エピソード6-1 穏やかな街の違和感
馬車が揺れるたびに、エルミナは窓の外を眺めた。
見渡す限りの広がる田園風景。
収穫を終えた畑では、農民たちが鍬を肩に担ぎながら家路を辿っている。
遠くには石造りの城壁が見え、王国の中でも豊かな街のひとつとして知られる「エルムヴィーク」 の姿があった。
「本日はここで一泊し、公爵領へ戻る手筈です」
馬車の隣で馬を走らせる従者が言う。
「エルムヴィークは交易の要所ですし、宿場町としても発展していると聞きます。泊まるには申し分ないかと」
「……ああ」
エルミナは短く答えながら、改めて街を眺めた。
確かに、遠目には発展しているように見える。
城壁はしっかりと整備され、入り口の門には衛兵たちが立ち、商人たちが馬車を引いて通っている。
街道も整い、荷車が行き交い、活気があるようにすら思えた。
しかし──
(何かが、足りない)
そう、"何か"が、決定的に欠けているのだ。
だが、それが何なのかは分からなかった。
馬車が街門を通ると、衛兵が恭しく頭を下げる。
「エルミナ公爵令嬢、お待ちしておりました」
「ご苦労」
格式ある宿へと案内されると、街の長──ロルフ・エバーライン が姿を見せた。
「公爵令嬢、ようこそおいでくださいました」
彼は丁寧に礼を尽くし、案内を申し出る。
エルミナはこの時、彼の顔に違和感を覚えた。
笑顔は柔らかく、態度は申し分ない。
だが──その笑みは、本物か?
(……社交辞令にしては、どこかぎこちないな)
それは、礼儀から来るものではなく、何かを隠そうとしている人間の顔 に思えた。
街を歩くと、確かに活気はある。
だが、それは表面上のものであることが、すぐに分かった。
人々の目が、笑っていないのだ。
「この街は、表向きは整っているが、どこか妙だ」
馬車を降り、通りを歩きながらエルミナは静かに呟いた。
道行く人々は、確かに通りを行き交い、商売をしている。
だが、どこかぎこちなく、必要以上に貴族の姿を気にしているようにも見える。
「エルムヴィークは交易の要所。王国にとっても重要な拠点ですからね」
ロルフが微笑みながら言う。
「その割には……どこか、息苦しいな」
エルミナの言葉に、ロルフの手がわずかに止まる。
だが、すぐに元の笑顔に戻った。
「そう感じられますか?」
「……ええ」
その時だった。
市場の隅、路地の影で、何かが動いた。
ふと視線を向けると、一人の少年がこちらをじっと見つめていた。
痩せ細り、破れた服をまとい、影に隠れるようにしていた。
(……あれが、この街の"裏側"か)
エルミナが視線を向けると、少年はすぐに身を引き、裏路地へと消えていった。
「……ロルフ」
エルミナは立ち止まり、街の長を見た。
「この街は、豊かか?」
一瞬の沈黙。
「──ええ、もちろん」
ロルフは微笑みながら答えた。
だが、その目は笑っていなかった。