暗闇の中上(旧海野の少し変わった日々)
1朝。
ピッピッピピッピピッピピッ…
かすかな電子音が部屋に響く。
秋から変わったばかりの、少し寒い冬。
昨日、横の大きな窓のカーテンを閉め忘れたせいか、余計寒い。
窓の外を見ると、大小さまざまの植物が、あまりの寒さに縮こまっている。
僕は一人が住むにはもったいなすぎる広さの家の一角で、こじんまりと敷布団を敷いて三重の掛け布団にくるまっている。
どれくらいもったいないかというと、たぶん従業員3人の極小企業が、新宿に本社を置くぐらいもったいない(わかりずらくてごめんなさい)。
「ピピピピピピピピ…」
横にある小さな目覚まし時計が鳴っている。
体に刺さるような、電子音。
「うるさいなぁ…もう少し寝かせてくれよぉ」
と、僕は毎朝のように目覚まし時計に向かって言う。(目覚まし時計をセットしたのは自分だけどね。)
「チュンチュン」「チュチュチュチュチュチュ…」
朝から群がって庭で合唱会を開いてやがるスズメ。
そして、朝から耳元で時限爆弾のタイマーみたいな気になって仕方がない電子音。
いつも通りの朝。スズメのさえずりが目覚まし時計の音と混ざって、うるさい。
僕はいつも通り、この重装備の布団から出たくないという思いが奥底に芽生える。
そして、もう少し寝ていたいので、そばにある目覚まし時計に、アラームをセットした"自分への怒り"を込めながら壊す勢いでこぶしを振り下ろして目覚まし時計を止める…
…はずだった。
そのこぶしはかすかに時計をかすめ、目標を失った後、ちょうど近くにあった"かたい何かの直方体"の角にぶつかった。
「ドゴォン」という不気味な音とともに、こぶしは思いっきり地面にたたきつけられた。
「いたっ」
痛みが振動となって骨を通り全身に響きわたる。体から「ジンジンジン…」と聞こえてきそうなぐらいの痛さだ。
「ピピピピピピ…」
そんなことも知らずに、昨日の自分の指示に従って鳴るやかましい目覚まし時計。
そして、「そのうるさいのを何とかしろ!!」と言わんばかりにやかましいほど鳴くスズメ。
僕はその痛みと目覚まし時計とスズメらによって強制的に目を覚まされた。
外に目をやると、太陽がほぼ完全に出ていて、まぶしい。
ピピピピピピピピ…
「まだ鳴っていやがる。」
と、僕は皮肉を込めた言い方で目覚まし時計へそう言い放ち、目覚まし時計を止めるためにボタンへそっと手をやった。
「ピッ…」という音を立てて、ようやく目覚まし時計が止まった。
目覚まし時計を止めた途端、うるさくなくなったからかスズメは去っていった。
「あーでもそろそろ起きなきゃ…」
僕はそう言いながら、布団から出た。
2起床…
掛け布団は、たたんで押し入れに入れる。
掛け布団だけを入れるにはもったいないぐらい広い押し入れは、昔この家は… いや、やめておこう。
「あーさぶいさぶい。」
そんなことを言いながら僕は布団をたたむ。
(あれ、今日何かあったような…)
たたんだ布団も、押し入れに入れる。
布団をたたみ終わったころ、大事なことを思い出した。
「あっそうだ!今日市役所に臨時のアルバイトに行く日だ!」
思わず僕は叫んだ。
思い出した。最近、風邪が流行っていて職員がいないので、アルバイトで来てくれる人を募集していたんだっけ。
たしか今日8時に市役所集合だったはず。
外を見るともう完全に太陽が出ている。
不安になり、時計を見る。
「今は…7時38分!!」
集合の8時まで30分もないのか。
市役所付近までは自転車でだいたい20分ほどかかる。
こういうことで毎回いろんなことで遅れるから、何度か自動車を買おうとした。だけど高すぎるからやめた。(あと免許持ってない)
だから仕方なく電動アシスト自転車を買うことにした。
電動アシスト自転車も結構値段するけど、自力でこぐよりはましだと思った。
そのおかげで、遅れることが少なくなった。
