アニメーターの魔王さま②
「魔王さま、原画回収のお時間です」
例によって玉座の間に声をかけると、奥から唸り声が返ってきた。
「うーん! うーーん! 描けん、描けぬわぁ〜〜!」
机に突っ伏したまま呻くのは、我らが魔王、ラグナ=フレア様。最強の魔王にして、今では原画マン。
「……やっぱり、最後のカットで詰まってる! ほらみたことか!」
「そもそもだな! このシチュエーションが、よう分からんのじゃ!」
バン、と机を叩いて魔王が立ち上がる。
「なぜ主人公のユミが、このクソ生意気なマオという男に、片手で壁をふさがれる“行為”を受けて、頬を染めておるのじゃ!?」
「ああ、それは“壁ドン”ってやつですね。少女漫画の王道です。距離が近くてドキッとする的な」
「そんなん、わし経験ないもん」
ラグナ様はむくれてそっぽを向いた。なんだその言い方。可愛いかよ。
「まあ……そりゃそうですよね。魔王さま、間合いに入った時点で普通に殺しそうですし」
「アラガキ、お主ちょっと」
「へっ?」
「わしに、壁ドンとやらをやってみせい」
「……は!? なんで俺が!?」
「アニメーターとはな、役者なのじゃ! ユミの気持ちを知りたい! そのためには体感せねばならんのじゃ!」
――どこかで聞いたようなセリフだ。絶対、誰かの受け売りだ。
とはいえ、実行に移すにはひとつ問題がある。
「魔王さまとの身長差じゃ、ちょっと届きませんね」
「……ほれ、しゃがんでやったぞ」
キッ、とラグナ様がこちらを見上げる。小さくなった魔王を前に、俺は壁に手をつき、ぎこちなく彼女を囲った。
「バシッと、こんかい! バシッと!」
ドン。
(うお、近っ……まつ毛、長……)
「なっ……なんでお主が赤くなっておるのじゃッ!!」
──と、顔を真っ赤にして怒鳴るラグナ様。
ああもう、なんなんだこの職場。
「……回収、明日でいいです」
俺は逃げるようにその場を後にした。