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43話

 パリ八区。アレンジメント専門の花屋〈ソノラ〉。店内の花を、暖色系のライトが温かく照らす夕刻。所狭しと様々なアレンジメントが飾られたそこの中心の、木製のテーブルとイス。そこに座る人物がひとり。


「……」


 ベアトリス・ブーケ。この店の店主であり、花に関するM.O.Fであるリオネル・ブーケの娘。エプロンという仕事着のまま、小さな両の手の平を眺める。


 花は水を扱う。水は冷たい。夏場なら気持ちいいものだが、冬場は突き刺すような怖さがある。コップ一杯の水でも人は死ぬ。でも生きるためには水は必要。要は、ものは使い方次第。『酔拳2』でもジャッキー・チェンの父親が扇子に書いていた。


「……」


 なんてどうでもいいことを考えてしまう。ここのところ、心が落ち着かない。弟にちょっかいを出す女がまた増えたりとか、そういうのじゃない、予兆のような。そういえば日本ではこういうのを『虫の知らせ』と言うらしい。虫、といえばハチミツは好きだ。ほら、またよくわからないことを。


「……」


 今、この時間に予約は入っていない。だから誰もいない。だから自由。だから不自由に色々と考えてしまう。少しだけ、緊張のような、あまり好きじゃない感覚。こういう予感はわりと当たるほう。誰か来る、のかもしれない。飛び込みで来る人はたいてい厄介ごとを持ち込んでくる。


「……」


 来ない。どうしよう。そういえば。しまっておいたクッキーを店の奥から取り出す。貰い物で、歪なハートの形をした箱に入った、雪の結晶のクッキー。甘くて苦い。男女の恋愛をイメージしているのだろう。食べすぎないように少しずつ。


「美味い」


 交換で手渡したアレンジメントは今頃どうなっているのだろうか。もうこちらも残り少なくなってきた。コーヒーが飲みたくなってきた。ラテにしよう。アートの練習も兼ねて。


「……」


 エスプレッソを待っている間。スチームが温まるのを待っている間。また暇になってしまった。数秒間、数分が長い。天井を見上げる。目を瞑る。頭の中を音楽がすり抜けていく。


「……」


 マシンの音に混じって口ずさむ。時折、指が動く。徐々に激しくなっていき、手を交差させながら。それはピアノの動き。その曲の簡易版のほう。初版のほうは音が多いため、こういう『なんとなく』の時はやらない。いつでもやるつもりはないが。


「…………」


 区切りのいいところまで。それでも疲れる。鈍っている。いや、別にいい。私は花屋の人間で。ピアノは。ピアノ——


「……オーロール……」


 弾き終わりにそう、彼女は呟いた。

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