(急いでこげば15分ぐらいで行けるかな…)
と考えていたら、もう7時39分。
「とりあえず急がないと!」
僕は意味もなく叫び、とりあえず朝食をとることにした。
3急げ。
とりあえず、すぐにカロリーが取れる「ビッグカロリー チョコレート味 ブロック」をくわえながら、着替える。
服に食べかすがつくけど、そこは気にしない。
脱いだ服は、数メートル離れた洗濯カゴへ向かって投げ入れる。
今回は運良くすっと洗濯カゴへ入ってくれた。
でもそれで「入った!!」などと喜んでいる時間はない。
急いで着替える。
ちょうど「ビックカロリー チョコ…」を食べ終えたころに、着替えは終わった。
そして、僕は廊下に出てから玄関に向かって猛ダッシュ。
角でドリフトをかましながら、玄関まで走る。
長い、長い。
つくづく、この家の広さが嫌になる。
やっと玄関へたどり着いた。
走りながら自転車のカギとヘルメットをとる。
それから、家のカギをとる。
玄関を急いで開ける。
その瞬間に、冬の寒い北風が体中に刺さる。
それはまるで凍ってしまうような寒さで、僕は追加で上着を着ようとした。
だけどその時、時計が目に入って、今7時40分だということを知った。
もうそんな時間はないと悟った。
仕方なくこの格好で行くことにした。
自転車のカギを鍵穴へぶち込む。
そして、思いっきり回す。
自転車が「ガシャン!」という音を立てる。
かぎが開いた。
ヘルメットをかぶり、自転車を、空を飛びそうな勢いで向かいの道路まで突き出だす。
そして、サドルにまたがる。
足をペダルにそえる。
(急がないと)
深く息を吸う。
全身の力を足に集中させる。
ペダルを思いっきり踏み込む。
「グン」と音が鳴りそうなくらいの加速力で、自転車が加速する。
「キィィィン」というまるで悲鳴でも上げているかのような高い音を立てながら、どんどんと加速する。
見慣れた景色(自宅)が、一瞬にして後ろへ去っていく。
(やっぱ、電動アシストにしておいてよかったなぁ)
…とにかく今は急ぐことだけを考えようと、自分に言い聞かせる。
走り始めてからすぐに、曲がり角が近づいてきた。
周りを塀で囲われている。
当たったら痛そう。
ただ、今は急いでいるので減速をあまりせずに、曲がり角に突入しようと思う。
ハンドルを大きく左に切り、自転車をスリップぎりぎりまで傾ける。
灰色のアスファルトが、真下に見える。
高速で駆け抜ける。
危うく転びそうになったが、反対側に体を倒したら、何とかなった。
もう一回角を曲がる。
ここはカーブが前と比べて緩やかなので、もう少しスピードを上げて。
そして見えてきたのは開けた道。大通りだ。
吹いてくる風は、いつの間にか刺すような寒さから心地よい風に変わっていた。
道脇には、雑草が生い茂っていて、建物は一つもない。
なぜかその雑草たちは葉の先端が、皆こちらの方に向かっていて、歓声を送っているように見えた。
「…無言の歓声…」
ここから市役所まで伸びるこの道(拓破高大通り)は、直線が多く、カーブも緩やかにつけられていて、まるで高速道路。
そのうえ、この道に並行するように建物の立ち並ぶ国道が通っていて、しかもそっちはこの町の中心部までの近道なので、国道は混む。
だから、この道は、車通りも少ない。
自転車を高速走行させるには、絶好の道だ。(もっとも、自転車を高速走行させる機会なんてそうそうないと思うけど)
(ここからは直線が続いて見通しもいいから、もう少しスピード上げよう。)と僕は思い、ペダルを踏みこむ。
足の回転が、限界に達したので、一度こぐのをやめ、ギアを3に入れる。
「キィィィィ…」とモーターが今にも壊れそうなくらい悲鳴を上げている(そもそもこれが中古なのが悪いのか?)。
スッ…
横から何やら視線を感じる。
…いつの間にか車と並走していた。
4到着。
少し経つと、大きな交差点が近づいてきた。信号が急いでいるのを察してくれたのか、ちょうど青に変わってくれた。
