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この世での再会

初子は立ち上がるのに苦労するようで折れそうに細い腕に体重を掛けてプルプル震えている。まるで、馬の出産シーンでよく見る、子馬のあれだ。


「僕が出ますよ」


「すみませんねぇ」


 扉のスコープで覗くと、若い女性が笑顔で立っている。


「若い女性みたいですが」


「澄子ちゃんでしょ」


 良一が扉を開けると、若い女性は驚いて半歩下がったが、中にいる初子に気付いて、首を伸ばした。


「おばあちゃん。お客さんやったん? 今日は足の調子どう?」


「澄子ちゃん、今日も来てくれたの。上がって行って」


 初子が、邪魔だと手を払って合図したので良一は壁にぴったりと張り付いた。


 若い女性は、家の中に上がり、立ち上がろうとする初子を再び座らせて伸ばした足を摩りながら聞いた。


「おばあちゃん、こちらはどなた? 身内はおらんて良いよったけど」


「こちらは、死んだ息子の仏参りに来てくださった方」


「こちらは、澄子さん。デイサービスで世話になってから、一人のうちを気遣って、こうして、いっつも、顔を出してくれるいい娘さん」


 初子は、自慢の孫を紹介するように嬉しそうに顔で澄子を紹介した。


 良一と澄子は、軽く会釈をした。


 先客があり、そこへもう一人の訪問があれば、普通はどちらかが帰りそうなものだが、二人は譲らなかった。


独居老人を食い物にする詐欺師ではないか見極めるためだ。もちろん、初子から引き出せる金は無いが、住居や 身なりに金を掛けない人ほど、実際は貯め込んでいるので狙われやすい。


「福祉関係にお勤めですか?」


 良一は澄子の本性を探ろうと聴取を始めた。


「はい。まだ学生ですからアルバイトですけど」


(女子大生がアルバイトで介護サービスとはますます怪しい。飲食店かコールセンターだろ、大体)


「珍しいですね。何故、わざわざ? 大学生だったら、もっと楽なアルバイトがたくさんあるでしょう?」


 澄子は良一の顔を見据えた。その目には、呆れと疑いが混じっている。


「若いから楽をするんですか? 同じ時間を使うんだったら誰かの役に立つことをしたいと思いません? 故郷に帰ればお年寄りばっかりなんです。自分のためにもなりますよ」


 良一は苦労も世間も知らない甘ちゃんだが、前世と合わせれば半世紀近くの人生経験がある。どうやら、この女子大生は本物のお人好しのようだ。疑った自分が情けない。


「そういうあなたは、何をなさっている方なんですか?」


 取調べの役割交代だ。


「僕は怪しい者ではないですよ。同じく学生です」

 良一は例の印籠(名刺)を澄子に渡した。


「取締役?」


「父の会社なんで、成人したらそうなってました。」


 良一は、謙遜するような仕草で顔の前で手を旗めかしたが、澄子は良一の身分に全く興味を示さず初子の足のマッサージを続けている。


 根っからの善人である澄子を相手にしていると、善ポイントの価値が低くなりそうだと恐れおののき、尻尾を巻いて退散するはめになった。


「では、そろそろ帰ります」


「ありがとさんでした。久しぶりに息子のこと思い出しました」


 初子は座ったまま丁寧に頭を下げた。


 澄子が玄関先まで見送ってくれた。


「私は、たまの話し相手と身体のケアくらいしかできません。初子さん身寄りがないって言っています。どなたか、初子さんが親しくされた方を知りませんか? 何かあったときのことが心配で」


 良一は、初子越しではなく、一対一で目を見合わせた澄子に一瞬にして惹きつけられた。


(なんだろう、この感じ。妙にシンパシーを感じる。まるで前にも一度会ったことがあるような。これが、昔流行った『ビビビ』というやつか? 運命だ)


「僕を頼って下さい。僕もまたここに来ます。そうだ連絡先を」


 良一は、名詞には書かれていない、個人用スマートフォンで、澄子との番号交換に成功した。



 数週間後。


 澄子からの連絡は、ない。


(ばあさん。そろそろ倒れてもいいんだぜ いや、いかん、いかん。なんてことを)


(なにかで急に金が必要になるとかさ、とにかく僕の出る幕作ってくれよ。こっちから電話したら、下心見透かされそうじゃん? いいえ、下心なんてございません)


 良一は、また初子に会いに行きたかったが、善人の親友の息子という、とってつけた嘘ひとつで、いつまでも引っ張れる気がしなかった。何度も仏壇に手を合わせに行くには、設定が薄すぎる。


 半年経っても、澄子からの連絡は無かった。


 初子が今のところ元気でいるということだろう。


 あるいは、とっくに良一の嘘が見破られているということかもしれない。

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