アニメーターの魔王さま③
「魔王さま、原画回収のお時間です」
いつものように声をかけると、今日はめずらしく即レスが返ってきた。
「ハン! これがラストの原画あがりじゃ!」
誇らしげにタイムシートに包まれた紙束を掲げる魔王ラグナ=フレア。肩で風を切って原画を渡してくるあたり、よほど手応えがあったのだろう。
「お疲れさまでした」
「フハハ! 我ながら実に良いものが描けたわ! 魂が乗ったわ!」
――しかし、俺には伝えねばならない使命があった。
「……ただ、作画監督からリテイクが1カット戻ってきてます」
「すーっ……マジかーー……えー、どこ?」
ラグナ様は思いっきり素に戻って、肩を落とす。
「カット124の、ユミの振り向きのシーンですね」
「はー!? 意味分からん! めちゃくちゃ可愛く描けとるじゃろがい!」
「えっと……動きとか線は悪くないんです。けど……」
俺は手元のメモを確認しつつ、慎重に続けた。
「このシーンは、内気で自信のないヒロイン・ユミが、美術部の憧れの先輩・ユウマに初めて『一緒に帰りませんか?』って声をかける、大事な場面でして」
「……知っとるわい。そんなことは、作打ちの時にサイクロプスから聞いとる」
作画打ち合わせのとき、演出担当のサイクロプスさん(見た目ガチ)が丁寧に説明してくれた内容だ。たしかにラグナ様も、真面目にメモを取っていた。魔導書に。
「では、改めて魔王さまの原画を確認しましょう」
…………
…………
「……これ、広角カメラで睨みつけながら見下してるように見えるんですが」
「は?」
「あと、レイアウトの修正用紙……反映されてないです。『目線を柔らかく』って書いたやつ」
「オドオドした態度を取ったら、ユミがその軟弱な人間のオスに舐められてしまうであろうが!」
「いやいやいや、内気キャラが勇気を出して声をかけるからこそグッとくるんですよ!」
「だからって! なぜユミが目を泳がせてあわあわする必要がある!? 威圧で黙らせるほうが手っ取り早いじゃろがい!」
「魔王さま、ユミは魔族じゃないです、人間です。キャラ設定守ってください」
魔王はムッとした表情で腕を組み、ふてくされる。
「……ぬう、認めたくはないが……たしかにユミっぽくなかったかもしれん。直す。納得いくまで、燃え尽きるまで描き直すわ!」
「(それ徹夜フラグだ……)」
──こうして、また魔王のリテイク作業が始まる。