車が来ないのを確認して、交差点を高速で駆け抜けると、ゆるやかな右カーブに差し掛かった。
自転車を傾け、颯爽と駆け抜ける。
緩やかなカーブが終わったころ、やっと大きな豆腐のような白の市役所が見えてきた。
そのまま、市役所の建物にぶつかりそうな勢いで建物横の駐輪場に突っ込む。
そして自転車を大きく傾け、偶然にもドリフトをかましながら、駐輪場の敷地内に侵入。
ブレーキを握りしめて壁に当たるギリギリで止める。急いで自転車の鍵を閉め、ヘルメットをかごに置く。
そして僕は集合場所へ猛ダッシュ。
間に合うかな。と思いつつ、腕時計を見る。
だが、腕に時計はついていなかった。急ぎすぎていてつけてくるのを忘れていたのだ。
ただ、今はそんなことより早く着くことを優先しないと、約束を破ってしまうことになる。(時間に来ないと、給料が大幅に減ることになる。)
そして、やっと市役所の入り口についた。
急いでいることを察してくれない自動ドアのゆっくり、ゆっくりとした開く動きにいらいらしながらも、さすがに市役所の中を走ると危ない(あと恥ずかしい)ので、ここからは早歩きで行くことにした。
二つの超極のろい、のろい、自動ドアを超え、市役所内に入る。
すると突然、僕を足止めするように、ゆったりとした空気が中から流れてくる。
おまけに甘くて香ばしい匂いまでしてきた。
これは…たぶん、どら焼きか、大判焼きか、今川焼か、回転焼きだな。(え?どら焼き以外全部同じだって?)
急いでいて疲れているから、ちょっと休憩していきたい気分だ。
そんな気分につられてだんだん早歩きが遅くなってきてしまったが、遅れるわけにはいかないので、かまわずその店の前を早歩きで進む。
でも、あの甘い匂いが何なのか知りたかったので、目を店のほうに向けて、目に焼き付けながら、通り過ぎていった。
通り過ぎて行った後、目に焼き付けられた情報を見てみると、店の名前は北坂製菓で、売っているものは大判焼きとどら焼きだった。
5開始
何とか集合場所の「サイタル・ゴーズ会議所」の前についた。(ちなみに、サイタル・ゴーズという名は、近くの建設業者が適当につけた名前らしい。)
目の前に現れた半透明のドアを開ける。
そこには、薄く黒がかかった床の上に、黒いテーブルが置かれていた。その黒いテーブルに置かれたこれまた黒い椅子に、主催者らしき人(中年くらいの男性)を中心に若い男女が3~4人座っている。
服装は自由と書かれていたからか、みんな服装がばらばらだ。
担当場所は市役所についてから話し合いで決めると言っていたが、僕が少し遅かったからか、もうすでに決まっていた。
僕の担当はあまりものの書類等配送係。僕は心の中で喜んだ。
だって、ほかの仕事を見ると情報政策課補助とか大変そうな仕事ばかりだし、どの仕事をやるにも、給料変わらないんだもん。
もし、バイト情報誌に乗るなら、「書類等を目的の場所にもっていく簡単なお仕事♪」と書かれていることだろう。
(ん?なんかテレビでよく『見る闇バイトの募集の例』に似ているような…)
そんなことを思っていたら、主催者と思われる人から「はい。」と紙切れをもらった。
(紙切れ?何か他の人に知られたくない重要なことでもあるのかな?)と思い、おそるおそる紙切れを開いてみると、
「書類等配送係 特別特典!!手伝ってくれる子供二人付き!! 最初は人事課からスタート!」
と書かれていた。
僕がその紙切れを読んでいる間に、他のみんなは解散してしまっていた。
(僕も早く仕事に取り掛からないと)
僕は人事課へ向かうために半透明のドアを開けた。
そして、ドアを開けた後に、偶然目に入った市役所の全体案内板を見つめて、人事課はここを右に曲がったところにあることを知った。
僕は歩きだした。人事課へ向かって…
…あれまって、「書類”等”」って書かれているから、書類以外も運ぶってこと…?
