序章
白い百合の旗が、赤黒く染まる。
風が吹くたび、それは揺れ、舞い、血の匂いを広場に撒き散らしていく。
かつて清廉の象徴だったその旗は、今や無数の屍の上で、まるで呪いのようにはためいていた。
かつて見慣れた学友や貴族たちが、民衆のピッチフォークに刺され、雑草をかき集めるかのように穴へと投げ込まれていく。
豪奢なドレスを纏った令嬢が、絹の手袋を裂かれ、血塗れの泥に這いつくばる。
華奢な手が命乞いのために伸ばされるが、次の瞬間、数本のピッチフォークが彼女の腹を貫いた。
彼女は嗚咽を漏らしながら痙攣し、ピクリとも動かなくなると、農民たちは歓声を上げ、彼女を持ち上げる。
まるで刈り取られた雑草の束のように、貴族の死体は穴へと放り込まれていった。
「一人終わったぞ! 次だ!」
「次の貴族を引きずり出せ!」
「姫様の革命に栄光を!」
処刑は止まらない。
民衆の歓声が、血と泥の匂いが、広場に満ちていく。
そして、革命広場の中央。
処刑台の上に、一人の男が立っていた。
「……俺の負け、か」
拘束された王子は、微笑んだ。
かつての王太子。
かつての主人公の婚約者。
美しく、享楽的で、愚かな男。
今はただの罪人。
「結局、お前も俺を愛していたんだろ?」
王子は笑いながら言った。
血に濡れた革命旗の前で、最後まで嘲るように。
「お前は俺を捨てた。でも、結局こうして俺を殺すことに執着してるんだからさ」
「お前の"正義"ってやつは、結局、俺への"憎しみ"だったんじゃないのか?」
「革命だの平等だの、そんなものは建前だろう?」
広場に沈黙が落ちる。
ほんの一瞬、だが確かに。
──そして、次の瞬間。
「処刑を!」
誰かが叫んだ。
群衆は狂乱し、歓声を上げ、ピッチフォークを振り上げた。
王子は泥に崩れ落ち、血が広場を染める。
それを、革命姫はただ静かに見下ろしていた。
──これは、幸福の物語だ。
そう信じる者だけが、今、この広場にいる。