エピソード7 愉快なる観察者
「なるほど──これが、噂の公爵令嬢か」
その声が聞こえたのは、エルミナが食事を終え、館の庭を歩いていた時だった。
「貴族社会を激震させた女。そして、次は何を壊すのかな?」
エルミナは振り返る。
そこにいたのは、優雅にワイングラスを揺らす男だった。
漆黒の髪を整え、気品ある仕立ての服を着こなす。
どこか気怠げな笑みを浮かべ、貴族にしては無造作な振る舞い。
「……誰だ?」
「これは失礼。私はヘンリー・ウォットン──いや、正確にはそう名乗りたいだけの男さ」
彼は笑いながら、椅子に腰を下ろした。
「エルミナ・ルゼリア公爵令嬢、君に会えて光栄だ」
「……何の用だ?」
彼は優雅にワインを口に含む。
「いや、ただの好奇心さ。王都では君の話でもちきりだからね。
"王太子に捨てられた哀れな公爵令嬢"か、それとも"新たな時代を作る狂信者"か──どちらかな?」
エルミナの眉がわずかに動く。
「……貴様はどちらだと?」
「どちらでもない。ただの観察者 だよ」
彼は微笑みながら、エルミナを見つめる。
「革命の匂いがするね。だが、それは甘美な夢か、それとも血塗られた幻想か──君はどちらだと思う?」
エルミナは答えない。
彼はワインを軽く揺らしながら、続ける。
「貴族とはね、エルミナ嬢。我々は"支配すること"に存在意義を見出す生き物だ。
そして、民衆は"支配されること"に慣れすぎている」
「……それが、お前の考えか?」
「違うさ。ただの"事実"だよ」
彼は愉快そうに笑う。
「君は今、"革命"という言葉を手にしている。だが、その手が"何を生み出すか"は分かっているのか?」
エルミナは黙ったまま、彼を見つめる。
「革命とは、"王を倒せば終わり" ではない。
"貴族をなくせば平等になる" わけでもない。
支配の形が変わるだけ──それが歴史というものさ」
「……ならば、お前は革命を否定するのか?」
「否定はしないよ。
だが、革命をする者が"次の支配者"になるだけだということは知っておくべきだ」
彼はワインを飲み干し、グラスを置く。
「君は英雄になりたいのか? それともただの反逆者か?」
その問いが、エルミナの胸を刺した。
(英雄か……反逆者か……)
今まで考えたことのない問いだった。
彼は微笑みながら立ち上がる。
「まあ、楽しい未来になりそうだね」
「……貴様は、この国がどうなろうと興味がないのか?」
「もちろんあるさ。だが、私は変えるつもりはない。
"どうなるかを楽しむだけ"──それが、私の生き方だからね」
エルミナは、言葉を失った。
彼は、どこまでも傍観者だった。
だが、その言葉は確かに彼女の心を揺さぶる。
(革命とは……何なのか?)
"王を倒せば終わり" ではない。
貴族をなくせば、次は何が生まれるのか──?
彼の言葉が、まるで甘くも毒を含んだ酒のように、エルミナの中で広がっていくのだった。