なんかこのバイトに闇を感じてきた。
いや、でもたまに書類以外(段ボール?)をちょっと運ぶだけだろう、そんなに心配することはない、そう思いたかった。
と、僕はブツブツと書類"等"に心配する心に言い聞かせていた。
…やたら長い真っ白の廊下を通り、人事課へと移動する。
誰もいない廊下に、静かな足音が、寂しく響き渡る。
いい加減にしろよと言いたくなるようなくらいながい廊下を黙々と歩く。
(まさか無限ループにはまったか?)と変なことを疑い始めたころ、ようやく目の前にガラス戸が見えてきた。
よーく目を凝らすと、「人事課」と書かれたプレートが貼ってある。
「やっと見えてきたよ...」
人事課に到着した。
「失礼します」
と言ったが、みんな何かの作業に夢中で誰もこちらを向かない。
さっそく見えてきた書類の山。
ざっと見て高さ10㎝はあるだろうか。資料の一番上には、「地域活性課より これを本部までもっていってね!」とまぁいかにも僕を見下したような文章で書かれた付箋がついている。
というかその前によくもまぁこんなに書類を作れるな。
こんなに書類たくさん作るとか、便利なパソコンで作ってそのまま送信すればいいこの時代に、こんなにも紙の無駄遣いを…。
なんでわざわざ…
心の中で愚痴をはきながら、仕事なので"仕方なく"運んでやる"ことにした。
書類の一番下を爪で探し、手を潜り込ませる。
そして、紙に折り目がつかないようにそっと持ち上げる…
「よっと。」
声が出てしまった。
それに気が付いた人事課の一人が、急に作業をやめ、こっちに振り向いた。
…イヤな予感しかしない…
と心の警報機がビービーなり始めたころ、「これもよろしく。」と言ってその人事課の一人が、トースターくらいの大きさの段ボールを渡してきやがった。
(なんなんだよこいつ!書類だけでも大変なのに、こんなでかい箱を渡してきやがって。)
などと思っているとは、一つも顔に出さず、頭の中で眉をひそめながら顔は作り笑顔で「はい」と言ってやった。
そして、この部屋から出ようと、ドアへ向かう。
ドアノブに手をやる。
と、その時、ドアの向こうから、何やら二~四年生くらいの小さい子供が二人、小走りでやってきたのが見えた。
6二重労働
ドアを開けた。
するとドアの向こうにいた子供が「手伝いに来ました!」と言った。
そしてその子供たちは、僕の持っていた書類を半分こでもってそのまま長い廊下を歩いて行った。
僕は量が多いと思っていた荷物が減ったので、そんなに大変な仕事じゃないのかなと思ってしまった。
でも、現実は違った。
その子供たちは、長すぎる廊下がうっとうしくなったのか、二人でけんかを始めてしまった。
二人ともそっちのほうが持ってる量が少ないと言い張っていて、なかなか喧嘩が終わりそうにない。
そこで僕は、紙の枚数を数えて半分にするという方法を提案した。
子供たちは「それがいい」と口をそろえて言った。
だが、数えてみると合計枚数が奇数になってしまい、片方のほうが少し多く持っていた結果になった。
そこからなんやかんやあり、結局全部自分で持つことになった。
子供たちはいつの間にか鬼ごっこを始めていて、長い廊下を一直線に突っ切っていた。
とうとう姿が小さくなり見えなくなろうとしているところで、Uターンをして戻ってきた。
そして僕の後ろにくるっと回り、背中について隠れ、腕の隙間から前を覗いていた。
それから、もう一人の鬼役であろうもう一人の子供が走ってくるのを見計らって、勢いよく前に飛び出していった。
鬼役であろうもう一人は、それに気づき、急いで折り返していった。
そんなことを何回も続けてる間にこの長い廊下もついには終わりを迎えた。
すると、市役所のロビーみたいなところに来た。
入口のある方の壁は全面ガラスでできていて、「もし地震が来たら…」と考えるととても恐ろしくなるほどだ。
だが、長い廊下が終わったからと言って一息つけるわけではない。
ここからは、この複雑な市役所の構造を把握して、そこから本部を見つけだし、その本部に今持っている書類を届けないといけない。
その上、この子供たちの面倒も見ないといけないのだ。
僕はいま、書類配送と子供を見るので「二重労働」をしていることになる。キツイ…
そして僕は本部までの道のりを確認した。
するとここから本部までは凸の字の上部分(↓・←・↑)みたいに結構迂回しないといけなくなっていた。
しかも階段を上らないといけない「超極いらないおまけ」つき。
疲れている僕からしたら、市役所が僕を殺しにかかってきているとしか思えない。
7やがて光は闇へ
そして僕は、いつの間にかどこかへ行ってしまった子供たちを呼び戻すために少し探して回った。
すると、探している途中に向こうから一人が先にやってきた。
