マカイノスタジオへようこそ④
食後に、暖かい紅茶をいただいていた。
「さて、あなたには説明しなきゃならないことが山ほどあるのよ!」
赤髪の男が、パンと手を叩いて話を切り出す。
思わず気を緩めていた俺は、ハッと我に返り、慌ててティーカップを置いて彼に詰め寄った。
「ここはどこで、俺は何をされるんだ? あんたたちは何者なんだ?」
「いやん! 興奮しすぎ〜」
鼻先を人差し指でつつかれる。まるで好奇心旺盛な子供をあやすような仕草に、俺はなぜか恥ずかしくなって一歩後ずさった。
まず最初に説明されたのは、この世界のことだった。
ダンジョンの最下層――魔界シオンプール。最高クラスのモンスターが生息する世界だという。
窓の外には灰色の曇天が広がり、遠くには山並みさえ見える。とても地底とは思えない光景だった。
この魔界には六つの国があり、ここは大魔王ラグナ=フレアが支配する闇の国レイズン。俺がいるこの屋敷は、ラグナ魔王の居城だ。窓をのぞけば高所にそびえる城下町が広がり、灰色の街並みが扇状に広がっていて、空は常に曇天に覆われ、不吉な空気を纏っていた。他国より領土が広く、あらゆる魔族が共存して暮らしているらしい。
「それで、この子がこの国の魔王ラグナちゃん!」
「首を下げよ。そして媚びへつらうがよい! もちゃもちゃ!」
説明の最中、パンをもぐもぐしながら割り込んでくる魔王。……顔に似合わず、相当な大食らいだ。それに、態度が下品で威厳がなさすぎる。
「うーん……」
俺はつい首を傾げてしまう。
「ティル! この者は無礼すぎる! 処すべきだ!」
威張り散らしてはいるが、言動はどこか子供っぽい。本当にこの国の長なのか疑わしい。とはいえ、昨晩の非礼は詫びねばなるまい。
「何にせよ、昨晩の件は申し訳ありません。俺も混乱していたんです。どうか度重なる無礼をお許しください」
「ふん! 最初から素直に謝ればよいのじゃ!」
「ラグナちゃん、口元にケチャップついてるわよ」
赤髪の男がナプキンで魔王の口を拭ってやる。
「んー」
素直に目を瞑って拭かれている姿に、思わず吹き出してしまった。
「ブフッ! アハハ! ああ、すみません!」
「だー! またバカにしたな! ティルもティルじゃ! 子供扱いするなと言ったろうが! 口くらい自分で拭ける!」
顔を真っ赤にしてバタバタ怒るラグナ。
「やあねぇラグナちゃん。あなたは私が産んだ娘なのよ? いくつになっても私にとっては子供なの!」
頬を赤らめてくねくねする赤髪の男。
「えっ、そうなんすか!?」
思わず二人を見比べてしまう。
「いや違うから!ワシのママを改竄しないで!」
オホホと笑う筋肉ダイナマイトボディの赤髪の男――彼の名はティルフィング、通称ティル。先々代の魔王から仕えている執事で、魔王ラグナが赤子の頃から親代わりとして教育してきたという。どうやらラグナを溺愛しているようだ。
城に住んでいるのは魔王ラグナと執事ティルの二人だけ。三百年前の【ベリーベリーストロベリー戦争】の終結を機に、魔王軍は少数精鋭へと移行したのだという。
「その辺の話はゆっくり学んでいけばいいわ」
歴史の詳細は語られなかったが、どうやら城を守るのもティル一人で十分らしい。
……この執事、どれほど強いんだ。
そういえば昨晩見かけた岩人間やトカゲ人間は?
と尋ねると、彼らは日勤で働きに来ているだけらしい。
この広い城を二人で維持するのはさすがに無理だろう。
「アラガキくん。本題に入るわよ」
ティルが食卓に置いたのは、拳ほどの卵形の宝石だった。金の台座に飾られ、中央には窪みがある。
白濁した宝石の内部に青白い光が揺らめいて美しい。
さらにティルは小さめの宝石を取り出し、台座の窪みに押し込む。カチリと音を立て、
台座が四枚に割れて蕾のように開くと、宝石の頂点に魔法陣が浮かび上がった。
やがて、黒い四角い面が空中に現れる。
「ティルさん、あれは……?」
問いかけると、指を唇に当ててウィンクされる。――静かに見ろ、ということか。
黒い面が切り替わり、タヌキのようなイラストや紋章が映る。……映像?
次の瞬間、俺は度肝を抜かれた。
明るい音楽。現れる大きな文字。浜辺のベンチで肩を寄せ合い、キスをする学生カップル。
友人らしきキャラや、恋敵の少女、マスコットの犬。長身イケメン三人がヒロインと絡み合い……。
流れる歌に合わせて展開される、甘酸っぱい恋愛模様。
最後はヒロインが駆け寄って恋人に抱きつき――終わる。
……これは、アニメのオープニング?
続けて「第一話! 新しい家族は憎たらしい不良男子!」というタイトルコールが響く。
ヒロインの名はモモエ。この作品の題名は『ピーチボーイズ』。
再婚で同居することになった不良男子ヒデキとのラブコメが、賑やかに描かれていく。
俺は呆然と見つめるしかなかった。後ろでは二人が「懐かしー」「この頃のヒデキ、キャラぶれてるなー」と盛り上がっている。
「あのー……これって一体?」
「アニメだよ」
「いや、それはわかるよ! なぜこの世界にアニメが!?」
「三百年前の【ベリーベリーストロベリー戦争】を終わらせた勇者ミヤタニが、この文化を築いたのよ」
「勇者ミヤタニは、貴様と同じ世界から来た人間なのじゃ!」
つまりそれって、攻略済みの異世界ってことなのか!?
「この城は勇者ミヤタニがこの魔界で流行らせたアニメ制作スタジオでもあるのじゃ!」
「そこで、アラガキくん。貴方にはここで私たちのアニメ制作を手伝ってもらうわ!」
「……そんな……」
「「マカイノスタジオへようこそ!」」
二人の笑顔に、俺は絶叫するしかなかった。
「嘘だーーーーーーー!!!」
俺の咆哮は、『ピーチボーイズ』二話のオープニングにかき消される。
こうして俺は、異世界でアニメ制作に巻き込まれていく。
異世界で異世界もののアニメかよ。