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夢の迷い路_前日譚:かわいいひと

作者: chatnoir


静かな木陰は良いものだ。

とりわけ桜の、この狂い咲く木の根元に身を委ねて

眠る昼寝の時間は最高に心地が好い。


ふわりと桜の香りに包まれて、いつもなら瞼が

ゆるりと降りてくるのだけれど、今日はいやに

目が冴えている。起きていると絶えず考え事を

してしまう、これは私の悪癖。自覚していても

一度それを考え出すと止まらない。


可愛いものが好き。

熟れた林檎と飛行機雲、白い花に留まるアゲハ蝶、

黒真珠の耳飾り。前にだっちゅんが、

「それってー可愛い、つか綺麗じゃねえのー」

なんてあの間延びした声で聞いてきたけど。


可愛いって思うんだから仕方ないじゃない。

そう、思うのは自由。

だから私のハート型のくせっ毛も、

桃色の睫毛も、瞳も、名前だってきっと、

可愛いはずよ。


…ああやっぱり今日の昼寝はお預けね。

思考が頭を駆け巡って眠れない。

眠れないまま思い出すのは昔のこと。

まだ私がこの島に来る前、人間だった頃の記憶。



私の生まれ育った国ではまっすぐな黒髪が

可愛い女の子の条件だった。何枚も襲ねた艶やかな

着物はつま先が隠れるほど裾が長くて。真っ赤な紅を

引いた唇と濡れた睫毛で笑顔が咲いたら、

その子はもう立派な美少女。


確かに頭に挿す花飾りは可愛かったし、

着飾った女の子たちはみんな心を奪われるほど

美しかった。

けど私はそうはなれなかったみたい。

生まれつきの、睫毛と瞳の桃色と直毛とは程遠い

くせっ毛を、可愛いと言う人は誰一人としていな

かった。

気味が悪いと言われる私に、みんなと同じ着物は

与えられなかったから、あの重そうな服は一度も着た

ことがない。


幸いなことに、一応貴族の娘だからと、命を脅かされ

ることはなかった。

それでも忌み子として隔離はされていて、

他のみんながお洒落をしている様子を見たことは、

実は数えるほどしかない。

毎度こっそり抜け出していたのよね。何故か夜は鍵が

開いていたから。

そういえば、離れまでわざわざ食べ物を運んでくれて

いた、あの優しい人は元気かしら。彼は来る度に、


あなたの色は華鬘草の花のよう、

ふわふわした髪は花弁のようだ


と私に言った。そしていつも、少し掠れた声で

「綺麗な着物を着せることができなくて、こんな

思いをさせてごめん」

と、涙が零れていそうな雰囲気を残して離れを後に

していた。



-私は貴方が毎日来てくれて嬉しかったのよ、

なんてもう伝える術もないのだけれど。


「年増がため息ついたら益々老けんぞー」


懐かしい記憶から私を引き戻したのは生意気な間延び

した声。


「だっちゅん!いつから居たのよ」


いつの間に木に登ったのやら、背の低いこの桜の、

一番頑丈そうな枝に寝そべった彼は、頬杖をつき

ながら私を見下ろしている。彼の身体を支えている

枝が重そうに下がって、少し可哀想。


「よー、ケマお前ほんとこの桜好きなー」


「ええ、可愛くて大好きよ。…ねえ、だっちゅん、

桜が可哀想だから早く降りてくれるかしら」


「枯れねーって話じゃんよ」


「確かに私もそう聞いたわ。でもあんたがいる

場所だけ花が咲いてないの、」


この大きな桜の木の、細い糸みたいな枝が幾重にも

交わって枝垂れた姿はまるで滝のようで、その迫力に

圧倒されるけれど、同時に花のない部分がぽっかりと

目立つのよね。

どうして花が咲かないのか、ひょっとして原因は…


「…もしかして、いっつもだっちゅんがこうやって

乗っかっちゃうせいで花が咲かないのかしら」


「逆だよ逆、俺がここに登ればゴリヤクが生まれる

だろー、そしたらー花も咲いて満開ハッピー

いぇーい、ってわけだ」


口に出したつもりはなかったのに、どうやら声が出て

いたみたい。何故か得意げに胸をはるだっちゅんは、

ちょっと微笑ましいかも、なんて。


「咲かねー理由は俺もよく知らねえよー、ああ、

あとあれだ、」


よっ、とだっちゅんは枝から降りて、小さなメモ、

おそらくリコ姉さんからの言伝を差し出す。中身を

見る前に、


「新しい依頼だとよー、まーた人間が迷子でおうち

に帰れないんだと」


と、面倒くさそうな声で説明してくれた。


「夢に憑かれるってことはそれだけ未練があるって

ことでしょ、私達で何とかしなくちゃ」


「ああ、ウルトラスーパー可愛いケマちゃんが?」


「そ。そしてあんたも一緒に行くのよ、だっちゅん」


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