そして、こちらに到達するや否や、「こっち来て!」と言われた。
その説明のないまま、子供に引きずられるように連行された。
その子供が来てほしいという場所についたとき、僕には子供がどういう意図でここに連れてきたのかがわからなかった。
僕が首をかしげると、子供が、「近道だよ!」と言った。
そして改めてこの道を見た。
先が真っ暗で何も見えない。
唯一光っている非常口の明かりも、ずいぶん頼りなく見える。
それと暗闇に体が吸われていく感じが、僕を捕まえようとしているようで、少し怖くなった。
そうこうしているうちに、子供たちはその通路に入っていた。
そして子供たちは後ろを振り向き、「来ないの?」「先行っちゃうよ?」などと僕を急かすように言った。
子供たちに何かあったら、その2人に危険が及ぶだけではなく、僕にも重大な責任が問われることになるので、止めようとした。
しかし僕が言葉を発する前に子供たちはすっと暗闇の中へ消えてしまった。
僕は子供たちを追おうと暗闇の中へ入った。
すると奥の方からかたい足音がゆっくり僕に近づいてきた。
「コツ…コツ…コツ…コツ…」
僕は一人で心細かったから、この通路、使う人いるんだ…と一安心した。
だが、暗闇に包まれた通路の中から、いきなり人が出てきたらびっくりするだろう。
そして、僕は前から来る人に自分の存在を気付いてもらおうと、少し大きめに足音を鳴らした。
その時だった。
前から来る足音のテンポが上がったのは。
まるで一直線に逃げるウサギを捕まえようとしているように。
リズミカルに聞こえる足音が少しずつ大きくなっていった。
なぜか僕は、包丁と拳銃を使って僕の顔写真を貼ったドラムを誰かがたたいているのを想像した。
僕は自然と鳥肌と手汗が止まらなくなっていた。
だんだん大きくなる足音に僕は怖くなって猛ダッシュで入口に戻る。
目の錯覚のせいか、さっき入ってきたこの通路の入り口が、無いように見える。
それでも僕は、見えない出口を求めてひたすら走る。走る。
もうとっくに息は切れているが、僕の今出せる最大限の力を振り絞って、走る。
出口はまだ見えない。
後ろから追ってくる何かにおびえてひたすら走る。
と、突然目の前に続く暗闇が、明るい元の市役所のロビーに変わった。
今まで走っていたからか、その反動でロビーのど真ん中で盛大にこけてしまった。
僕はゆっくりと顔を上げる。
突然のことで何が起きたのか全く頭が追い付かない。
気づいたらゆったりとした音楽の流れるロビーの中央に、僕は茫然と立ち尽くしていた。
そして僕ははっとした。
子供たちがよくわからない暗い通路の中へ行ってしまった。
もしその中で何かあったら僕に重大な責任が問われることになるうえ、周りの人からもひどい人扱いをされてしまうかもしれない。
…じゃあ、なんであの時引き返したんだ?
…ただ単に前から人が走ってきただけなのに…。
僕の腕は、今にも空を飛べそうなぐらい鳥肌が立っている。
そこで、いったん冷静になろうと、今立っている鳥肌で、空を飛べるかやってみた。
結果は当然飛べなかったのだが、なぜか今ので結構落ち着けた。
(今度緊張したりする場面があったら、これをやってみようかな…)
でも、まずはこのことを誰でもいいから早く伝えないと。
僕は近くにいた係員に事情を説明した。
そして、警察へ電話してくれないかと話した。
そしたらその人は、僕を変人を見るようね目で見つめながら、「いったん係長を呼んできます」と言って奥の方へ隠れていった。
そして持つこと数分後、係長らしき人が奥の方から出てきた。
僕はもう一度事情を言 おうとした。
そうしたら、係長らしき人がいやな笑顔を浮かべながら、
「市役所にそのような場所はありませ ん」
と言われた。
(…??????)頭の中ははてなマークで埋め尽くされた。
同時に、(こいつ何を言ってるんだ???)と思った。
人をだますならもっとましな嘘をつけよ…と近くの別の係員からかすかに聞こえたような気がしたが、僕の頭の中はすでに「?」で埋め尽くされているので、そんな言葉など入る余地がない。
僕が呆然としている間に、その係長らしき人は、まさに"クレーマー"を退治したすがすがしい顔で、奥の方へ消えていった。
8闇は絶望へ
(そんな…そんなはずは…)
僕は、フルボッコにされた気分でふらふら歩きだした。
確かに見たはず。
あの真っ黒な道を。
確かに見たはず。
その道に子供たちが吸われていくのを。
その道が、無いなんてあり得るはずがない。
その前に、子供たちはなぜあの道を近道だと思ったのだろうか。
好奇心のあまり、近道だとだまして、奥の方へ行ってみようということなのだろうか。
それとなぜ、あの時引き返したのか。
なぜあの時引き返してきたのか。
僕には子供たちを守る義務があったのではないか?
