40話
「イリナが言ったでしょー。どっちが上かって。上とか下とか、そういうもんじゃないんだけどね、音楽は。ま、個人の好みもあるだろうから、同じやつにしないと不公平じゃない?」
「ならヴァイオリンも同じにしないとではなくて」
飄々としたオーロールに対し、鋭くヴィズが切り込んでいく。不公平、というのであれば、ストラディバリウスを使用していないことが言い訳になってしまう。逃げ、という雰囲気ではないけど。
たしかに、とそこはオーロールは認めざるを得ない。
「だねー。でもま、その時とは環境が違うんでしょ? 同じ状況なんてないんだから。難しく考えず、なんとなーくの勘で勝敗とか決めちゃって」
構えに入る。この瞬間にスイッチの入るヴァイオリニストは多いが、どこまでも自然体。ホールの空気と一体化。自分というものは崩さない。
意見をぶつけても埒は明かない。ごちゃごちゃと考えるのは苦手。イリナは自分に言い聞かせ、
「……わかった」
と、納得させる。弾けば、弾かなければわからない。音を通して伝わるもの。
「じゃ、いっくよー」
気の抜けた声でオーロールは始まりを告げた。
『死の舞踏』。右手では弓でゆったりと弾き、左手の指で弦を弾く。静かな開幕は後々の激しさとの対比をより、際立たせるものとなる。ブランシュはあえてラストを強めに弾くバルトークピッチカートとしたが、オーロールはさらに弱く。消え入るように。
午前〇時。ピアノが死神を映し出す。怪しく低音を響かせながら、少しずつ近づいてくる。どこか軽やかに、それでいて重々しく、優しい足音。嵐の前兆。
たったそれだけ。その情報だけでも、オーロールはイリナのピアノに宿る表現力の高さを悟った。きっと今から素敵な演奏になると確信。
(いいねー、口調は荒々しいけど、ピアノに嘘はつけないタイプだねー。音にしっとりとした強さがある。何種類もピアニッシモを持ってる感じだねぇ)
なにか特殊な、そう、例えばフォルテピアノで感覚を得たとか、そんな感じ。いい師でもいるのかな。




