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マカイノスタジオへようこそ①

それは、1ヶ月前のことだ。


車のラジオは、入社したての頃に先輩から「アニソンがよく流れるから」と勧められたのがきっかけで、

なんとなくNACK5かJ-WAVEを適当に流すようになっていた。


しばらく車を走らせ、着いた先は、とある団地の集合地帯。

車を降りて階段を上がり、4階の共用廊下を少し進む。

メーターボックスを開けると、ガスメーターの横に紙袋がいくつか置かれていた。

自社宛てのものを取り出し、中身を確認する。


「土曜日に動画検査入れてもらえれば、週明け朝イチの仕上げ作業に回せるか……」


動画上がりの回収を終え、ぶつぶつと状況を整理しながら車を出す。


アニメが好きで入ったアニメ会社なのに、今の俺が考えているのは、

【スタッフを手隙にさせないように進行管理すること】ばかりになっていた。


「何が面白くて、こんなことしてんだろうな、俺……」

思わず愚痴がこぼれる。


ふと、カーナビの時刻を確認する。


23:39。


ああ、また今日も終電を逃した。

会社近くのネカフェでシャワーを浴びよう。

着替えは、コンビニで下着だけ買えばいいか。


そんなことをぼんやり考えながら運転していた。


――あの時の俺は、だいぶ疲れていた。


ラッシュチェック前の追い込み期間で、シビアなスケジュールを少しでも巻こうと寝不足が続いていた。

冬場の車内の暖房の心地よさと、数分前に食べたファストフードの血糖値スパイクのせいで、猛烈な眠気に襲われていた俺は、交差点でトラックと衝突する。赤信号を気づかずに素通りしてしまった。


「ああ……まだ今晩の動画、全部回収しきれてないのに……」


死の間際にまで仕事の心配をするなんて、なんて虚しい男だ。


横転した車内に散らばる動画素材。

額から流れる血で汚してはいけないと、できるだけ避けるように体を縮こませる。


そのとき、視界には──

異世界に転生した少年が、学園でチート級の魔法能力を披露し、

「また僕、なんかやっちゃいました?」と照れ笑いしているカット素材だった。


「俺は、俺は……テンプレな異世界アニメより、○リキュアや、○イカツ!、○リティーシリーズみたいな女児向けアニメが好きなんだ……」


それが、俺の最後の言葉だった。

視界が、真っ暗になる。


気がつくと、地肌に人工的な暖かさを感じる赤いカーペットの上で寝ていた。


「ここは……?」


視界はぼやけ、頭もまだ働かない。

自分がどれくらい寝ていたのかもわからない。

だが、あのとき確かに俺は車に轢かれて、死んだはずだった。


そこは円柱形の建築物の中のようだった。

壁一面が本で埋め尽くされ、天井は永遠に続いているように高い。

陽気な暖かさと、小鳥の囀りや木々のさざめきが静かに聞こえる。

その部屋の中心には、一人の老人が机に向かい、黙々と何かを描いている。


誰だ、この人は……?医者?誰かの家に看病されてる……?

しかしその格好はあまりにも奇妙だった。

まるで、ファンタジーRPGの老魔道士のような風貌だ。


「ふむ。これが地球の女神からの紹介か。ちょうどよいかもしれん」


老人はこちらを見もせずに、ぽつりとつぶやいた。

彼の手元ではサラサラと何かしらを書いているような音が聞こえる。


「アラガキ・シン。お前なら、救世主になってくれるかもしれんな」


……救世主?この老人は何を言っているんだろう。

相変わらず、老人はずっと机を向いてサラサラと何かを書いてる。


「次に飛ばされる場所は、お前をさらに混乱させるかもしれんし、

周囲の連中に警戒され、またお前は死ぬかもしれん。

なので、これを“赤髪の男”に渡せ。そうすれば理解してもらえる……たぶん」


そう言うと、紙のようなものがふわりと浮かび、目の前の空中に留まった。

恐る恐る手に取ってみる。


それは、どこかで見覚えのある形状──タップ穴があり、枠には黒線と十字のガイドライン。

これは……まさしくレイアウト用紙だった。


そこには、見たこともない文字がちょろっと書かれていて、

右下にはサインのようなものがあった。ぐちゃぐちゃだが、アルファベットらしき文字列のようだ。


……「ミヤタニ」? 日本人の名前か?


「ここはどこで、あなたは誰なんですか?」

そう尋ねる間もなく、床に魔法陣が現れ、俺の体は光に包まれていく。

「待ってくださいちょっと!」

意識が白く、遠のいていく。


いわゆる、ベタな異世界転生の導入なんじゃあないだろうか?

正直、俺は、老人の話を途中からずっとニヤニヤしたあほ面をしていたに違いない。

そうか!俺はあの事故がきっかけで異世界転生?(転移か?)をするんだ!

これでも俺はアニメの進行歴4年で担当した作品はすべて、異世界転生だった。

「俺がいままで経験したことはまさにこのため!無駄じゃなかったんだ!」やったね!

ただ、嫌な予感しかしない。

あの老人……なんでよりによってレイアウト用紙をメモ代わりにしてたんだ?

「ぐえ!」

どうやら飛ばされた先の地面に落とされたらしい。

頬に、冷たい石畳を感じる。手には、さっきのレイアウト用紙をぐしゃっと握っていた。

周囲は真っ暗で何も見えなかった。薄寒い空気を感じる。

すると、暗闇の奥から声が聞こえた。あまりにも憎悪がこもっているような声だった。

「ネズミ一匹通れぬこの場所に、まさか人間が現れようとは。

我が首を取りに来たのなら、相手になろうぞ──人間」


どこからともなく紫炎が湧き出し、燭台に火が灯る。

そこはまるで、炎の祭壇のような空間だった。

古びた紋章旗が壁に飾られおり、それを背景に骸骨や骨のような装飾が細かく掘られた黒鉄の玉座。

その席には、全身をごつい黒の鎧に包んだ大柄な人物が座っていた。


ヘルムから突き出た捻じれた角は禍々しく、赤黒く鈍い光を放っている。

……いきなり魔王戦!?最初からクライマックスかよ!


ヒノキの棒も、皮の盾もない。

あるのは、ポケット中にたまたま入れていたタップと、くしゃくしゃのレイアウト用紙一枚だけだった。


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