なぜあの時引き返してきたんだ?
そもそもの原因はあの子供らじゃあないか?
だったら、子供たちをおまけでつけてきたあの主催者が悪いのでは?
または、遅れてきて「書類等配送係」に消去法で決められた僕が悪いのか?
それとも、「書類等配送係」を選ばなかった他の参加者が悪い?
はたまた、市役所がアルバイトを募集するきっかけになった「インフルエンザ」が悪いのか?
「………」
…いや、決して誰が悪いというわけではない。
そうだ。
強いて言うなら、運が悪かったんだ。
そうなる運命だったんだ…
運命とは、元から決まっているものではなかったか。
ただ運命に従った結果、起こったことではないか。
それが子供らの運命だったとしたら…
「自分は関係ない、自分は関係ない…」
僕は、耳をふさぎこみ、その場に座り込む。
(何も聞こえない、何も見えない、何も覚えてない…)
自分の犯してしまった罪のはずなのに、自分では理解ができない。
そもそもあの通路は何だったんだ?
あの通路がいけなかったのか?
…だったら、もう一度、あの場所へ行けばいいじゃないか。
僕が落ち込んでいる間も、子供たちは進み続けているかもしれないのに。
怖くなって泣き出しているかもしれないのに。
命の危険にだってさらされているかもしれないのに…
…それは考えすぎか?
ともかく、もう一度あの場所へ戻って確認してみよう。
何かわかるかもしれない。
行動しないままじゃ、何もしていないのと同じだ。
僕は、鉛の塊よりもはるかに重い自分の体を自力で立ち上がらせる。
そして、”あの場所”へ向かって着々と歩みを進める。
「もう一度あの場所へ戻る」という硬い意志のみが僕の重たい体を操作する。
ゾンビみたいな姿勢のまま、僕の体がゆっくりと前へ進む。
さっきの係員がまたもや変人を見る目で見つめてくる。
その係員は、僕に向かって顔をしかめた後、そそくさと業務へ帰っていった。
9暗闇再開
確かこっちだったな…
(さっきの暗闇に包まれた通路の手前に戻ってきた…)
(さっきよりわずかに黒色を増し…)
…と、脳内ナレーションの準備をしながら、歩いているうちに、その場所についた。
……一面真っ白の鉄板が僕の目を覆う。
…あれ…?
ない!?
あれ?ここだよね?あの暗闇は。
間違ってないよね?
いや、僕なんかが間違えるはずは…
頭がだんだんパニックになってきた。
……なんで僕はここに来たかったんだろうか。
あの吸われるような恐怖をもう一度感じたいから?
違う。
あの暗闇の奥底を見てみたいから?
それも違う。
何か大きい理由があったはず。
何だったかなぁ…
なんとなく頭が働かなくなっていくのが分かる。
もうすぐにも、思考停止に追いやられそうになった時、あることを思いついた。
(何にもなかったんだ。なんでもなかったんだ。ただ単にあの暗闇が不思議で仕方なかったから見に来ただけだ…)
うん。
仕事を続けるか。
僕は何事もなかったかのようにその場を去った。
暗闇の中下へ続く…
こんな作品を読んでくださり、ありがとうございます。
この作品は、ある日の夢の中で、なんか暗闇に包まれた通路があって、それをどうにか話みたいにできないかと考え、思いついた作品です。
ほんの少しでも好評ならば、続きかきます。




