性が高い生物、もしくは持ち帰っている最中に死んでしまうような生物でないことを絶対条件としてくれ。理論上は上限三百キログラム程度なら追加しても問題ないから、安全な範囲で好きなだけ持ち帰ってくるといい。』
元々この星の特異な物質や植物のサンプル回収が主な目的ではあったが、ついに動物まで視野を広げたか。というか三百キログラム追加しても安全な宇宙船とは一体…?
『それから気に留めておいてほしい事象は、小惑星帯から発生した小惑星の破片がそっちに飛んで行っているという情報を受けたことだ。大半は流れ星となって消えると思うが、そっちは重力が弱いらしいからな。大きい破片が直撃することは無いらしいが、ニアピンする可能性は十分にある。到達までは約一週間、完全に安全とは言い切れないから、注意しておいてくれ。』
一週間後に隕石が降り注ぐ可能性ありと。これは怖いな。
『こちらからは以上だ、幸運を祈るよ。何かあればステラに伝言を送信してくれ。じゃ、地球で待ってるよ。』
そう言って、音声がプツッと音を立てて終了した。




