アニメーターの魔王さま⑤
「魔王さま、次話数の作打ちの時間で――」
俺が声をかけると、作画机に突っ伏して、すすり泣いている魔王さまの姿があった。
「わっ! ど、どうしたんですか!?」
慌てて駆け寄る。
「いやー、この4話……なるほど、そうきたか〜……マオのやつ、ただのバカで素行不良な人間じゃなかったのだな……ぐすっ……そっかあ、怪我で大好きだったバスケを諦めて、不良になってくすぶっていたんだな……根は、良いやつなんだな……」
どうやら、魔王さまは次話数の絵コンテを読んで感涙していたらしい。
ちなみに【ハル恋】は略称で、正式タイトルは『キャンパスを貼る、そして恋をする』。
美術部のユミ、幼なじみの先輩・ユウマ、そしてユミのクラスの不良・マオによる三角関係ラブコメだ。
「アラガキ! この“マオ”という男、気に入ったぞ! 奴のカットはワシによこせ!」
「やる気になってくれたのは嬉しいですけど……この演出担当さんが……」
「オーホホホホ! 魔王さまがワタクシの演出で涙を流すだなんて、光栄ですわねぇ!」
甲高いハイテンションな声が遮ってくると同時に、稲妻とともに華奢で小柄な少女が目の前に現れた――
金髪ツインテール、ピンクのフリルが沢山ついたお嬢様のような衣装。まるでアニメからそのまま飛び出してきたような風貌だ。
「お久しゅうございます、“元”ワタクシの魔王さま。
魔帝五影剣がひとり、雷のブリューナク、ここに推参!」
「我が魔王城から出て行った者が、よくもまあ、ぬけぬけと戻って来れたものだな。……覚悟はできておろうな?」
「おやめくださいまし。
魔王城のような老舗スタジオに縛られていては、ワタクシの表現の幅に限界があったのです。
いま求められているのは、もっとハイテンポで、ウィットに富んだ作品ですの!
いまだにスローペースのラブコメなんて、時代錯誤も甚だしいですわ!」
「ほう? ワシの兵器の分際で、ずいぶん偉くなったものだな……だが【ハル恋】のシナリオを愚弄するのなら、容赦はせん!」
魔王さまの周囲に紫炎が立ち上り、ブリューナクもまた青い稲妻をまとい、臨戦態勢に入る。
空気が振動し、あたりに張り詰める殺気。
……いや、ちょっと待ってくれ。この世界に来てもう1ヶ月以上経つけど、未だにこのテンションにはついていけない。
予想通りというか、想定の範囲内だったので、俺は慌てて間に入った。
「ストップストップ! 今日は仕事で来てるんですよ!
ブリューナクさんも他社作品で監督と揉めて以来、仕事なくて困ってたんですよね!?
だからプロデューサーに泣きついて、この案件に加えてもらったんじゃないですか!」
「う、うるさいですわね人間! ただちょっと暇だったから、気まぐれでやってあげなくもないって言っただけですわっ!」
「なに、お前……また他所のスタジオでポカやらかしてクビになったのか?」
「ち、違いますわ! ワタクシの演出方針にいちいち難癖をつけてくるものだから……つい感情的になってしまっただけですの……」
さっきまでの威勢はどこへやら。
ブリューナクはフルフルと肩を震わせ、涙目になっていた。
「フハハ、その自己中心でわがままな性格は、ワシの分身だからな。仕方あるまい。
だがな、お前ももう少し社交性を磨くべきだぞ。人の意見を無下にするのもよくないし……」
「き、気をつけるようには……してますわ……」
いつのまにか、場の殺気は消えていた。
紫炎も稲妻も収まり、張り詰めた空気は、親が子をたしなめるような静けさへと変わっていた。
……とりあえず、ひと安心だ。
「あのー……じゃあ、そろそろ会議室で作打ちしましょうか」